第14話
商業地区に自警団員が駆けつけたことで、ようやく状況は蹂躙から戦闘へと移り変わろうとしていた。しかし状況は、大きく片方へと偏っていた。
「駄目だ! 矢が通らない!」
盾に鎧、撃った矢はすべて弾かれたと、自警団員が嘆く。エルフ仕込の弓術とドワーフ制作の矢を使っても、鎧で身を固めた兵士たちを止めるのは難しかった。そもそも、自警団員の装備は、このような戦争同様の戦闘を想定されていない。
「この火はなんなんだ。水で消えないどころか、なんだかこっちを狙っているような」
消火活動をしていた自警団員も、空のバケツを手に困惑している。火葬法師のばらまいた炎は、 ただの炎ではなかった。水では中々消えず、スキあらば人に喰らいつこうと、蛇の如きうねりを見せる。生命を燃やすための炎だ。
「グルルルルルー!」
「う、うわあああああっ!」
屋根の上から跳んできたコボルトが、現状に戸惑う自警団員を押し倒す。
硬い兵士に消えぬ炎に素早いコボルト。確かに戦闘にはなっている。だが状況は、襲撃者の圧倒的優位であった。
「どっせいっっっ!」
巨大なハンマーが、自警団員の上に乗っていたコボルトを吹き飛ばす。続けざまに襲ってきた兵士にも振るわれるハンマー。兵士は周りを巻き込み、ど派手にすっ飛んでいった。鎧を着ていなければ、コボルトのように問答無用で爆発四散だったと思えば、これでも運が良いのだろう。
「待たせたな! ドワーフ職人部隊見参じゃ!」
巨大ハンマーを掲げるドワーフの長老に付き従うドワーフの職人たち。彼らは皆、一流の武器職人でありつつ、有事の際は前線に立つ勇猛果敢な漢たちであった。
「さあ、久々に思う存分力を振るうぞ! 力いっぱい働いた後のメシは美味いぞ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドワーフの長老の合図と共に、ドワーフ職人部隊は兵士たちに立ち向かう。ハンマーに棍棒、力任せの響く一撃を振るうドワーフたちの攻撃は、鎧をつけた兵士たちによく通った。
ドワーフ職人部隊が肉壁となったことで、自警団も落ち着きを取り戻す。しっかりと狙って放った矢は、撹乱役のコボルトや、兵士の鎧の隙間に当たるようになっていた。
そして、援軍はドワーフだけではなかった。
「清涼たる水よ!」
エルフの女王の水魔法が、火葬法師の炎を鎮火した。女王が連れてきたエルフも、それぞれ魔法で消火活動や援護射撃と各々動き始めていた。
「どうやらこの炎は、魔術による炎に性質が近いようです。魔術には魔術を、水魔法が使える者は私と共に消火活動を優先! 他の者は、消火活動の援護と敵の駆逐を! 戦闘の指揮は、長老が取ります!」
「「はっ!」」
自警団員たちは一斉に返事をし、女王と長老の指揮下に入る。これでようやく、戦況は五分に引き戻された。
女王は水魔法で一棟まるごと鎮火した後、近くにいた自警団員にたずねる。
「時に、ヴィルマはどうしましたか? 指揮をすべき彼女が、ここにいないとは」
なぜ、自警団の隊長であるヴィルマがいないのか。今までの自警団の苦戦は、指揮官であり、戦力でもある彼女の不在も原因だ。まさか、やられてしまったのだろうかと、女王は失策よりも、ヴィルマ自身を心配していた。
「隊長は、隊長にしか出来ないこと、僕らでは生命を落としかねない任務に、全力で当たってます!」
自警団員の返答には、隊長への敬意、そして自分たちの実力不足への悔しさが滲んでいた。
◇
兵士もコボルトも、この空間において平等だった。
あちこちに倒れ、散らばる死の数々。その中に立つ、一人の老戦士。杖代わりのミドルソードは抜き放たれ、鋭くも重い光を放っている。
商業地区の一角に立つガラハが放つのは、冷厳な怒りであった。
ガラハの足元にいるのは、にやけづらの隊長であった。隊長は腰から崩れ落ちたまま、うつろな目でガラハを見上げている。
ガラハは、ミドルソードの腹を隊長の横顔に当てる。
「貴様ら、どういうつもりだ。無境の村とドーゼン王国の間には、不可侵の約がある。それが突如、野党同然に。いや、魔物と共に村を襲う。野党以下、外道の所業を働くとはどういうことだ」
「へへへ……」
隊長は笑みを浮かべ、何も答えない。
ガラハは逡巡なく、手にした剣を動かす。
隊長の右耳が、器用に切り落とされた。
「ふへへへへ……あはははは……」
耳を切り落とされる。激痛である。
だが隊長は、まったく痛がる素振りも見せず、ただ虚ろに笑う。
正気を失っているだけでなく、痛覚も失っている。そんな人間たちが、魔物と手を組み、無辜の人々を虐殺する。いったい、何をどうすれば、人をここまで堕とすことができるのか。
「いったいドーゼン王国に、何が起こった!?」
天を仰いだガラハは、苦しげな顔で吐き捨てる。そこには怒りだけでなく、途方もない悔みがあった。
「ガラハどの、失礼します!」
ヴィルマの声は、上から聞こえてきた。
燃える屋根から飛び降りてきたヴィルマは、ガラハの返事も待たず、その勢いのまま押し倒す。
数秒後、ガラハの居た場所と、足元に居た隊長が、近くの建物ごと弾け飛んだ。
あらわれたのは、火葬法師に首根っこを掴まれた壱馬であった。すでに壱馬は、異形の姿へと変貌している。
壱馬は火葬法師の手を力付くで引き離すと、火葬法師の横っ面にエルボーを叩き込む。わずかにゆらぐ、火葬法師の身体。だが、火葬法師は倒れなかった。
お返しとばかりに、火葬法師の肘が壱馬の脳天に落とされる。この一撃も、変身済みの壱馬の頭をヘルメットごと砕くまでにはいかなかった。
エルボーの速射砲と、鉄槌のごとき肘。壱馬と火葬法師がこうして肘をぶつけ合うたびに、近くの建物や地面の土が大きく震え、徐々に削れていた。
「なにごとだあ!」
思わず叫ぶガラハ。先程までの憂いの老戦士たる風情は驚きで消し飛んだ。火葬法師と壱馬の殴り合いは、あまりに破滅的すぎた。
ヴィルマはガラハと共に立ち上がりつつ、現状を説明する。
「あのデカいのは、ドーゼン王国の軍を率いていた放火魔。そして放火魔と殴り合うのは、ガラハ殿の元で逗留していた、異世界人のイチマです。あの男は、私の目の前で、あの異様な姿に変身しました」
「なんと! アレがイチマなのか!」
始めて変身後の壱馬を見たガラハは驚きの声を上げる。もともと只者ではない、何かを隠しているとは踏んでいたが、まさかあのレベルの代物を秘めているとは思わなかった。
そんな他者の視線など気にせず、壱馬と火葬法師はがむしゃらに戦い続ける。
腰で溜めた壱馬の正拳突きと、大きく振りかぶった火葬法師のパンチ。技と力の一撃がぶつかり合った衝撃で、ようやく両者の距離が開いた。
にらみ合う壱馬と火葬法師。突如身を捩る壱馬、背後より突き出された二本の槍が、虚しく空を切った。
「ふへへへ……ここは、ここはおまかせを!」
「敵はこいつですね! こいつですよね!?」
たとえ薬で頭がおかしくなっていても、残るものはある。それが、上官を守ろうとする忠義なのだから、逆に悲しい。
うつろな目とろれつが回らない口であらわれた、二人の兵士。二人はこの襲撃の指揮官たる火葬法師を守るような位置に立つ。あまりの虚しさに、思わずガラハは目を背けた。
火葬法師は、左右それぞれの手で二人の兵士の首筋を背後より掴む。鎧を着た成人男性など、軽石同然だ。そう言わんばかりに、一気に自身の頭上高く持ち上げる。
「我らが聖戦、救済に立ち入ること。すなわち、愚行!」
火葬法師が力を入れた瞬間、二人の兵士が炎上する。肉も鎧も一気に溶かす超高温、兵士であった二人は、異様な匂いを放ち燃える肉塊と化した。
火葬法師は左右の肉塊を続けざまに放つ。壱馬は、軽い裏拳で燃える肉玉をあっさり弾いた。一発分の肉塊がガラハたちの方に飛んできたものの、ガラハがあっさり一刀両断してみせた。
剣を戻しつつ、ガラハが叫ぶ。
「見境なしの遠慮なしか!」
「二人とも、まったく周りが見えていないのか、気にしていないのか。とにかく、巻き込まれたら危険極まりないので、私がこうしてつきっきりで……」
ここに至る事情を説明するヴィルマ。彼女はずっと、激しく戦い移動を続ける壱馬と火葬法師を追跡、巻き込まれそうな人を救助していた。他の自警団員は、とうに脱落した。
「ああ。お前がいなければ、私も死んでいたよ」
「ガラハ殿があの肉塊を斬っていなければ、私も死んでました。おあいこです」
ふふふと笑うヴィルマと、不敵に笑うガラハ。この緊迫した状況下における、一滴の清涼剤だ。笑いの後、ヴィルマが話す。
「あの放火魔の見たことのない衣装に、とんでもない術式。彼も、異なる世界から来たとしか思えません。壱馬のあの変貌といい、異世界人とはああも恐ろしい存在なのですか? 私の知っている魔物のどれより凶悪で、魔王の伝説ですら霞むほどです」
「いや、アレは私の知る異世界人とは、根本的に違う。才気ある男ではあった。だが、あんな魔物の如き力は持っていなかったし、もっと……私たちと同じ、人間だったよ」
ヴォート大陸の外より来た、魔物以下の異世界人。かつてガラハが出会った異世界人は、そのような人間ではなかった。迷い、悩み、それでも先に進んでいく、いわば勇者と呼ばれるべき男だった。だが、あの壱馬と火葬法師の有り様は、そんなガラハの認識すら覆す姿であった。
つい、過去を順繰りに思い出すガラハ。突如、忘れていてはいけなかったことを思い出す。雷鳴の如き衝撃が、ガラハを突き抜けた。
「待て。お前、フェイを見たか! フェイは壱馬と一緒に居たはずだ!?」
「そんな! 私があの二人を発見した時にはいませんでしたよ!」
悲鳴混じりの甲高い声で答えるヴィルマ。いくら機転が利くフェイとはいえ、あの体力の無さだ。もし壱馬と火葬法師の戦いに巻き込まれていたら、ひとたまりもないだろう。
自分が探しに行ってくる。
ガラハとヴィルマ、同時にそんなことを言おうとした二人を押し留めたのは、背後にあらわれた気配であった。
武器を構えつつ、振り返るガラハとヴィルマ。二人は背後にあらわれた人物を確認し、絶句した。
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