四章 対決! 改造人間VS人外法師 そして始まり

第13話

 無境の村の商業地区の中で、一番と言われている酒場。多種多様な人種が住んでいる以上、食の好みは多彩であり、味、質、接客と、とにかく一番が多い。

 そんな一番の店の一つで、フェイと壱馬は食事をしていた。


「イチマさんのおかげで、たくさん運べました。お駄賃もたくさん貰ったので、お会計は心配ないです。好きなものを食べて下さい」


「そうさせてもらう。それにどうせ、今日はガラハのツケだ」


 そう言うと、壱馬は自分の顔よりも大きい肉の塊に食らいつく。固く焼けてそうな肉だが、壱馬の牙と咬合力はたやすく肉を食いちぎってみせた。壱馬に注目していた酒場の客から、思わず感嘆の声が漏れる。


「は~~本当に食べちゃうんですねえ……」


 驚いているのはフェイも一緒だった。フェイの前にあるのは、薄い皿に注がれたスープと、こじんまりと盛られたサラダと、二口で食べられそうなパン。粗食である。

 肉をあっという間に胃に入れた壱馬は、山盛りのサラダに挑む。肉、魚、肉、野菜、肉、肉、肉! とにかく壱馬の前に並ぶ山盛りの料理は肉肉しかった。これにはしっかりとわけがある。


「肉はいい、肉は。なにせ摂取効率がいい。よく働き、よく食べる。原始時代からの楽しみで、最高のエネルギー補給だ」


 半人半機の壱馬であるが、そのエネルギー補給は生身の人間と同じ、つまりは食べることであった。並の人間と違うことといえば、その量が膨大であることだ。最低限の動きならば常人と変わらぬ食生活を送れるが、フルスペックを発揮した場合は大食い自慢ですらヒくほどの食料を必要とする。

 数度の変身に戦闘、今まで壱馬は食わねど高楊枝を気取ってきたが、いい加減限界だった。好きに食べられるこの機会が、逃せないほどには。

 食事の間を狙い、フェイが話す。


「いいですね。見ているだけでお腹いっぱいな食べっぷりです。すごいし、うらやましいです」


「栄養学について詳しいわけじゃないが、お前みたいなのは多少無理にでも食べた方がいい。エネルギーを蓄えられるようになれば、ちょっとは丈夫になるはずだ」


「そう思って、昔、苦しくなっても食べる、とにかく食べるんだと、いっぱいお腹に詰め込んだこともあるんですけど、頭がなんだか真っ白になって、ばたーんと倒れちゃったんですよね。あの時は、ずいぶん父さんに怒られました。きっとわたしには、食べることも向いてなかったんですね」


 ピタリと、大魚の丸焼きに挑もうとしていた壱馬の手が止まる。

 フェイの顔には、明るさの中に僅かな影がかかっていた。


「わたしは父さんに拾われた、捨て子でした。それまで冒険者だった父さんは、わたしを育てるために、付き合いのあった無境の村の近くに住むようになって……みんなこれ、父さんから聞いた話なんですけどね。聞くのに、ずいぶんな時間がかかっちゃいました」


「それはな、仕方ない」


「ええ、わかってます。たとえ血がつながってなくても、それでいいんです。それに、わたしは無境の村の人たちも、みんなお父さんやお母さんみたいなものと思ってます。この村の人たちは、わたしを実の娘や孫のようにあつかってくれて、なんでもわたしに教えてくれて。他の場所で、ずいぶんとヒューマンにひどい目にあった人もいたのに、それはそれと、笑顔で言い切ってくれて……でもわたしは、なにもできないんです。頑張って覚えても、身体がついてきてくれない」


 フェイは唇をぎゅっと噛む。

 ここまでの付き合いで、壱馬はフェイの抱えている無念を理解していた。

 まず間違いなく、フェイの才能は本物だ。ガラハの見立ては正しい。

 しかし体力の無さが、素晴らしい身体能力も、あるらしい魔法の才能も、すべて台無しにしている。そして、何より当人がそれを理解している。自分はなんでもできるが、なにもできない。努力を積み重ねても補えない。それはある種、才能が無いことよりも残酷だ。


「強い異世界人のイチマさん。教えてください。なんにもできないわたしは、どうすればいいんでしょう」


 重い、フェイの問いであった。答えが彼女の人生を左右する。それぐらいに、重い問いであった。

 壱馬は考える。実のところ、フェイの悩みを解消する手段に心当たりはあるのだが、きっとここで求められているのは、そのような現状では非現実的で即物的な答えではないだろう。もっと、彼女の萎えそうな心を支えてくれるような、そんな答えだ。

 自分一人で走り続ければ良い、部下など後からついてくる。こんなことをうそぶかず、ちゃんと上司としてのマネージメントを学んでおけばよかった。組織に所属していた頃、怪人を率いる幹部だったころの無能さを思い出し、壱馬もちょっと萎えてきた。

 いったい、どうやってフェイを力づければいいのか。何もできない女を。

 ふと、壱馬の脳裏によぎったのは、どうせ何もできないと思われていた男の姿であった。

 壱馬は景気づけとうさをはらさんとばかりに、皿に載ったままの大魚を手に取り、そのままがぶりつく。極太の骨も硬い魚肉も一気に喰らうと、驚き顔のフェイに自分なりの答えを告げる。


「ただ、できることをすればいい」


「え……?」


「血を吐きながらでも、気を失いながらでも、手が届くことに挑み続ければいい。挑むことをやめれば、そこで終わるが、挑み続ければ、やがて何かをつかめるはずだ」


 そう、たとえば、勝利を。


「みんなが優しいんじゃない。お前だから、諦めないヤツだから、みんなが優しいんだ。諦めずに歩き続ける人間は、弱いどころか……強い」


 俺と、組織を倒すくらいには。

 旧式であり、なんの後ろ盾もない、ただ一人の裏切り者。だがその裏切り者は、強大な力を持つ組織を、壱馬ごと叩き潰してみせた。自らの不足を知りつつ、学ぶことを止めないフェイの姿は、かつて壱馬を倒したあの裏切り者によく似ていた。壱馬は湧き出しそうな忌々しさを、なんとかフェイにぶつけぬよう、必死で気持ちを抑える。

 フェイはわずかに滲んだ涙を拭う。そんなフェイに、壱馬は肉を差し出す。塊肉から切り取った、小さな、小さな骨付き肉である。


「ありがとうございます。なんだか、わたし、考えすぎちゃってたみたいです。そうですよね、悩むより、まずできることをすれば……いいんだ!」


 そう言うと、フェイは壱馬から受け取った骨付き肉を口にする。小さな口で、もぐもぐと。ゆっくり、じっくりと。諦めずに、目の前のことに挑み続ける。そんな彼女らしい、食べ方であった。

 それでいいんだと、骨付き肉をがぶがぶと喰らっている壱馬。目の前のフェイの根性が本来タフだからいいものの、こんな無自覚なマウントをしては、いろいろ台無しである。

 そんな二人が同時に肉に食らいついたその時、唐突に酒場の壁が近くの席と客ごと吹き飛んだ。


「ゴホ! エフッ! ……な、なにが!?」


 肉を喉につまらせかけたフェイは、なんとか飲み込むと、吹き飛んだ客に駆け寄る。幸い、少しの怪我だけで、意識もあった。


「ペッ! わからん!」


 壱馬は、驚いて肉ごと噛み砕いてしまった骨を吐き出すと、壁の穴から外に飛び出す。

 飛び出した壱馬が目にしたのは、馬に蹴散らされる露天商であった。

 商業地区の穏やかさが、謎の騎兵に蹂躙されている。あちこちで怒声と悲鳴が響く。平和だった街は、戦場と化していた。

 揃いの鎧に、揃いの装備、どうみても野党のたぐいではなく、どこかの正規軍だ。フルアーマーの騎士に、長い馬上槍、更に馬にも鎧を着せた重装騎兵。なんの準備も策もなく、立ち向かうのは不可能だ。

 状況が読めず立ち尽くす壱馬めがけ、騎兵が一直線に突っ込んできた。


                  ◇



「じょ、丈夫ですね……」


「こう見えて、頑丈な昭和生まれだからな」


 遅れて外に出て来たフェイが目にしたのは、壱馬に突っ込んだ騎兵が、馬ごと吹き飛ばされる光景だった。壱馬は平然と服についたホコリを払っている。技もクソもなく、ただ壱馬が城壁より固く重かった。それだけの話だ。

 もはや動けぬ兵士と馬、その背後から飛び出てきたのは、ナイフを手にしたコボルトだった。壱馬はあっさりと、自分めがけ飛び掛かってきたコボルトの首を捕らえ掴まえる。


「そんな、この状況でコボルトも!?」


「いや。偶然一緒に来たわけじゃなさそうだ」


 謎の軍隊が商業地区に乱入してきた混乱に乗じ、コボルトまでやって来た。

 そんなフェイの見立てを、壱馬は否定する。壱馬の目には、重騎兵に相乗りしているコボルトの姿が映っていた。

 その証明とばかりに、長槍を持った兵士たちとコボルトが、肩を並べ壱馬とフェイを取り囲んだ。


「コイツらは同じ指揮系統だ」


「そ、それはおかしいです! 意思疎通ができない人間と魔物が、一緒にこうして街を襲うだなんて! 今まで一度もないはずです」


「ならこれが最初だって、歴史書にでも書いておくんだな」


 物事は万事初めてから始まるのだ。

 壱馬は目の前の兵士とコボルトを、自分の目で。センサーで観察する。壱馬の目に装備された様々なセンサーは、変身前でも使用可能だ。

 壱馬のセンサーの一つ、熱源センサーが読み取ったのは兵士とコボルトの過剰なまでの体温だった。戦場や略奪による高揚にしても、少し高すぎる。

 コボルトのむき出しの口からとめどなくあふれているよだれ、よく見れば兵士の口もよだれの量は少ないながらも、同じ症状に見える。目の焦点も合わず、とにかく凶暴。まるで狂犬病だ。


「なんらかの病気か、それとも薬物か。とにかく全員、正気じゃない。人も魔物も、同じ病気や中毒になれば平等。まったく、救いがない……ぐっ!」


「イチマさん、どうしたんですか!?」


 嫌味めいたことを口にしようとした壱馬が突然膝をつき、フェイが慌てて駆け寄る。

 壱馬の視界は、真っ赤であった。熱源センサーが、あまりの膨大な熱を直視してしまい、暴走している。マグマを直視しても耐えうるセンサーが、それ以上の熱を感知していた。

 膝をついた壱馬めがけ、兵士とコボルトが一斉に襲いかかってくる。弱い相手には強気に出る。どんなに狂っても忘れない、生物の本能である。

 片膝のまま、壱馬はただ睨みつける。その目線は、兵士やコボルトではなく、彼らの背後に向けられていた。

 猛烈な風が一帯を襲ったのは、その時だった。まるで、壱馬が立ち上がるのを待っていたかのようなタイミングである。


「くっ!」


「キャァッ!」


 風が直撃した壱馬と、偶然壱馬の影に隠れる形となったフェイは、共に短い悲鳴をあげ、衝動的に目を閉じた。

 目を閉じて開ける。ほんの、一瞬である。

 たったその一瞬、この一瞬で、街は炎に包まれていた。

 木製の建物のあちこちで炎が上がっている。


「シギャァァァァ!」


「ぐわぁぁぁ!」


 二人の目の前で、悲鳴を上げて転がるコボルトと兵士たち。全身が燃え上がり、ぶすぶすと肉の焦げる匂いがしてくる。もはや、命が尽きる直前の大炎上である。そしてこれは、逃げている街の人々も同様だった。


「あ……ああっ……!」


 気丈なフェイですら、思わずへたり込んでしまう惨状。


「おかしい」


 一方、自らについた炎をあっさり払い落とした壱馬は、無感情に現状を訝しんでいた。

 あの熱風が、強烈な炎を運んできたにしても、建物と人の火のつき方に差がありすぎる。壁を焼く程度の炎なら、人はもう少し燃え残っているだろうし、一瞬で人を火だるまにする炎なら、建物も基礎から焼け焦げている。

 まるで、生物だけを焼く炎。そんな不思議な炎であった。


「これは不思議、奇々怪々!」


 そんな炎の源もまた、十分奇怪で不思議な存在だった。


「我が清浄なる炎が効かぬ男、邪であり、同胞か!」


 荒法師の僧衣のあちこちから火を吹き出しつつあらわれたのは、火葬法師であった。

 学生服の壱馬と、僧衣の火葬法師。この世界では目にしない服を見ることで、二人はお互いが異世界人であり、放逐者であることを察した。

 火葬法師は、これが我の礼儀とばかりに、己の名を叫ぶ。


「我が名は火葬法師! 絶人教団四天王の一人であり、火を司るモノである! この異なる世界においても、死を救済とし、万物を救う所存なり!」

 何かが気にかかったのだろう。火葬法師の宣言を聞いた壱馬の眉がピクリと動いた。

 だが、火葬法師に話しかけたのは、フェイであった。


「その見たことの無い格好……あなたも、異世界の人……なんですか?」


「然り! 我はこの世界にもたらされた救世主である! 世界を邪なる理性と本性で食い潰す人類は相応の数となるべきである。我は、その任を粛々とこなすのみよ!」


 火葬法師の怒号が、さらなる熱気の渦を巻き起こす。その熱気は、いままで火のつき方が悪かった建物すら燃やし尽くす勢いであった。

 建物が崩れ、建物が残骸の流れとなり壱馬とフェイめがけ崩れてくる。

 壱馬は微動だにせず、フェイは思わず飛び退く。

 二人の間にできた距離の間を埋める残骸。壱馬とフェイの間が遮断され、互いにその姿は見えなくなってしまった。

 火葬法師の前にいるのは、壱馬だけだ。

 火葬法師は、一人となった壱馬に問いかける。


「正体はわからぬが、貴様は我らが同朋、元の世界より放逐された者、放逐者であろう。これを縁とするならば、貴様は我の救済に助力する定めにある。我に手を貸すこと、それは救いとなろう」


「いや。救いなんて、俺は求めていない。だが、確かめさせてもらうことがある」


「ほう? 我の教義を試すつもりか」


「そんな面倒なものに首を突っ込むつもりはない。俺が試すのは、お前自身だ。お前は言ったな、死が救済だと。ならば……」


 傲岸不遜な火葬法師の問いかけに、一歩も引かぬ様子を見せる壱馬。

 そんな二人めがけ、多数の蹄の音が殺到した。


「遅かったか! こんな無様は始めてだ!」


 火葬法師の背を追うようにやって来たのは、ヴィルマたち自警団員だった。謎の炎上事件を調べているうちに、守るべき街を燃やされた。彼女の言うとおり、無様な話である。だが、ヴィルマにも自警団員にも、即座に報復に動く胆力があった。


「全員、構え!」


 ヴィルマは自ら弓を構え、自警団員たちに号令をかける。号令どおりに動く、自警団員。だが、ヴィルマの「放て!」の号令は出なかった。自警団員もまた、何も言わぬヴィルマのように凍りついている。

 ひとえにそれは、壱馬の存在。壱馬の放つ殺気と、異形と化していく容貌が、恐れ知らずの自警団を隊長ごと凍りつかせてしまった。

 変身した壱馬は、火葬法師に飛びかかりつつ叫ぶ。


「貴様が俺の死に場所に相応しいか、試させてもらう!」


 壱馬のパンチを、火葬法師は片腕を上げ受け止める。

 殴る拳と、受ける上腕。衝撃により、周りの炎が激しく揺れた。


                  ◇


 とにかく辺りを見回したが、向こうに抜ける道も、何が起こっているのか確認する手段は無かった。そうなればできるのは、心配することだけである。

 取り残された形となったフェイは、一人向こう側に残ることになった壱馬の身を案じていた。


「異世界人に、あんな人もいるなんて……」


 ガラハから聞いていたような英雄に相応しい人物でもなく、壱馬のような大人しい人物でもない。並外れた巨躯と、異様な力を持つ怪人。それが、フェイの目に写った火葬法師の姿であった。

 異世界人は人のように見える化物であり、魔物と変わらない。

 もし、壱馬と出会うことなく、あの火葬法師と出会っていたら、フェイの中の異世界人のイメージも、この大陸のごく一般的でおそらく間違っている認識に傾いていたかもしれない。それがまず怖かった。

 だが今は、こんなことを考えている場合ではない。なにせ、街が燃えているのだ。いったい、自分は今、何をすべきなのか。火葬法師のあまりの暴力に当てられ鈍っていたフェイの頭が、ようやく回りはじめた。


”血を吐きながらでも、気を失いながらでも、手が届くことに挑み続ければいい。挑むことをやめれば、そこで終わるが、挑み続ければ、やがて何かをつかめるはずだ”


 先程の壱馬の言葉が、フェイの中で蘇る。

 そうだ、するべきは、手の届くところにいる人を助けるべきだ。火葬法師を倒すとか、この火を一息で消すなんてことではなく、自分でもできることを必死にやればいいのだ。

 わたしは、この街の優しい人たちを救いたい。


「助けてくれ!」


 近くの建物からの声を聞いた瞬間、フェイは建物めがけ走っていた。

 建物の扉を壊し、中に閉じ込められていた商人を救出する。

 腹をくくったフェイの動きは、迅速であった。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「あっちの瓦礫で道が埋まっている側が火元です。とにかく逆の方に行ってください。まだ、兵士たちやコボルトもいるので、安全とは言い切れませんが」


「わかりました。本当にありがとうございます!」


 頭を下げ、逃げていく商人。商人が角に消えたところで、フェイは大きな咳を吐いた。


「ゴホッ! ゲホッ! まだです、まだいけます」


 落ちてた棒を使い、扉を壊しただけで、心臓がバクンバクンと波打っている。

 この程度の動きで、息が切れるだなんて情けない。絶望的な状況下にある気の重さが、脆弱な身体に更にのしかかった結果、フェイの体力はこれだけで限界を迎えようとしていた。


「助けてー」


 助けを求める声が、フェイの身体をほんの少し軽くする。

 ここでフェイが倒れれば、おそらく死ぬ。自分だけでなく、助けを求めている誰かも死ぬ。今すぐすべてを忘れ、全速力で逃げれば、フェイだけは助かるかもしれない。だがそれは、心が死ぬ。見捨てた罪悪感で死ぬ。

 ならば、誰かを助けつつ、自分も生きのこる、ギリギリを見極めてみせる。たとえ、体力が切れで事切れることになっても、それは仕方ない。生命は尽きても、心は死なない。大丈夫、そういう見極めは、ずっとやってきた。

 フェイは咳を飲み込むと、助けを求める声の元へと駆けつけた。

 倒れてきた柱に足を挟んでしまった少年は、目の前に来たフェイを見て、再び声を上げる。


「助けてください!」


「いま、外しますから……くっ……」


 フェイは柱を力ずくで動かそうとするが、柱が動くより先に口内が鉄の味で染まる。どうやら、吐血してしまったらしい。目の前の要救助者が不安にならぬよう、フェイは吐き出す寸前で血を飲み込んだ。

 このままでは無理だと察したフェイは、近くに転がっていた槍の存在に気づく。フェイは槍を拾うと、柱の隙間に差し込む。


「持ち上がったら、這い出てみてください!」


 フェイはそう言うと、返事を待つことなく、差し込んだ槍に全体重をかけた。

 テコの原理で、重い柱が少し持ち上がる。この世界にも、この手のコツはあったらしい。


「あわわ、あわわわ!」

 少年は慌てて柱の下より這い出る。少年が出たところで、フェイは崩れるように槍から離れる。ズズンという重い音と共に、柱は元に戻った。


「立ち上がれますか?」


「ええ。なんとか。助かりました」


 フェイに促され、立ち上がる少年。幸い柱の隙間に足を挟んでいたらしく、両足共に無事であった。だが、よほど必死で這っていたのか、少年の足が力なくよろめいた。

 フェイはごく自然な仕草で少年に肩を貸す。


「大丈夫ですか……ゴホッ……エフッ……!」


「いや、ボクよりお姉さんのほうが大丈夫かですよ」


「わたしは平気です。いつも、こんな感じなので」


「はあ、こんな感じなのに、人助けですか」


「できることをやりたいので」


 弱々しくえずいているものの、フェイの顔は力強かった。

 少年はふうんと、そんなフェイを見た後、辛そうに辺りを見回す。


「それにしたって、ひどいことになってますね」


「はい……」


「ドワーフの技術なら、注射針を作れるかもしれないと聞いたから、ココに来たのに。それなのに、気づいたら火をつけてるし。これじゃあ、いろいろ台無しですよ」


 少年の口から出たのは、おかしな台詞であった。


「火を見たせいで、お供に連れてきた兵士もコボルトも、興奮しちゃってもう。同行者を間違えた。そうとしか言えないです。こんなのぜんぜん、ハッピーじゃない」


 ここに来て、フェイはにこやかな笑顔を浮かべる少年が、変な格好をしていることにようやく気がつく。詰め襟の真っ赤な服。長くシュッとしたズボンも赤い。変というより、少年の来ている服は、壱馬の着ている服に酷似していた。


「まあこうなった以上、ボクもできることをやるだけですよ」


 少年の顔に、薄っすらと赤い手形が浮き出てくる。

 レッドは、無邪気な笑みを浮かべる。

 その笑顔も意志も、すべてがフェイに捧げられていた。

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