第3話楽園へ行くには試験を突破する必要がある?

「7月7日。夜7時にお迎えに上がります。皆様お揃いで居られると助かります。それではその日まで」

ノアール船からの知らせを目にすると僕はまず水色と光に集合場所と日時を伝える。

集合場所はもちろん現在いる場所。

雲母の部屋で決まりである。

「葵さんには助けてもらうのです。紫苑さんの面倒は私が見ます」

雲母の申し出に僕も紫苑も納得して頷く。

「それに紫苑さんの記憶が戻って敵に回ったとして…。葵さんでは力不足でしょ?」

雲母の言葉に何とも言えない表情を浮かべると一つ頷く。

「そもそも敵が居るの?」

僕の言葉に雲母は首を傾げる。

「わかりません。可能性はあるってだけの話です。明らかにおかしな事態が起きているので警戒しているだけですよ」

それに頷くと彼女らに別れを告げて自室に戻って本日は休むのであった。


7月7日まで後一週間もない。

ノアールの情報を探ろうとスマホであれこれと検索をかけるのだが何一つヒットしなかった。

前情報もなく事前に準備することも出来ない。

ノアールで何が行われるかもわかりはしない。

為す術もない状況で一週間が経過するとその日はやって来る。


僕ら5人は雲母の部屋で集まっており夜の7時を待っていた。

その時刻は刻一刻と迫ってきて…。

ついにその時間は訪れようとしていた。

世界が雲で覆い隠されている不可思議な夜だった。

月も星も見えず天の川が見えることなど決して無かった。

暗い暗い夜が世界を覆っていた。

街から…いいや、世界から人が消えてしまったのかと思うほどの静かな夜だった。

そう思ったと言うだけで実際はそんなわけもない。

それは理解できているのだが…。

どうにもそんなセンチメンタルな気分になる暗く寂しい夜に思えた。

部屋には5人の友人がいるというのに…。

部屋の時計の針が夜の7時丁度を指した瞬間のことだった。

瞬きをした後に景色が変わっていることに気付く。

それに気付いたときには全員が警戒態勢を取っていた。

「何が…起きているの…!」

誰が言い出したのか、その言葉が耳に入ってきてやっと正気を取り戻す。

辺りを見渡すと大きな船の甲板に立っていた。

ということは海上な訳で…。

だが僕らは間違いなく雲母の部屋に居たのだ。

港に向かったはずもない。

どういった仕組みで船に乗っているのか。

現在はそれに思考を割くわけにもいかない。

まずは現状を把握するために船から身を乗り出して海上を確認する。

だが…。

明らかにここは海ではない。

それを理解できたのは灰色の雲の上を飛んでいるのが分かったからだ。

頭上には億万の星々。

あまりに巨大な満月。

非現実的な光景が広がっている。

それに目を奪われていると甲板に一人の船員と思しき相手が現れる。

「白桜院雲母様とその御一行様。ノアールに乗る資格を得たことを確認いたしましたのでお迎えに上がりました」

恭しく挨拶をする彼に僕らは戸惑ってしまう。

「見覚えのある船だ…私を覚えているか?」

紫苑は相手に問いかけるのだが残念なことに首を左右に振られる。

だが相手が首を振ったのは覚えていないということでは無いようで…。

「折角生き残ったのに楽園には行かずに途中下船をした愚か者の事はよく存じ上げております。再びノアールに乗船するとは…目的は何でしょうか?」

相手は紫苑に明らかな敵意を向けていた。

「知らん。記憶がないんだ」

紫苑の言葉に相手は大げさに笑って見せる。

「はははっ!自分が被害者だと仰るのですか!?貴女がここで何をしたのか…誰かに無理矢理に記憶を消されたみたいな言い草ですね。記憶がないのは貴女がそれを望んだからでしょうに」

船員と思しき男性の敵意に触れた紫苑は訳が分からずに首を傾げている。

敵意に触れているというのに豪胆な態度で居られる紫苑は明らかに異様だ。

「何か知っているなら話せ」

紫苑の言葉を耳にした男性は一つ嘆息すると冷静さを取り戻す。

「それは話せない契約です。一先ず客室に案内します。ノアールでの試験内容は追って知らせます。皆様暫しお部屋でお休みになってください」

そこから男性は僕らを客室に案内するとその場から離れていく。

「試験と言ってましたね。何かを試されるのでしょうか?」

雲母が先陣を切って話を始めて僕らは頭を悩ませる。

「多分そうね。でもこんなに幻想的な光景を一生のうちに見ることが出来ただけでも儲けものでしょ」

水色が呑気なことを口にして光も頷いていた。

だが雲母は首を左右に振ると現在の状況を伝えてくる。

「そんな簡単な話じゃないですよ。試験に合格しなければ…多分、私達は消されます。紫苑さんの記憶を消したり一瞬で私の部屋からこの船まで移動させたりした不思議な力で私達の存在ごと消します。私の両親や叔父ももしかしたらその力で消されました。または…楽園に辿り着けたのか…」

雲母は神妙な面持ちで話し出して僕らもそれに納得する。

「でもじゃあまずは頭も心も身体も柔軟に動けるようにしておきましょう」

水色の言葉で僕らは頷き合うと用意されていたベッドやソファや椅子に腰掛けて次の知らせが来るのを待つのであった。

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