第6話水色覚醒

翌日。

光は何事もないように目を覚ますと僕らは揃って出社した。

それを偶然目撃したのであろう水色は僕が一人になったタイミングを見計らって詰め寄ってきた。

現在は会社の廊下。

自販機が何台も置いてある休憩スペースの奥の方。

水色は僕を壁に追いやると以前したように僕に壁ドンをする。

「ねぇ…何のつもり?」

そんな言葉足らずの威嚇が少しだけ心地よかった。

自分の歪みに最近少しずつ気付き始めている。

「何のことでしょうか…」

一応、惚けてみせると水色は右脚を僕の股にグイッと差し込んだ。

「これ。誰かに使ってないよね?」

ゴクリと生唾を飲み込むと一度頷く。

背筋に伝う冷や汗すら心地良いと感じる。

この必要とされている感覚がたまらなかった。

「ほんと?」

もう一度頷くと水色は僕の股間をギュッと握ると一言。

「浮気したら本当に使えなくしちゃうよ?」

真っ黒な瞳を僕に向ける彼女に軽く微笑むと冗談のように返す。

「僕はあんまりその行為にハマってないんで使う予定もないですよ」

それを耳にした水色は悔しそうな表情を見せると踵を返す。

「いつか絶対にハマらせるから」

水色はそれだけ告げると自分のデスクに戻っていった。

ふぅ〜っと一息付くと自販機でコーヒーを一本購入する。

休憩スペースで興奮にも似た感情を鎮めると遅れてデスクに向う。

隣のデスクに腰掛けていた光は僕を心配そうに見ていた。

「大丈夫だった?水色さん怒ってた?」

適当に頷いて応えると仕事に向かうのであった。


昼休憩を取れないほど本日は仕事に追われていた。

本日中に終わらせないといけない案件があった為とにかく猛スピードで仕事に向かう。

終業時刻を超えて残業が確定すると休憩のため自販機に向かった。

糖分の取れる栄養ドリンクを買うと一気に飲み干して再度仕事に向かう。

残業時間が二時間ほど経過した頃。

あまりにも集中していたため隣のデスクに水色が座っていることにも気付かなかった。

「水色さん…どうしました?」

「やっと気付いた。とにかくこれ食べて」

水色は一度帰宅したのかランチバケットを持ってきていた。

「なんですか?」

「カスクート。急いで作ってきたから」

「どうして…ですか?」

あまりにも衝撃的な出来事だったので思わず思考が停止する。

水色は照れくさそうに顔を赤くさせると口を尖らせて一言。

「好きな人のことはいつだって目で追ってるから…」

「あぁ〜…。僕がご飯食べてないって気付いていたってことですか?」

水色はそれに頷くと心配そうな表情を浮かべてランチバケットを開ける。

中には二つのカスクートが入っていて彼女は一つ手に取ると僕の口元に運んだ。

「あ〜んして」

何故か今回は抵抗すること無く口を開くとそれにかぶりついた。

「感想とか良いから早く仕事終わらせたら?」

水色はそっぽを向くと照れくさいのか少しだけ俯いた。

「ありがとうございます。本当に美味しいですよ」

一応、感想を告げて引き続き仕事に向かうと水色は正気を取り戻したのか再び僕の口元にそれを運ぶ。

運ばれてきたそれにかぶりつきながら仕事を進めるとしばらくして無事仕事は終了する。

「水色さん。ありがとうございました。本当に助かりました」

礼を口にすると水色は照れくさそうに頷いた。

「今までの恋人にもこんな事したことないんだよね…」

それを耳にして僕の心の中は確実にざわついていた。

復縁したいとかそこまではいかないにしても誰かに必要とされているのは非常に心地よかった。

「ありがとうございます」

再び礼を口にすると水色はゆっくりと首を左右に振った。

「言葉はいらない。感謝してるなら行動で示して」

「行動ですか?」

「うん…」

水色はそう言った後に照れくさそうに一言。

「今度…ちゃんとデートしよ?」

思わぬ言葉が耳に飛び込んできて面食らっていると水色はいたずらっぽく微笑んだ。

「私とじゃイヤ?」

それに対して首を左右に振ると後日、僕ら二人の本当のデートは決定するのであった。

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