第105話 言いくるめ
「……うっ。ここは……」
しばらく死に絶えていたシェカが目を覚ましたようだ。
ゆっくりと立ち上がって部屋を見回した後、シルバリア王の姿を見て顔を青くした。
「はっ……!? も、申し訳ありません! きゅ、吸血鬼に噛まれてそれから……襲いました、よね……?」
「その前にお主大丈夫か? 頭とか色々とこう」
「だ、大丈夫でございます!」
「そ、そうか。では返答に応えよう……お主に危うく殺されるところじゃった……」
床に崩れ落ちるシェカ。どうやら吸血鬼の時の記憶が残っているようだ。
いくら吸血鬼になったとは言えど、王様を襲ったとなればこうもなるよな……ひとまず元に戻ったのは間違いない。
彼女のことは気の毒だがとりあえず置いておこう。それよりも今は危機なのだ、ドラクル国とシルバリア国の関係の。
俺は王様の方に視線を向ける。
「俺は今回の襲撃は無関係だ。他の吸血鬼たちがやったことに過ぎない」
「な、なにを……!」
「人間だって国が違えば、全くの別物だろう。吸血鬼も同じなんだ」
シルバリア王に反論を言われる前に返す。
彼からすれば同じ吸血鬼だろうがと思っているのは間違いない。だが俺からすればドラクル国以外の吸血鬼は、完全に赤の他鬼なのだ。
はっきり言うと今回の件が俺達の襲撃と思われるのは……少しキツイ。
他国の人間に攻められた、お前らが犯人だろう! と言われているようなものだ。いやシルバリア王側がそう思うのは仕方ないのだが……!
俺達を招待したせいで王城の警備が薄くなったと言われると、そちらの方は反論しづらいところではあるけど。
「シルバリア王とて、もし隣国の人間がドラクル国を攻めた時。我らが貴殿に文句を言ったら納得いかぬだろう。同じ人間だからと」
だから頑張って説得しなければ! 今回の襲撃は俺達に関係ないので、悪くありませんと!!
そうじゃないと今後、野良吸血鬼がなにか問題起こすたびに俺達のせいにされる!
「それはそうだが……だがお主らがやっていない証拠もあるまい!」
シルバリア王は叫んでくる。
痛いところを突かれた。確かに俺達がやっているという証拠はないが、逆にやっていないのも同じく証明できない。
こうなると同じ吸血鬼だろうがという理屈から、やはり俺達のせいにされかねない……!
かと言って「こいつが犯人です」と吸血鬼をいくら差し出しても、信じてもらえるかも怪しいし……!
「証拠ならあるわ!」
そんな中で玉座の間の扉が開き、アリエスが部屋に入って来る。
「アリエス! 地下は大丈夫だったのか?」
「……全部何とかしたわ! ……一体だけ逃がしてしまったけど」
アリエスは歯がみして悔しそうな声を出す。
どうやら地下の吸血鬼は全て倒すなり、追い払ったりしたようだ。
しかも両手を縄で縛った男を連行していた。犬歯がないので人間のように見える。
俺は目の前の光景が信じられなかった。バ、バカな……!? アリエスが成人男性に勝てるわけが!?
あ、そうか! あの捕らえられた男も吸血鬼から人間に戻ったのか!? それならアリエスが勝っても納得が……。
シルバリア王はそんなアリエスに目をひそめた。
「証拠とは? ドラクル国が今回の襲撃者ではないということか?」
「当たり前でしょ! こいつを見なさい! この顔に見覚えがあるはずよ」
アリエスはドカッと連行してきた男を蹴飛ばした。
……なんか普段の彼女に比べて荒々しいな。あの捕縛されてる男に少しいら立ってるのだろうか。
シルバリア国の関係者たちは、そんな蹴飛ばされた男を見て目を見開いてる。
「そ、其方はボドアス卿!? 吸血鬼狩りギルドの重鎮が何故王城に!?」
「こいつが今回の襲撃を企てた犯人のひとりだからよ! 他の吸血鬼と手を組んで、ドラクル国とシルバリア国の仲を引き裂くために動いたの! 今回の件は、吸血鬼狩りギルドも噛んでいた!」
「なんと……!?」
アリエスの答えにシルバリア王は驚いている。
というか俺も正直びっくりだ。まさか吸血鬼狩りギルドが、シルバリア国王都を吸血鬼に襲撃させるとは……そこまでやるのかよ。
「し、しかしその者も吸血鬼で、実は化けているとか……!」
「聖なる陽よ、闇照らせ! ほら見なさい! 聖魔法を当てても身体が蒸発しないでしょ! こいつは本物のボドアスよ!」
アリエスは即座に聖魔法を発動し、ボドアスとやらの身体を照らす。
もはや聖魔法がお化け発見機みたいになっているな……確かに分かりやすいけど。
だがなんにしてもだ。アリエスグッジョブと言わざるを得ない! 吸血鬼狩りの重鎮がこんなところにいるのは、すごく明白な証拠になるのだから!
シルバリア王は少し考えこんだ後に。
「騎士団長! 速やかに城内の兵士に命令し、他に吸血鬼がいないか隈なく探せ!」
「はっ!」
騎士団長は命令に応じて、急いで玉座の間を出て行った。
「俺達も手伝おうか?」
吸血鬼相手となれば一般兵では荷が重かろう。だがシルバリア王はゆっくりと首を横に振った。
「待ってくれ……この場で内々で話がしたい。近くの部屋で待って、少し時間をもらえぬか」
どうやらシルバリア王はまだ悩んでいるようだ。俺達を信じてよいものかで。
「わかった。アリエス、イーリ、行くぞ。そのボドアスとやらは置いていけ」
俺は頷いて玉座の間から出て行こうとする。
僅かに振り向くとシェカがシルバリア王に頭を下げるのが見えた。
「わ、私はどうしましょう……?」
「お主は残れ」
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リュウトたちが去った後。
シルバリア王は玉座に座り直して、傍に立つ宰相と顔を見合わせた。
「宰相、どう思う? ドラクル国の言い分についてだ。国の命運を左右するが、コトは急を要する。もしもまた吸血鬼狩りギルドに従うならば、即座にボドアス卿を解放せねばならぬ……!」
シルバリア王は憔悴しきった顔だ。
吸血鬼に散々襲われた挙句、再び国の命運を左右することを決断させられるのだ。しかもロクに考える時間もないままに。
今までストレスで散々寝不足になり、ようやく少しは枕を高くして眠れるはずだった夜にこの始末だ。もう色々な意味で憔悴している。
宰相はその言葉にしばらく黙り込んだ後、口を開いた。
「……………………」
「いや何か言わぬか!? 余を舐めておるのか!?」
口をパクパクさせるだけの宰相に、シルバリア王は激怒した。それを見て宰相は僅かに微笑む。
「ははは、これは失礼を。しかし陛下、結局のところ別にややこしい状況ではありませぬ。悩む余地などないのですから、笑った方が幾分マシでしょう」
「悩む余地がない? どういうことじゃ?」
「お忘れですか? ドラクル国王の吸血鬼はいつでも陛下の首を取れ、また世界を混沌貶められるとお話したはず。ドラクル国に従属するかまでの相談していましたのに、急に方向転換など下々策でしょう」
宰相はさも当然のごとく呟く。彼はシルバリア国の大偉賢人、通称翼を持つ豚は今こそその頭脳を回転させて献策する。
「し、しかしこのような襲撃の後では……」
「ドラクル国の犯行ではないでしょう。吸血鬼狩りギルドの重鎮の捕縛もありますが、それ以上にドラクル王がこんなことをするメリットがない。陛下を暗殺するならとっくにやっております。救助に来ずに我が国の転覆を狙ったならまだし」
「わ、ワシらを救ったと思わせて恩を着せようと……」
「それならそれで構わぬのでは? 従属しようかという相手に、恩を着せられた程度誤差でしょう」
宰相の淡々とした言葉に、シルバリア王は反論の余地を持たない。
「そもそもです。仮に今回の襲撃犯がドラクル国であっても、そうでなくても変わりありません。元より勝てぬ相手に歯向かう意味はなし」
「た、確かにそうじゃが……」
「であれば悩むことはありません。ドラクル王に救援感謝の言を述べ、今後も変わらぬ仲を強調しましょう。むしろ今回の件で我らがドラクル国を信じる態度にて、ドラクル国からの信用をまた稼げます」
シルバリア国の宰相。彼は賢人でこそあるが、平時では考えすぎでやや無能気味であった。
だが逆に非常時においては、大賢人となるほど思考が回転する。追い込まれないと無能な典型例だった。
平時の無能、有事の有能。『翼を持った豚』、『その頭、空飛ぶ馬車輪がごとく』。
彼は有事に置いてのみその翼を羽ばたかせる。平時では空回りする頭が、非常時のみしっかりと地にて回転する。
つまりは『肝心な時だけ頼りになる男』。だからこそ彼はシルバリア国の宰相足り得た。
「……宰相、お主は緊急時ほど頼りになるのう」
「お褒めに預かり恐悦至極です」
「いや半分イヤミじゃが……まあよい、ドラクル王を呼んでまいれ」
「お待ちを。ここは玉座の間にて不相応です。対等な身分の強調として、玉座ではなく食堂にてお会いするべきかと」
「……任せたぞ。我が有事の右腕よ」
王の言葉に宰相は小さく頷くのだった。
「ところで平時におかれましては?」
「左腕がよいところじゃな。利き腕には足りぬ」
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宰相が平時からこの調子なら、今回の襲撃を事前に防げた説。
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