第106話 なんとか皮一枚


 俺は食堂に呼び出されて、シルバリア王たちと再び交渉を行っている。


 前と同じく大きなテーブルに相対して席に着き、早速と言わんばかりにシルバリア王が咳払いをする。


「さて今回の襲撃の一件について、我らの意を正式に表明しよう」

「「……っ」」


 シルバリア王の言葉に、アリエスとイーリがつばを飲む音が聞こえた。


「今回の件、貴殿らの仲間ではないと思う。今後ともよろしく頼む」


 その言葉にアリエスはパアッと明るい顔になり、イーリが小さくホッと息を吐いているのが聞こえた。


 俺はシルバリア王の意思表明に小さく頷く。


 この返答になることは分かっていた。何故なら盗み聞きしていたから。


「相分かった。事実としてあの吸血鬼たちは、我らと全く関係がない」


 ここで「ありがとう」と迂闊に言ってはならない。あの襲撃と俺達は全く関係ないので、下手に礼を言えば要らぬ借りを作ることになる。


「であれば今後のことを話すべきだろう。まずは……あの騒動は何だったのだ? 吸血鬼になった者が人に戻ったことも含めて、理解ができないことが多すぎる……」


 シルバリア王はげっそりとした顔で呟いた。


 弱音こそ吐かないが明らかに言葉に哀愁が混じっている。ものすごく疲れてそうだな……。


「実はこちらもあまり理解できてないんだ。吸血鬼になったら普通は人に戻らない。戻れるなら吸血鬼たちは、昼間は人に戻っているだろ?」


 俺の言葉に宰相が大きく頷いた。やはりこの男、頭の回転がいい。


「確かにその通りですな。となると真相を知っているのは……」


 全員の視線がとある者に向けられる。縛られて椅子に座らされているボドアスに。


 ボドアスはキッとシルバリア国王を睨んだ後に。


「わ、私を解放しろ! さもなくば吸血鬼狩りギルドと敵対することになるぞ! 貴様の一存で民を地獄に放り込むか! この悪魔め!」


 シルバリア王は僅かに眉をひそめるが、すぐに睨み返した。


「悪魔はどちらだ! 吸血鬼狩りギルドが吸血鬼と繋がっていたなど、もはや滅茶苦茶ではないか! そんな者の言うことなど信用できるものか!」


 ものすごく正論である。


 今の吸血鬼狩りギルドなど微塵たりとも信用に値しないだろう。しかも悪魔と言って来たのは、吸血鬼と手を組んで襲撃した男だぞ。


 これほどまでに『お前が言うな』案件はなかなか存在しない。


「話してもらおう! この襲撃の全てを! さもなくば首を刎ねる!」

「や、やれるものならやってみろ! 俺は何も言わん! それに殺せば今度こそお前たちは、この世界全てを敵に回すぞ!」


 シルバリア王の叫びに対して、ボドアスはビビりながらも返事する。


 どうやら少しは気概があるようだな。そうなるとここは……。


「まあまあ。別に殺す必要もありますまい。こいつを少しお借りしますよ。説得してきます」

「む、むう? 脅すならばここでやっても……」

「少々血生臭いことになりそうなのでね。なに、すぐに口を割らせてみせますよ」


 俺はボドアスを肩に担いで窓から外へと出る。そして背中に翼を生やして、城の屋根まで飛んだ。


 シルバリア王の目の前ではやりたくないことだからだ。


「ひ、ひいっ! お、落とすなら落とせ! 私は何も言わんぞ! 世界の敵め!」


 ボドアスは怯え切ってもやはり話そうとしない。だが別に関係ない。


 そもそも仮にここで何か言っても、本当かどうかも分からないのだから。


「そんな乱暴なことはしない。それよりももっと有効な方法があるからな」

「な、なにっ……はっ、ま、まさかっ!?」


 ボドアスは気づいたようだ。吸血鬼狩りギルドの重鎮だからか。


 吸血鬼には様々な特殊能力がある。その中のひとつには、催眠という力があった。


 俺はボドアスの目をジッと見つめて、催眠術を発動する。


 と言っても使い勝手はよくない。相手を意のままに操ることが出来るわけではない。それに絶対に嫌なことは言わせられない。

  

 ここまで精神的に追い込んでいる状況なら、隠してる本音を漏らさせるくらいならば可能だろう。こいつは発言を拒んでいるが大丈夫だ、何故なら……。


「俺の問いに全て答えろ。そうすれば、お前の命は保証する」

「うっ……」


 絶対に嫌なことを、嫌だけど言ってもいいにすればいいのだ。


 人は命の次に大切な財宝をそうそう譲らないが、殺さない代わりならば仕方なく渡す者が多いだろう。


 さて食堂に戻る前に催眠にかかってるか確認しよう。


「ボドアス、お前の恥ずかしい隠し事を言え」

「……実は俺は幼い少女が好きなんだ」


 命じた俺が言うのもなんだが、いきなりドギツイの来たな……。


 さらにボドアスは言葉を続ける。


「十二歳くらいの少女が好きだ。小さな体に薄い胸、一見すれば妹のような存在を穢したい」

「うわぁ……」


 こいつやっぱり生かして帰さない方がいいだろ。


 これは催眠かかってるだろ流石に。そう判断して窓から食堂に戻った。


「戻ったぞ。ボドアスは俺の説得に応じて、全てを話すそうだ」

「せ、説得とはどんなことを……?」


 シルバリア王が問いただしてくる。催眠とバレるのはちょっとイメージが悪いから……。


「逆らうようならば、大勢の吸血鬼の餌として、噛まれながら百日生かす生き地獄と脅した」

「そ、それは……」


 この理由ならまあ納得してくれるだろ。たぶん。


 俺とボドアスは着席して再度会議が始まった。


「さてボドアス。お前がこの襲撃を行った理由は?」

「……シルバリア王国とドラクル国の間を割くためだ」


 これは予想通りだな。さて問題はここからだ。


「今回、襲撃に使った吸血鬼たちは何だ? 何故、人間に戻った?」

「……あいつらはデミ吸血鬼。言わば吸血鬼の劣化に近いから、浄化の光で元に戻れたのだ」


 ボドアスは息を継いで、「さらに」と付け加えて行く。


「完全なる吸血鬼ではない代わりに、吸血鬼の増殖能力だけを向上させた。普通なら吸血鬼になれる人間は素養のある者だけだが、デミ吸血鬼に噛まれた人間はほぼデミ吸血鬼になる」

「「「……っ」」」


 食堂にいる者たちはほぼ全員が息をのんだ。


 デミ吸血鬼……恐ろしいな。噛んだら大半の人間が、デミ吸血鬼となっていく。


 そして増えたデミ吸血鬼は更に人間を襲って行き、更にと倍々ゲームのように増えて行く……。


「このデミ吸血鬼が跋扈すれば、吸血鬼狩りギルドの権力も上がる。なにせ我らに逆らえば国が亡ぶ」

「なんてこと考えるのよ! あり得ない……! 吸血鬼狩りギルドがここまで堕ちていたなんて!」


 アリエスが怒りの声をあげたが、ボドアスは首を横に振った。


「これは俺の独断に近い。吸血鬼狩りギルド本部が命じたわけではない……まあ知らぬふりをしていた線はあるが」


 本当に腐ってやがるな……だが奴らが権力を増やす上ではかなり有効な手だ。


 いずれ吸血鬼狩りギルドとも雌雄を決しないとダメかも……。


「なんという……これが本当ならおぞましいにもほどがあるのう……」


 シルバリア国王は茫然としている。


 仮にも今まで手を組んでいた組織が、これほどまで腐っているとは思ってなかったのだろう。


「王よ。吸血鬼狩りギルドのことはさておき、まずはこの会談の目的は果たせました。ここは終了して、互いに持ち帰って考えることが肝要かと」


 宰相がシルバリア王に提案し、王は小さく頷いた。


 俺としても少し考えたいからちょうどいいか。


「では改めて和睦の条件などは、後日話し合おう」


 そして会談は終了するのだった。

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