第104話 言い訳


 俺がシェカを気絶させた直後、背負ってるイーリが話しかけてきた。


「フォーク返して」

「わかったよ。というかもう降ろすぞ。ほら怪我見せろ、血魔法で止めるから」

「ん」


 俺はイーリを床というか絨毯に降ろす。怪我の状態を確認するがやはり重傷ではなさそうなので、血魔法で固めて止血。


 そしてフォークを手渡すと、彼女はポケットにしまった。


 ……そのフォーク、吸血鬼? をぶっ叩いたものだけどまた使うんだろうか。


 いやそれよりもまず優先すべきことがある。俺は腰を抜かして床にへたれているシルバリア王に近づく。


「大丈夫か?」

「ひ、ひいっ!? よ、余たちを騙したのか!!」


 シルバリア王は腰をぬかしたまま、ズリズリと後退していく。


 まずいな、完全に怯えられてしまっている。このままではこの襲撃が、俺達の仕業だと誤解されてる。


 この状況下だと仕方ないが、勘違いされたら困るんだよ……!


「違う、あの吸血鬼たちと俺達は全く関係がない」

「し、信じられるか! 余たちを油断させておいて城を脅かしておいて……! 騎士団長も宰相も吸血鬼にして!」


 王が視線を向けた先には、俺が倒した吸血鬼たちが転がっていた。


 彼らはよく見ると覚えがあった。先ほどの会談で王の横に座っていた者たちだ。


 ……危なかった。もし聖魔法で消し飛ばしてたらやばかった……人間が吸血鬼化してる可能性を失念してたぞ。


 でもやはりおかしい。俺はあの時に聖魔法で消し飛ばすつもりで撃ったのに、五体満足で倒れているとは。


 そんなことを考えていると、倒れていた宰相や騎士団長がピクリと動いた。


「む、むう……ここは……?」

「ど、どうなっておる? 我らは会議をしていたはずなのに、何故玉座の間に……?」


 宰相や騎士団長はつらそうな顔で立ち上がって周囲を見回した。


 先ほどとはまるで違う様子、それに吸血鬼の特徴である鋭い犬歯も見えない。まるで人間に戻ったみたいに。


「……試してみるか」


 俺は手のひらを宰相たちに向けて、少量の聖魔法を放った。光が彼らを包み込むが……。


「む? ど、ドラクル王? な、何故ここに!? 光なんて向けてどうされた!?」

「……お、思い出したぞ!? 我らは吸血鬼に噛まれて……王よ!」


 宰相は俺の光を眩しがっているだけ。騎士団長と残りの一人の兵士は剣を引き抜いて、王をかばうように立ちふさがる。


 おかしい。弱いとは言えど聖魔法だぞ? 少しはダメージを受けるはずだ。


 つまりこれは……。結論を言葉にしようとすると、イーリが先に口を開いた。


「吸血鬼から人間に戻った」

「……だよなぁ。でもそんなことあるのか?」


 もし人間が吸血鬼になったら、再び人に戻るのはおかしい。


 そんなことができるなら日中は人間で、夜間は吸血鬼で暮らすとかできてしまう。不可逆の化け物化こそが吸血鬼のはず。


 不可解過ぎる。それに彼らが人間に戻ったか吸血鬼のままかは、今後の話し合いにすごく大きな影響を与えるし……調べてみるか。


 俺は床を蹴って宰相に肉薄する。


「ひいっ!? な、なんですか!?」

「口を大きく開け」

「へ?」

「いいから」

「は、はい……」


 宰相が大きく口を開き、中の歯が丸見えになる。


 俺は口内を確認していき……確信を得た。


「……シルバリア王。どうやら宰相たちは吸血鬼から人間に戻ったようだ」

「な、なにっ!? そんなことがあるのか!? というか本当なのか!? 歯を見ただけで判断できるはずが……!」

「ならシルバリア王、貴方も見るがいい! ほら宰相殿、王に向けて口を開いて」

「い、いやしかし……」


 シルバリア王は宰相たちにまで怯えているようだ。だがそれでは困る。


 大切な臣下が吸血鬼にされたとなれば、もう俺との話し合いなどしてくれないだろうし!


「いいからこっちに来て見てみろ!」


 俺はシルバリア王に向けて咆哮した。すると王は跳ね上がるように立ち上がる。


「ひ、ひいっ!? わ、わかった!」


 王はこちらに近づいて、宰相の口の中をおっかなビックリ覗き込む。


 俺は宰相の口内を聖魔法でライトのように照らす。気分は完全に歯科医だこれ……。


「ほら見ろ。犬歯が人間離れしてない。吸血鬼なら犬歯が鋭くないと、血をうまく吸えないからな」


 宰相の犬歯に当たるべき箇所を聖魔法の光で照らし、俺は笑って自分の鋭い犬歯を見せつける。シルバリア王はそれを見て僅かに納得したような顔を見せたが、すぐにまた疑うようにこちらを見てきた。


「た、確かに……ないな。じゃがそれだけでは」

「それにだ。こいつの口内を見て欲しい」


 俺は聖魔法を少し強めて、宰相の口内全体を明るくする。


「な、なんじゃ? 他の歯を見たところで……」

「よーーく見てくれ。ここらへん、歯が黒くなってるだろ?」


 俺は下あごの歯を指さした。シルバリア王は怪訝な顔を続けている。


「た、ただの虫歯ではないか。こんなものがどうしたというのだ」

「そうだ、少し黒い虫歯っぽいのだ。……吸血鬼が虫歯になると思うか? 歯が命の我らが」

「……た、確かに」


 宰相は間違いなく人間だと断言できる。何故ならば犬歯がないのもだが…………虫歯があるのがおかしいんだよ! 


 吸血鬼が虫歯になってたまるか!! 肉が噛めなくなって、血が吸えずに死ぬぞ!? 吸血鬼の死因が虫歯とかどんなだよ!!!


「……じゃ、じゃがしかし。宰相は明らかに吸血鬼になっておったぞ……? どうなっておる!?」


 シルバリア王は声を裏返しながら叫んできた。正直、俺の方が聞きたいくらいだ。


「……それは俺にも分からん。とにかくだ、彼らは吸血鬼から人間に戻った……と思う」


 少し不安気味に呟くと、イーリが俺の服のすそを引っ張ってきた。


「ねえねえリュウト。私に妙案がある」

「妙案?」

「あれ」


 イーリが指さした先。そこには……倒れているシェカがいた。


 …………まさか。


「実験体に聖魔法放って試そう」

「血も涙もないなお前!?」


 イーリのあまりに豪快過ぎる提案に突っ込んでしまう。


 シルバリア王たちもドン引きの様子だ。


「な、なんと鬼な所業を……!?」

「やはり吸血鬼は悪魔か!」

「この独眼少女は吸血鬼じゃないぞ……あんたらのお仲間の人間だぞ……?」

「「ええっ!?」」

「そんなことより早くシェカを焼くべき。そうじゃないとこの事態を収拾できない」


 た、確かにイーリの言う通りだ。いまは躊躇する時ではなくて、話を進めて俺達の無罪を証明しなければまずい。すまんシェカ……。


 こうして俺はシェカを聖魔法で焼くことで、実験を開始することにした。


 倒れている彼女の側まで歩いて手のひらを向けた。


 まずは弱火、じゃなくて弱光で聖魔法を放つと……。


「ぎ、があああああああああ!?!?!?」


 シェカは意識を取り戻して絶叫し始めた!? やっぱりこいつには聖魔法は利いてるな!?

 

「もっと光量を強く」


 そんな悲鳴の中でイーリは淡々と告げてくる!? やだこの少女怖い!?


「ほ、本当に大丈夫か? これでもしシェカを消し飛ばしちゃったら、後味悪いとかいうレベルじゃないんだが!?」

「大丈夫。宰相たちと同じような状態だから、同じ光までなら死なない」


 た、確かにイーリの言葉には一理ある。


 シェカも宰相たちと同じように吸血鬼になったなら、同じ威力の聖魔法をぶつけても死なないはずだ。


 俺は玉座の間に入ってきた時と同じ威力の聖魔法を放……とうとして、不安なのであの時よりは少し威力を下げたものを撃つ。


「い、いやああああああああああああああ!?!?!?! あああああああああ!?!? ああああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!?!?!?!」


 シェカは地面に打ちあがった魚のように、ビッタンバッタンもだえ苦しむ。


 そしてしばらくして……完全に力尽きて再び気絶したのだった。ピクピクと身体を震えさせて倒れている。あ、哀れな……。


 イーリはそんなシェカに顔を近づけて観察した後に。


「よし。じゃあもう一発聖魔法を撃って試そう。これで利かなくなったら無事に戻った」

「無事に戻ったとは言えないんじゃないかこれ!? 流石にもうやめよう!? な!? たぶんもう人間だって!? ほら犬歯なさそうだし!?」


 なお行おうとするイーリの処刑執行を、流石に止めるのだった。


 ……シェカに斬られたのたぶん怒ってるんだろうな。


 

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