第103話 もしかしたらの自分


 ボドアスは床に転がりながら、自分の状況に震えていた。


(ば、バカな馬鹿な!? くそっ!? なんでこうもすぐに奴らの妨害が来たんだ!?)


 松明の薄暗い部屋の中で、彼はものすごく焦っていた。


 本来ならばボドアスは、吸血鬼の増殖を見届けて城から出る予定だった。


 危険を冒して自分の目で確認するのは、同じく吸血鬼であるサイディールが信じられなかったからだ。それが見事に裏目に出ている。


(ま、まずい! あの恐ろしい吸血鬼にまた捕まったら、今度こそ殺されてしまう……!)


 ボドアスはリュウトの戦いを以前に見たことで、かなりのトラウマを抱いていた。


 彼が吸血鬼狩りギルドを乗っ取った時も、つまるところはリュウトを怖がって何とかしたかったためだ。


 リュウトから見逃された後、ボドアスの恐怖はどんどん積み上げられていった。どれだけ普段に強がっていても、いざという時に内心は漏れてしまうものだ。


「ああもう、流石にもう追えない……! とりあえず貴方は捕まえさせてもらうわよ!」


 ずっと黙りこんでいたアリエスが、先ほどのうっぷんを晴らすかのように叫んだ。


 だがボドアスはそんな少女の肢体を眺めた後に。


「……舐めるなよ、小娘! お前が吸血鬼以外には雑魚なのは知っているぞ! 男の私に勝てると思うなよ!!!!」

 

 ボドアスは威嚇するように吠えて、腰につけた鞘から銀の剣をぬいた。


 それを見たアリエスは少し顔をしかめ目を細める。そして少しだけ逡巡してから。


「……貴方、ニンニク臭くないかしら?」


 室内にはニンニクの匂いが充満している。アリエスはサイディールのことで頭がいっぱいだったので、今までそのことに気づけなかった。


 ボドアスはその言葉に血相を変える。


「黙れ! 吸血鬼と近づくのだから当然だろうが! あんな恐るべき怪物と、何の準備もなしに会話できるはずがないだろう! シルバリア王は愚かだ! あんな血も涙もない鬼と手を結ぼうとするなど! 正気の沙汰ではない! 奴らは売人奴だ! 人類の裏切り者だ!」

「…………」


 発狂するかのように叫ぶボドアス。


 それに対してアリエスは不愉快そうな表情を隠さない。


「貴方だって吸血鬼と手を組んでいるじゃない」

「手を組んでいるのではない! 利用しただけだ! シルバリア国の目を覚まさせるために! 何故分からない!? 討伐のできない吸血鬼が、他の吸血鬼を束ねているのだぞ!? 絶対に許してはならないだろう!? 血も涙もない吸血鬼を!」


 ボドアスがなにかを告げる度に、アリエスの表情は曇っていく。


「……貴方、以前に逃がしてもらったはずよね。血も涙もない吸血鬼はそんなことしないわよ」

「遊びだ! 奴は私を見下して遊んだのだ! 戯れで逃がしてやると! 自分が上位存在であると確信して、私を見下して……! お前もいつか、私と同じ目に合うぞ! あの吸血鬼の側にいれば!」

「…………」


 もはやアリエスは何も言えなかった。


 彼女はボドアスのことが、過去の自分の合わせ鏡のように見えている。ドラクル村にやってきた直後の、リュウトの話をまったく聞かなかった自分と。


(……あの時のリュウトから見たら、私ってこんなに酷い人間だったのね)


 アリエスは内心でため息をついた。


 過去の自分を客観視することで、当時の自分の酷さを理解できたからだ。


(リュウトには後で改めて、あの時のことを謝ろう……でもまずは)


 アリエスは思考を振り払うように、キッとボドアスを睨む。


 彼女は過去の後ろめたさとは別に、もうひとつの感情を抱いていた。


「色々と言いたいことはある。でもとりあえず、私が貴方に言うことはひとつよ」


 アリエスは銀剣を上段に振りかぶって構え、ボドアスに向けて肉薄する。


「舐めるな小娘! 私とて剣は扱え……!」

「聖なる光よ、闇を照らせ!」


 ボドアスの言葉を妨げるようにアリエスの叫び。ボドアスに至近距離まで肉薄した彼女の身体が、薄暗い部屋で一気に輝きだす。


 聖魔法は人間には効かない。身体を溶かすこともしないし外傷も与えられない。だが……。


「!? ぐわああああ!? 目が……!?」


 薄暗い部屋での強烈な閃光は目つぶしになる。


 そしてアリエスは大きく息を吸って、渾身の力で腰を入れて剣を振り下ろした!


 それはまるで固い土を耕すためのクワを扱うがごとく!


「ごべっ……」


 ボドアスの頭の兜に銀剣が叩かれた。ボドアスはその衝撃でフラフラしてから、バタリと床に倒れて動かなくなる。


 光りながら渾身の力で叩きつける。これこそがアリエスが村で実践してきて、学んだことだった。


「貴方、不快なのよ。吸血鬼と人が共生できないかなんて、やってみないと分からないでしょ……私が言えることではないけど」


 アリエスは冷たい視線をボドアスに送る。


 だがボドアスは気絶していてまったく動かない。そんな男から視線を外して、銀剣を鞘にしまうアリエス。


「…………分からないものね。まさか吸血鬼と人が共生するなんて無理と言われて、不愉快になる日が来るなんて。さてととりあえずこいつは縛っておいて……」


 アリエスは周囲を見回してロープを探し始める。


 そして最後にボドアスをチラリと見たあとに。


(……もしかしたら、私もこいつみたいになっていたのかもしれない。もし村に居つかずに追い出されて、リュウトの本性を知り得なかったら……弱点のない吸血鬼に恐怖していたかも。やっぱり反則よね、あいつ……)



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ボドアス君、大物ぶったけど小物だった模様。

そこも含めてわりとアリエスと似てる……ヘイト稼ぎまくったロディにはなれなかった。

まあ本当に大物だったなら、ロディの腰ぎんちゃくにはならなかっただろうし……。

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