第100話 おかしい
シェカを真っ向から睨みつつ、背負っているイーリに声をかけることにした。
さっき飛び散った血の量からして、そこまでの重症ではないとは思うが……。
「おい大丈夫か!」
「大丈夫じゃない。血をただ飲みされた」
「大丈夫そうだな……」
とりあえず一安心か。……本当に油断していた、俺の身体はいくら攻撃を受けても問題ない。
そのせいで『敵の攻撃を避ける』ということを失念して、イーリを怪我させてしまった……! いや悔やむのは後だ、次からは全てちゃんと防げばいい。
まずは目の前にいる、吸血鬼のような少女だ。
「シェカ……お前、どういうつもりだ!」
「あはははは! 美味しそうな血だったから!」
シェカは俺の問いに対して狂ったような笑みを浮かべる。イーリを傷つけておいて笑うなよ……!
彼女は吸血鬼になってしまったのだろう。それはいい、いやよくはないが理解はできる。
城を襲撃した吸血鬼に噛まれたのだと想像はつく。だがいきなり襲ってきたことは意味が分からない。
吸血鬼になったのだから人を襲うだろう? いや違う、それはホラー映画のイメージでしかない。
吸血鬼は理性のない怪物ではない。むしろ理性を持つことが彼らの強みのひとつなのだから。
村の吸血鬼共を見ればわかるが、少なくとも話は通じる奴らだ。あるいは以前に村を襲ってきたベアードですらも狂ってはいない。
だが目の前のシェカは狂っているように見える。理性がないならば吸血鬼ではない。
シェカが吸血鬼化しているとしてもだ。少なくとも親しい相手に対して、問答無用で襲い掛かるということはしないはずだ。普通ならば。
「リュウト、どうしたの?」
後ろからイーリの声。
「シェカはなにかおかしい。吸血鬼ならもう少し理性的なはずだ! それにお前を傷つけて……!」
シェカが吸血鬼になったとしても、問答無用で俺達に襲い掛かって来るとは……!
「ねえねえリュウト」
「なんだ! 肩が痛むなら少しだけ我慢して」
「シェカってわりと元からおかしくなかった?」
「はぁ!? そんなわけ……」
……。
…………。
……………………。
「……元から少しアレではあったな」
「つまりシェカは正常」
「いや流石にそれはない……」
イーリの軽口に思わず脱力してしまう。なんというか……。
「吸血鬼が頭に血を昇らせる意味はない。今度やったら
さらに淡々と告げてくるイーリ。
……なるほど。どうやら俺は思ったよりイライラしていたようだ。イーリを傷つけられたことで、シェカに対して怒りが混じっていた。
イーリのいつもの言葉で頭が冷えた気がする。はぁ……なんというか、斬られた少女にたしなめられるとは俺もダメダメだ。
「……すまん」
「ん。それよりシェカを何とかする」
イーリは指さした。その先にいたシェカは愉快そうに笑い続ける。
「あははははは! 何とか? 私を何とかする? 無理無理! 私はね、吸血鬼になったんだよ? 闘技大会の時は負けちゃったけど、あれは人と吸血鬼の身体能力の差があっただけ! それがなくなったら私が勝つよね? 貴方はいらないけど、イーリちゃんは私がもらうね?」
……どうやらシェカは、俺がリュウコに化けてたのも知っているようだ。
やはりあの会談の時、イーリでバレてしまったか。失策だった……。
「イーリはやらんぞ」
「ねえリュウコちゃん、いや吸血鬼。私ね、魔刻流の最強の使い手が分かっちゃった」
シェカは剣で床をガリガリと削り始めた。
俺の言葉によくわからない返し……会話もできてるのか怪しいなこれ。やはり普段のシェカとはまるで違う。
「最強の使い手?」
「あははは!」
シェカはその場から飛びのいた。それと同時に床に描かれた文字が光り始める。
彼女のお得意の魔刻流で魔法を発動するつもりか。いや待て、これは……。
床の文字が更に輝く。そして……俺に向けて聖なる光が打ち出された。
俺は思わず顔をしかめながら回避する。光は壁にぶつかって霧散した、特に壁に損傷などはない。
「あはははは! 吸血鬼が聖魔法を撃てたら、無敵だよねぇ? 私、最強の吸血鬼になれる!」
シェカは恍惚の笑みを浮かべた。
……なるほど。魔刻流は剣で文字を刻み、その文字から魔法を発する流派。つまり剣を媒体とする上に、光は本人から離れた場所で発生させられる。
なら吸血鬼であっても聖魔法を撃てるということか。
「あはははは! 私、最強だ! 吸血鬼を殺せる吸血鬼! 魔刻流が最強! 最強、あはははははは!!!!」
壊れたように高笑いを続けるシェカ。
…………よし、とりあえず気絶させるか! 殺すわけにはいかないから聖魔法は使えない。
ならば銀で叩くべきだ、近くに武器に使えそうな物は……あれー、こんな時に限って銀の家具とかが全くないぞ!?
なんで!? 王城なんだから置いといて欲しかった……どうしよ。
「リュウト、これ」
「ん? こ、これは……!」
イーリが手渡してきたブツ。それは……銀のフォークだった。
そういや会談の時にも持ってたなぁ……!
「あははははは! そんな食器でどうするつもり? 魔刻流は無敵、なんだから!」
シェカが剣を構えて再び床に文字を書き始める。
この反応で確信した、やはり彼女はおかしくなっていると。
「今度は避けられるかしらね!」
床の文字からまた光が放たれて、こちらに向けて襲い掛かって来る。
さっきと同じ光、つまり間違いなく聖魔法だ。
俺は真っすぐその光を迎え撃つように突撃した。
「やった! これで勝……え?」
そして光を切り裂いて、そのままシェカの目の前に肉薄する。
この光は聖魔法であることは、さっきの壁に当たった時に分かっている。ならばイーリが受けても問題はないので避ける必要はない。
「お前は吸血鬼の最強になりたかったわけじゃないだろ。とりあえず眠ってろ!」
俺はシェカの頭に銀のフォークを叩きつけた。
「がっ……!?」
シェカは気絶して床に倒れ伏す。
……正常な吸血鬼なら、俺が銀を持った時点でなにか反応してるよ。
さてこの後はどうしたものか……。
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