第99話 異変
「おいアリエス! 急いでここを出るぞ! 村長も!」
「えっ、いったいなに? まだ料理が残って……」
「いいから!!!!!」
「わ、わかったわよ……」
「支払いしてきますじゃ」
困惑するアリエスだが、俺の必死さが分かったのか渋々ついてくる。
アリエスたちを連れて急いで酒場の外へと出た。
そして人気のない路地裏まで走り、周囲に人がいないのを確認してから。
「王城内で吸血鬼が大勢潜伏してるらしい」
「……っ」
その一言でアリエスの顔が変わる。先ほどまでとは違って戦士のように。
「どこに何体いるかは分かるの?」
「我が魔眼にて全て感知可能。王城内に八体」
眼帯を外したイーリが自信ありげに呟く。彼女の右目の魔眼が黄金に輝き始めた。
イーリの魔眼は視ることに関して極めて優秀だ。遠く離れた森の中のハチの巣すら探し出す。
「俺達が交渉を終えた夜にこれだ。偶然とは思えない」
俺は懸念していることを口に出す。
うまく交渉が終わって一安心したタイミングで、吸血鬼が王城に大量に出現? そんな奇跡的なタイミングがあるものかよ。
間違いなく狙われたのだ。吸血鬼と人が和睦交渉を結ぶタイミングで、吸血鬼が人間を襲う事件を起こす……はっきり言って最悪だ。
もし王都に吸血鬼の恐怖が蔓延した状態で、国民に吸血鬼の国と手を結ぶなんて発表してみろ。どう考えても悪いイメージしかわかない……!
ただでさえ吸血鬼と手を結ぶなんてあり得ないと言われているのに、大勢の人が吸血鬼に殺されたら……国民たちは絶対に認めないだろう。
これは俺達の交渉を壊すために仕組まれた策だ。
だがその策を仕掛けた奴らにも計算外だろうことがある。それは外にいる俺達がすぐに王城の異変に気づけたこと。
イーリの魔眼の性能が異常なことを知らなければ、城を出た俺達が吸血鬼の襲撃に気づけるとは思えないはずだ。ならばまだ間に合うかもしれない!
「……吸血鬼の被害が拡大する前に私たちで倒すということよね?」
アリエスが腰につけた銀剣の鞘を掴む。
忘れがちだがアリエスは、吸血鬼を見れば襲い掛かる系女子だった。こういう時に逡巡するタイプではない。
「そうだ。それと今回の吸血鬼は……全員殺せ」
俺は少し迷いながら告げる。
王城に出現した吸血鬼は全員殺す。容赦なく殺ることで俺達とは関係ないと証明するのだ。
そうすればシルバリア王に対しては、かろうじて言い訳が効くかもしれない。それに加減している余裕などないというのも本音だ。
モタモタして王都内に逃げ出されたら、それこそ民衆が襲われてどうしようもなくなる……! というか王様生きてるよな……? 殺されてたらヤバイ……!
「とにかく急いで王城に向かう! 悪いが担ぐぞ!」
「ん」
「きゃあっ!?」
俺はイーリとアリエスの腰を持って、米俵を持つように両肩に担いだ。セクハラとか言っている場合じゃない!
「村長は悪いがてきとうな場所にいてくれ!」
「ははっ! 承知しましたじゃ!」
そう言い残して俺は地面を蹴り空へと跳躍した。
少し離れている王城が見えるが……特に異常が起きている様子はない。吸血鬼に襲われていたら、非常事態を知らせる鐘とか鳴ってそうなものだが。
考えられる可能性は二つ。まだ被害が出ていない、あるいは……非常事態を知らせられないほどにマズイ状況なのか。
「そ、空飛んでる!? ちょ、こ、怖いんだけど!?」
「あまり喋ると舌を噛むぞ!」
俺は家の屋根を足場にして跳ね、遠くの屋根に着地。さらに跳ねてを繰り返して王城に向けて急接近し続ける。
そして王城に近づいたのでこれまでより高く跳躍し、王城中庭へと飛び込んで着地した。
「イーリ! 索敵!」
「任された」
イーリの黄金の眼が更に輝く。
「王城の地下に四体。王城の高いところ、玉座の間に五体」
くそ、ばらけてるか……固まってるならすぐ倒せたのに! ……ん?
「……ちょっと待て。数、増えてないか?」
「一体、人が吸血鬼になった」
「……っ!」
グダグダ考えている場合じゃない! 少しでも早く吸血鬼を退治しなければ!
「地下はアリエスに任せたい! いけるか!」
「当たり前よ! 私は銀の聖女よ! お飾りじゃない!」
豪語するアリエス。実際、彼女は吸血鬼相手ならば強い。
特級相手ならばともかく、それ以外ならば普通に勝てる実力者なはずだ。
「じゃあ頼んだ! イーリ、お前は俺と行くぞ!」
「ん」
イーリが俺の背中に抱き着いてきたので、即座に背負って地面を蹴った。
今度は王城の最上階よりも高く飛んで……。
「イーリ掴まってろよ! 玉座の間に飛び込むぞ!」
「ん」
そのままの勢いで最上階の塔――玉座の間――の壁に勢いよく飛び蹴りをかました。そして壁をアッサリ突き破って室内に侵入する!
緊急事態に階段登ってられん! 壁ぶっ壊した方が早い!
中に人影が見える! だが玉座の間に吸血鬼がいる時点で非常事態だ!
誰が誰だか判別つくよりも早く、俺は右手を向けていた。
「な、何も……!?」
「聖なる光よ、闇を晴らせ!」
俺は即座に聖魔法をぶっ放した。
聖魔法は相手が吸血鬼なら即座に消滅させられる。そして人間ならば無傷だからな! 雑に撃っても問題ないはずだ!
吸血鬼は変身で姿をごまかすこともあるし、緊急事態ならこの方が遥かに早い!
「「「「えっ……」」」」
俺は右手を薙ぎ払って、部屋中に聖魔法の光を届けさせた。すると四体の吸血鬼が俺の光に直撃して呑まれる。聖光は窓から漏れていって消え去る。
あの吸血鬼たちに囲まれて姿が見えなかったが、腰を抜かしている者がいた。シルバリア王だ。
「お、おお……! 誰か知らぬがよくぞ来て……なあっ!? な、なぜに其方が!?」
シルバリア王は腰を抜かしたまま俺に視線を向けてきた。
かなり危なかったようだが、なんとか間に合ったようだ……あれ? 玉座の間には吸血鬼は五体って言ってたような……。
あれ? それに聖魔法を当てた吸血鬼たちが床に倒れている? 普通の吸血鬼なら蒸発する威力で叩きこんだはず……。
そう思った瞬間、後ろから気配を感じた。ゆっくりと振り向く。
……シェカだ。彼女が何故か剣を抜いて、俺に切りかかって来ていた。まあ斬られたところで特に問題は……いや待て。
俺は、イーリを背負っている。
背筋が凍った。気づいた瞬間に地面を即座に蹴って、剣を避けようとしたが。
「……っ」
イーリの肩が切り裂かれて、宙に血が飛び散った。
俺は即座にその場を飛びのいて、背中にいたイーリの様子を見る。
「イーリ!? 大丈夫か!?」
「……ん。だい、じょうぶ」
イーリは少し顔をしかめながら答えてくる。俺の背中にへばりつけているし、肩を深く切りさかれたようには見えなかった。
なので致命傷の類ではなさそうだ。だが……間違いなく斬られた。
目の前の少女に、俺たちの顔を知ったはずの者に。
俺も完全に油断していた。自分の身体が無敵だからと、攻撃に対してすごく鈍感になっていた。普段ならそれでよかったが、いまはイーリを背負っていて……切りかかって来たシェカに怒りが湧いてしまう。
確かに俺達も彼女を騙していたかもしれない。嫌われるくらいは甘んじて受ける。
だが救援に来たのにいきなり切りかかられるとはどういうことだ! 彼女ほどの剣の腕なら、俺達のことに気づけたはずだ!
怒りに任せてシェカを睨むが、彼女はなおも剣を構えている……!
「シェカ……お前、何をし……なっ!?」
だが怒りはすぐに驚きにかき消された。何故ならシェカの口元には鋭い犬歯が、吸血鬼の象徴が生えていたからだ。
シェカはイーリの血のついた刀身を、舌でペロリと舐めた。
「あはははは! 美味しい……もっとちょうだい……!」
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