第98話 打ち上げ
俺達は城を去った後、夜の王都の酒場で少し飲んでいた。
帰らなかったのかって? ……いや祝杯くらいあげたいじゃん。
「さあじゃんじゃん飲んでくれ! 今日はいくらでもいいぞ!」
俺の号令によって四人で食事をし始めたのだ。
ひとつのテーブルに四人がついて、各々好きな物を頼んで飲み食いしている。
「あー、美味しい! お酒久々!」
アリエスが機嫌よさそうに木のグラスを口にする。グラスの中身はワインだ。
彼女は地球では未成年の年齢になるが、この世界ではそもそも酒に年齢制限はない。なおすでにグラス五杯目だ、飲み過ぎだろ。
「おい飲み過ぎだ」
「いいじゃないたまには! 村にはお酒ないし! 交渉万歳だし! ご褒美!」
「アリエスちゃん、もうやめておいたほうがいいと思うんじゃがなぁ。酔っぱらってるぞ」
「あはは、酔ってないですよー。ほら聖女は酔わないんですよー」
いかん、アリエスの言動が支離滅裂になってきている。たぶんシルバリア王との交渉がうまくいったから、ご褒美にお酒を飲んでいると言いたいのだろう。
帰りは俺が馬車を運転じゃなくて運ぶから酔っていても、移動に問題はない……わけではない。酔っぱらって更に車酔いされたら困る、馬車内で吐かれたら目もあてられないし。
「完全に酔っぱらってるぞ。酔いさましに水でも頼むか」
「では頼んでおきますかのう」
「あははー。酔っぱらってらいわよー」
酔っ払いは皆そう言うんだよなぁ……いや酔ってなくても言うかもだが、どちらにしてもアリエスの顔が赤くなってるし呂律も怪しい。
「私ねー。まさか本当に国が結ぶなんて思ってなくてねー。すごいなーって」
アリエスは俺の肩をバシバシと叩いて来る。
……完全に酔ってるなぁと思いつつ、ほんの少しだけ感慨深くもあった。
もし村にやってきた当時のアリエスならば、こんなことは絶対にありえなかっただろう。吸血鬼を前にして酒を飲むなど絶対にしないと断言できる。
そんな彼女が俺を前にして無防備な姿をさらすのは、かなりの心の変化が起きているのは間違いない。そう思うと少しクルものが。
「ところでお酒追加していいわよね? いいわよね?」
「ダメです」
「店員さん! お酒いっぱい追加でー!」
「いや聞けよ」
「だっていくらでも飲んでいいって言ったじゃない」
ダメだこの聖女、もう完全に酒盛りの態勢だ。盛女じゃん。
普段真面目な娘って、酔っぱらうとタガが外れるのいるよね……いや別にな? 金銭的には酒を追加注文してもいいんだぞ?
ただ想定以上に酔っぱらわれると、今晩に馬車を走らせるのが無理になる。いや別に明日に帰ってもいいんだけど……たぶんアリエスもそこは理解して、だから飲みまくっているところはある。
でも何となく今晩出発予定だったので、なら今晩出発したいじゃん。
とは言えここで俺がもう酒追加禁止と言うと、なんか前言撤回みたいでけち臭く見える……! それもなんか嫌だ。『何となく』と『なんか』という、フワッとした感情同士でせめぎ合っている。
これもまた人間らしい心というものだ。俺、吸血鬼だけど。
「ワシが飲んだ方がよさそうじゃのう」
村長がコッソリとアリエスのグラスをすり替える中、イーリが俺の服をちょいちょいと引っ張ってきた。
「酔い冷ましなら任せてもらおう」
「おおイーリ。なにかいい酔いさまし方法でも知ってるのか?」
イーリはアリエスをチラリと見たあと。
「おめでとうアリエス」
「なになにー? イーリさんも私を褒めてくれ……」
「『落ちぶれた聖女』から、『落ちぶれた飲んだくれ』に格上げ」
「…………」
あっ、アリエスが一瞬で真顔になった。たぶん今のでへべれけ気分が消え去ったな。
一瞬で酔っ払いを現実に引き落とすとは、流石は毒舌のイーリである。
「ね、ねえ……落ちぶれた飲んだくれはあんまりじゃない? もう聖女の原型も残ってないと思うのだけど……」
「じゃあ酒女で」
「イーリさんお願い! せめて聖は! 聖だけは残して!?」
アリエスの渾身の悲鳴が響く。聖属性にプライドがあるようだ。
ところでここは酒場なので、大騒ぎして周囲の迷惑になるか不安だったが……。
「おっ。あそこ盛り上がってるなぁ。やっぱり酒場はこうでなくちゃな」
「酒場の盛り上がりは避けて通れぬ酒ってな! がはは! 痴情のもつれか?」
「くっそつまんねぇ……面子的に違うだろ。家族連れかな?」
他の客たちも盛り上がってるし大丈夫そうだ。
そこらの雑多な酒場を選んだのもよかったな。お金持ちご用達なら悪目立ちしてただろうが、大衆酒場なら喧騒は日常茶飯事か。
酔っ払いめ、騒ぎとなれば痴情のもつれとか発想が安易なんだよ。俺とアリエスとイーリはともかく、老人の村長がいたら絶対違うとわかるだろ。面白がりやがって。
……しかしなんだな、本当にシルバリア国との交渉が成功したんだな。なんとなく落ち着いたことで、やり遂げたことの大きさが実感できてきた。
「……よし。もう今日は王都に泊まって、明日帰ることにするか! 今日ぐらいいいか、もっと飲むぞ!」
「おー」
「ならワシももう一杯おかわりを頼みますかのう」
「い、いやよ! もう飲まないわ! これ以上変な名前つけられるの嫌ぁ!」
……アリエス、お前さっきまで飲みたがってたのに。
「ねえねえリュウト」
イーリが俺に話しかけてきた。なにやら少し顔をしかめている。
「ちょっと目がうずく」
「あまり目をこするとよくないぞ」
「ん」
そう言い残してイーリは席を立ちあがってトイレに向かった。ここでは眼帯を外すと魔眼が見られてしまうので、周囲の目のない場所に行ったのだ。
しばらく飲んでいるとイーリが戻ってきた、のだが様子がおかしい。真剣な表情で俺の服をチョイチョイと引っ張って、その後に耳元で囁いてきた。
「王城に吸血鬼がいっぱいいる。たぶん人襲おうとしてる」
「……は?」
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ドラクル国の秘密兵器。とうとうハチの巣発見以外の方法で役に立つ。
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