第97話 会談を終えて


 俺達は会談を終えて城の門前に出ていた。周囲はすでに薄暗く、夜になり始めている。


 無事にシルバリア国と和議を結べたのだ。細かい条件などは今後詰めて行くにしても、これはものすごく大きな前進であることは間違いない。


「まさか本当に吸血鬼の国と人の国が、条約? を結ぶなんてね……」


 アリエスが後方の城を茫然と見続けている。


 交渉において彼女の存在も地味に大きかっただろう。有名らしい吸血鬼狩りが、吸血鬼の国で役職についているのだから。


 たぶん向こうからしたら、吸血鬼に屈した聖女とか言われてそうだけどな!!!!


「と言ってもこれからだけどな。あくまでトップ層同士で同意を取れただけで、シルバリア国民が納得するかは別問題だ。国民が従わない可能性もある。ただ……」


 王は国民の代表者ではあるが、国民の総意の代弁者ではない。


 なのでこのことを国内に発表した時、どのような反応になるかは予想しづらいところがある。


「ただ?」

「吸血鬼狩りギルドの酷さが有名なおかげで、そこらへんがうまくいく可能性がある。吸血鬼狩りギルドが襲ってくるから、吸血鬼側も必要以上に人間を襲撃したとかで」


 ようは『今まで吸血鬼と人が交渉不可能だったのは、吸血鬼狩りギルドがいたからだ!』と叫ぶのだ。


 全ての悪を吸血鬼狩りギルドに押し付けて、シルバリア国はギルドと仲良くしてないから襲わないでおくと。


 これなら国民たちもある程度納得できるはずだ。吸血鬼と手を組むことによって、自分達は襲われない可能性が上がると。


「ひっどいわね……仮に吸血鬼狩りがいなくても、吸血鬼は人を襲ってたでしょ……」


 アリエスは呆れた顔でため息をついた。


「そうだろうな、吸血鬼は人の血がいるんだから。でも嘘も方便というか……吸血鬼狩りギルドとだけは絶対に和睦結べないだろ? だから最大限利用してやろうかと」


 なるべく人と吸血鬼の共生を広めたいと思ってるし、シルバリア国以外とも交渉をしていきたい。


 だが吸血鬼狩りギルドと仲良くすることだけは不可能だ。あそこは吸血鬼を狩ることで権威を保っているので、それが出来なくなったら存在価値がない。


 人と吸血鬼の共生は、奴らにとって最も避けるべきことだ。今度もいくらでも妨害してくるはずだし。


「うう……仮にも元いた場所が、ここまで敵にされていると少しクルものがあるわ……」

「アリエス、堕ちぶれた聖女の自覚を持つべき」

「イーリさん! せめて堕ちた聖女で許して!? ぶれさせないで!?」


 イーリの毒舌に対してアリエスの悲痛な叫び。正直変わらないと思う。


「村の皆に伝えるのが楽しみですのう。よい報告ができますじゃ」


 そして泰然と構えて、村の方角の空を眺める村長なのだった。


「よし村に帰るぞ」


 完璧な会談だったな。まさにこれ以上はないと言えるだろう。


「あ、そうだ!? 農務大臣ってなによ!」

「食料大臣はダサい」

「人間大臣はいかがなものかと思いますのう」


 …………仕方ないだろ。王との交渉場で咄嗟に考えたんだからさ……。





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 リュウトたちが出て行った後、会議のための部屋に王たちはいた。


 シルバリア王、騎士団長、宰相。そしてシェカを含めた警備の兵士たちが、三人を警備している。


 彼らは円卓を囲むように椅子に座り、真剣な顔で議論を行っていた。


「……まさか本当に吸血鬼の国と同盟を組むことになるとはな」


 王は椅子に深くこしかけてため息をつく。


 彼は今回の交渉場において、吸血鬼の真意を確認するつもりだった。そして信用できると判断すれば手を結ぶことも考慮はしていた。


 だが予想はしていても、実際にそうなってしまえば「まさか」と言いたくなるのが人間だ。


「……果たしてこの同盟は正解だったのか。そこは余にも分からん。お主らはどう思う?」

「…………選択肢が他になかった、とは思います」

「同じく」


 騎士団長と宰相は小さくうなずいた。


 彼らにはとある恐怖が脳内を渦巻いている。それは……。


「……弱点のない吸血鬼など相手にするべきではない。少なくとも確実に勝てる手段が見つかるまではな」

「吸血鬼狩りギルドの伝説の聖剣すら、確実に殺せる保証はないですからね……」

「銀の聖剣を持った者も負けていたしな……」


 弱点のない吸血鬼など悪夢でしかない。


 だがこれは正夢であり現実なのだ。彼らは会談でリュウトがニンニクを食べた時、コッソリと自分の太ももの肉をつねっていた。


「あ、あの……申し訳ありません。発言してもよろしいでしょうか……どうしてもお伝えしたいことがありまして」


 王たちの会話に割り込むように、シェカが小さくつぶやいた。


 本来ならばここは王たちの議論する場で、ただの警備兵であるシェカの発言は認められない。王たちは怪訝な顔をして拒否しようとしたが、シェカがただならぬ様子であったのを見て考えを変えた。


「許す。申してみよ」

「ありがとうございます。実は……あの場にいた眼帯の少女を、私は知っています」

「なにっ!? あの者の素性を知っておるのか!?」

「い、いえ……実は先日の闘技場で観戦している際に知り合いまして……。優勝者のリュウコの連れでした」


 シェカは己の知る情報を話す。


「ど、どういうことじゃ……?」

「闘技場を見物にでも来たのでしょうか?」

「……ま、まさかっ!? お、王よ! これは異常事態です!!!!」


 困惑する王と騎士団長、その中で宰相だけがひとり真っ青な顔になった。


 シルバリア国宰相。彼は『シルバリアの大偉賢人』と呼ばれるこの国の知恵袋だ。


 なお所詮は小国シルバリア内での判定なので、よそに出ればたまにいる賢人クラスだったりする。


 そんな彼の必死な叫びが室内にこだました。


「異常事態などとっくに起きてるではないか。むしろ異常じゃないことのが少ないわ」

「ち、違います! そのリュウコと申す者、もしや……先の吸血鬼が化けた姿ではないかと!!!」

「「「!?」」」


 他の者の驚きを後目に、宰相はさらに口を動かし続ける。


「考えてみてください。あのリュウコと申す者は異常な身体能力を誇っていました。あの華奢な見た目で鉄すら手で捻じ曲げ、闘技場の誰も全く及ばぬ力。在野で無名の者で、あれほどの強者がいるでしょうか? 吸血鬼ならば納得がいく」

「し、しかし姿がまるで違うぞ……? それに闘技場は日中開催で」

「吸血鬼には変身能力があります。そしてここが重要なのですが……我々は自然と頭から外していたのです。吸血鬼は太陽に弱いから、日中開催の闘技場に出るわけがないと!」

「「「…………っ!?」」」


 人は常識を以て考えるものだ。だからこそリュウトの存在を知った上でも、すぐに吸血鬼が日中に活動していると思考が回らない。


 そしてシェカがハッとしたように驚いたあと。


「……あ、あの。実はリュウコちゃ……リュウコの小さな傷が、瞬時に再生したように見えたのですが……」

「…………間違いない。そのリュウコと申す者は、ドラクル村の長であるリュウトかと」


 宰相の断定に周囲はしばらく黙り込む。


「さ、宰相よ。ならば何故あの者は闘技場に出たのだ……? 何の目的があって……?」

「じ、実は優勝賞金が欲しかっただけだったり、しないか……?」


 困惑する王に対して宰相は真剣な面持ちで答えた。


 彼はもはやリュウトの思考を読んでいる。吸血鬼の長が闘技場に出た理由を、その思考能力をもって叩き出したのだ。


「優勝賞金? バカバカしい。そんなもの、あの吸血鬼なら宝物庫にでも忍び込む方が早い。奴が出場した理由は決まっています、我らへの脅しです。あの時、陛下はリュウコと謁見しましたね? ドラクル王はこう脅しているのです。『あの場で殺せたぞ』と」


 周囲の空気が完全に凍り付いた。

 

 シルバリア王は恐怖のあまりパクパクと口を動かし、まともに声が出せない。


「な、な、な……」

「そもそも名前も『リュウコ』ですよ? リュウトと一文字違いなど隠すつもりがない! さらに王都で顔の割れているあの眼帯の少女を、ここに連れてきたのも理由がつく! これはあえて我らに気づかせるための策です! 敵対するなら首の心配をしろと!!!!!」


 宰相は自ら看破した策に震えながらわめく。


 この部屋にいた全ての者達は、宰相の言葉を信じ切っている。


「急に国を名乗ったのも、用意周到な策です! まだ私にも理由は思いついておりませんが、必ずや緻密な計算に基づいて以前から準備していたのでしょう!」

「…………さ、逆らえんな。これからは下手に逆らう様子も見せぬ方がよいか……!?」


 王の漏らした一言がその場の総意だった。


 なおリュウトの狙いは王の人柄を知ることと、優勝賞金が狙いだっただけである。イーリに関しては、シェカが警備にいることを失念していたのだ。


 ただ結果的にはこれ以上ないほどの脅しになった。


「……あの吸血鬼と敵対するというなら覚悟が必要です。防ぎようのない暗殺の刃に常に晒されると考えた方がよいかと」

「……なんという悪夢じゃ。考えうる限りの最悪じゃ……」

「……いえ最悪ではありません。話が通じる相手でなかったなら、それこそ世界中の主要人物が警告なく殺されていたと考えるべきです。弱点のない吸血鬼ですよ? 力では人が及ぶべくもない……」


 そうして静まりかえった部屋だが、外が少し騒がしい。


「……む? なにか外で騒いでおるのか? うるさいのう……黙らせてまいれ」

「ははっ」


 シェカは部屋の外に出るために扉に近づいていく。そんな彼女は内心少し落ち込んでいた。


(そっかぁ。リュウコちゃん、化けてたんだ。好みな見た目だったんだけどなぁ……少し複雑。やっぱり男って……!)


 騙されたという想いはある。だがそれ以上に、彼女にはとある気持ちがあった。


(……でも貴方のおかげで私は機会を得た。今後はきっと頑張れば認められる……ふふっ、感謝しないとダメね。騙されたのは怒るけど)


 シェカの心は穏やかで、もう男嫌いはなくなっている。彼女が男性を嫌悪していたのは、上手くいかないことの理由を押し付けていただけ。自分のふがいなさをごまかすために。


 今度を考えて心躍らせるシェカには、もうそんな感情は必要なかった。


「ど、どうすればいい……! どうするのが我が国の最適解なのだ……!」

「迂闊に逆らえば殺されます……! 従属するのも選択肢やも……!」


 なおシルバリア国王たちの心境は、未だかつてない絶望と恐怖に踊らされているのだった。だが彼らが危害を加えられる心配はない、なにせ吸蜜鬼なのだから。


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シルバリア国宰相。シルバリア国で最も頭のよい賢人にして、王の知恵袋。

他のあだ名は『その頭、空飛ぶ馬車輪がごとく』、『翼を持った豚』。

これでめでたしめでたし。





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・・



・・・







 などと思えていたこと自体が、幸せだったのかもしれない。


「和睦なんて結ばれては困るのですよ」


 シェカが扉の取っ手に触れようとした瞬間、外から人の形をした手が扉を突き破った。


「なっ!?」


 驚きのあまり後ろに飛びのくシェカ。


 扉を突き破った手は、10cmはある太さの扉のかんぬき棒を掴み握りつぶした。その棒は鉄であった。


「なっ!?」


 そしてゆっくりと扉が開いていく。そこにいたのは……城の警備隊長だった。


「警備隊長、何をしている! 誰が入ってよいと言って……!」


 激怒する王。だが警備隊長は不気味に笑っている。


「ごきげんよう。今宵を吸血鬼の夜にしましょう。見ものですよ、まあ貴殿らは演者になって頂きますが」


 警備隊長の姿が変わっていく。そして現れた正体は……薄気味悪く笑うサイディール――吸血鬼だった。


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伏線がなかった? 唐突?

94話を見直して欲しい('ω')

https://kakuyomu.jp/works/16817330652228877397/episodes/16817330658336949993


それで伏線に見えなかったら……私の技量不足です(´・ω:;.:...

演出もちょっと凝ってみようとしましたが、うーむ……。

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