第101話 サイディール


 アリエスは城の階段を下りて、走って地下通路へと到達した。


「む! 貴様、吸血鬼狩りか!」

「聖なる光よ! 闇を照らせ!」


 地下通路を走りながら聖魔法を放つ。その光は通りすがりの男吸血鬼を飲み込んだ。


 プスプスと焦げた匂いと共に、吸血鬼はバタリと倒れて気絶したようだ。


「……えっ? いまの魔法で蒸発しない……?」


 倒れた吸血鬼は強そうには見えない。これまでの経験上、確実に蒸発させられると思ったのに。


 不審に思い倒れた吸血鬼に近づいて確認する。だが特に不審な点はなく、犬歯を持った普通の吸血鬼にしか見えない。


「……聖なる光よ。闇を照らせ」

「ぐ、ぐおおおおおおお!?!?!?」

 

 倒れている吸血鬼に追撃の聖魔法を放つ。


 吸血鬼は気絶から目覚めたようで、大きな悲鳴をあげてもだえ苦しんでいる。やはり聖魔法が効いているのは間違いない。


 だけど身体がまったく蒸発しない。まったく効いていないならばともかく、聖魔法でダメージを受けるならば身体の一部が消えるはずなのに。


 聖魔法を放つのをやめると、また吸血鬼は動かなくなった。だが消え去るような気配はない。


(……おかしい。私の聖魔法が効いてないならともかく、あそこまで悲鳴をあげてるなら効果はあるはず。ならなんでまったく身体が消滅しないの……?)


 倒れている吸血鬼を睨む。もう一発、聖魔法を撃つべきかな。


 いや他にも吸血鬼はいるはずだ。そいつらが城の兵士を襲う前に倒さないと。


「明らかに戦闘不能になっているこいつよりも、他の吸血鬼を無力化するのを優先した方がいいか……」


 私は改めて地下の廊下を走りだした。


 イーリさんの言葉が正しければ残り三体の吸血鬼がいる。人を襲う前に倒してしまわないと。


(……リュウトが言っていた通り、たぶんこの襲撃がいま起きたのは偶然じゃない。私たちが会談を終えたこのタイミングを狙ったはず。でも吸血鬼たちの想定外は、こちらにイーリさんがいたこと)


 周囲を警戒しながら廊下を走り続ける。見る限り、誰も倒れていないことにホッとしながら。


 私たちがこの襲撃に驚いたのと同じように、襲撃者にとっても私たちの動きは計算外だったはずだ。


 城から去っていた私たちが、城内の様子など分かるわけがない。吸血鬼たちは城中の兵士を殺す予定だったのだろう。


 そしてその殺した中から素養のある者を吸血鬼にする予定だったのだ。吸血鬼に噛まれたら誰でも吸血鬼になる、というわけではない。一部の人間以外は吸血鬼に変わることはできないのだ。


 噛まれて吸血鬼になる者とならない者の違いは、未だに解明されていないが。


(なんにしてもよ。襲撃した吸血鬼側も、まだ城を襲い始めたばかりのはず。そうでないならもっと騒ぎになっているから……つまり今なら、まだ被害を最小限にできる!)


 必死に足を動かしながら走る。


 すると前方に四つの人影が見えた。


「ひ、ひいっ!? た、助けてくれぇ!?」

「血を、よこせぇ!」


 松明を持った兵士の男が、三体の男に囲まれている……たぶん囲んでいるのは吸血鬼だ! 後ろ姿なので予想だけど、間違ってても問題ない!


「聖なる光よ、闇を晴らせ!」


 右手を三人の吸血鬼だろう男に向け、そこから聖魔法の光線を発射する。


 半径1mはあるだろう光の柱が、真っすぐに吸血鬼たちに襲い掛かっていき……。


「「「ぎ、ぎやああああああああ!?」」」


 光に飲み込まれた男たちの悲鳴が廊下にこだまする。やはり彼らは吸血鬼だったようだ。


 仮に人だったとしても問題はない。聖魔法は人を傷つけないから。


 吸血鬼か人かを見分けるのには、聖魔法で攻撃するのが一番早い!


 三人の吸血鬼たちは音を立てて廊下に転がった……また蒸発しない? 今回も力を込めて撃ったのに……いやそれよりもだ。


「大丈夫?」


 吸血鬼たちに襲われていた兵士に声をかける。


 兵士の人は私を見て目を丸くしている。幸いにも噛まれる前に助けられたので、おそらく大丈夫だろう。


 そう思っていたのに。


「あ、ああ。だいじょ……だいじょ……アアアアアァァァァ!」


 兵士の人は急に苦悶の声を叫び始めた。それと共に……彼の犬歯が倍以上の長さに伸びていく。


「なっ!? 噛まれたの!? 嘘っ……!」


 私はすぐに吸血鬼から距離を取った。


 さっきの様子を見るに、まだ噛まれてないように見えたのに……!


「血を、血をよこせぇ……!」


 兵士の人だった鬼は、血走った目で私を見てくる。


「待ちなさい! 私は貴方たちを助けに……」

「血をぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 狂ったように咆哮する吸血鬼。


 こうなってしまった以上、まともに話が通じるとは思わない。


 …………以前の私ならこのまま討伐していただろう。だけど今は……吸血鬼相手でも話せるのを知ってしまっている。


(…………流石に殺せないわね。でも今の状態だと会話できると思えない。まずは聖魔法を両足にぶつけて無力化して……!)


 そう考えて聖魔法を放つ。狙いは吸血鬼の足だ。


 いかに吸血鬼と言えども両足を消し飛ばしてしまえば戦えないだろう。聖魔法で消し去った身体の再生には時間がかかるし。


「ぎ、あああああああ!?」


 下半身に光の直撃を受けた吸血鬼は、痛々しい悲鳴をあげる。


 そして力尽きて床に倒れた。……五体満足のままで。


「両足を消し飛ばせる威力で撃ったはずなのに……やっぱりなにかおかしいわ……」


 思わず顎に手を置いて考え始める。


 さっきからおかしいのだ。この場で私が倒した吸血鬼たちは全員弱い。


 聖魔法で一撃で倒せていることからもそれは明らかだ。だがそんな弱い吸血鬼相手のはずなのに、聖魔法を直撃させても身体が消滅しない。

 

 それに今の兵士が吸血鬼になったのもだ。やはりさっきの状況だと兵士は襲われ始めたところで、噛まれていたようには思えない。


「……まさか。噛まずに吸血鬼にする方法が……ん?」


 必死に頭を働かせようとすると、前の方でガタンと妙な音がした。


 音源はすぐ側の部屋から聞こえたようだ。扉を開いて覗くといくつも酒樽が置いてある酒庫だった。


 ネズミでもいたのだろうかと頭を働かせる。だがそれはすぐに止まった。何故なら……。


「くくく。当たらずとも遠からず、というところでしょうか」


 私にとって最も恐ろしい声が、後ろから聞こえてきたのだから。


 呼吸が荒くなり背筋が凍る。この声は、この声だけは聞き間違いはしない。


 私にとっての悪夢。人生を暗闇におとし、全てを奪い去った者。


 震える身体にかつをいれて無理やり振り向いた。


「お久しぶりです、ご無沙汰しております」


 私の全てを奪った吸血鬼――サイディールが、そこにいた。



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サイディールようやく登場。

存在感なさすぎて、読者の人に忘れられているのでは? と思ったのは内緒。


ちなみに忘れがちですが、アリエスは吸血鬼に容赦ないです。

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