第2話 吸血鬼の盗賊退治


 酷い惨状だ。少女の助けを求める声に応じてやって来たがあまりにも惨い。


 俺は夜目が効くから状況が把握できるが、普通の人間なら周囲からの悲鳴で気が狂いかねない。


 この世界に転生してから数か月、吸血鬼の身体に慣れるために頑張ってきた。この世界は中世ヨーロッパくらいの文明らしいので、悪い盗賊が跋扈しているのも知っている。


 ならば訓練の成果を見せるべきだろう。ついでに助けたお礼に美味しい物……はもらえないだろうなあ。この状況では。


「何とかするってどうやって?」

「盗賊の親玉を倒す。お前はここにいろ。さてと……血よ、蠢け」


 死んだ盗賊に手を向ける。人の生き血をすする吸血鬼になったためか、人を殺した罪悪感などはあまり浮かんでこない。


 死体の身体に残った血が宙に浮いて血球を構成した。俺の血魔法で操っている。


 血球はボトンとスライムのようになって地面に落ちた後、他の盗賊に襲い掛かっていく。


 向こうも血球に気づいたようで剣を持って襲い掛かって来るが……。


「な、なんだこりゃ!? げはっ……」


 血球は自身の一部を触手に変化させた。四本の触手が盗賊の四肢を貫いて気絶させる。流れた血を吸って少し大きくなる血球。これなら殺すことはないが……このままだと時間がかかるな。


 ここは派手に目立っておびき寄せるか。盗賊たちも脅威がいると分かれば逃げるか、もしくは排除しようと立ち向かってくるはずだ。


 俺は思いっきり足もとの地面を殴りつけた。周囲に轟音が響いて地面にクレーターが出現する。


「な、なんだっ!? 今の音は!」

「魔法の音か!? まさか領主の兵が!?」

「あり得ねぇよ! この村を好きに襲っていい代わりに、その後は領地から出て行く約束だろ!」


 盗賊たちも音に驚いたようで一斉にこちらを見てくる。そして周囲の倒れている盗賊を見て、俺を敵だと認識したようだ。


「な、なんだてめ、がふっ……」


 俺は地面の土を掴んで投げて、盗賊のひとりに当てて気絶させた。少し加減して投げてよかったな、本気出して投げたら散弾銃みたいに殺してたかも。


「ひ、ひいっ!? な、何者だてめぇ!」


 盗賊が俺に剣を向けながら叫んでくる。


「俺は佐藤竜斗……いや転生前? の名前を使い続けてよいものか。聞かれることがなかったから失念してたな」

「何をブツブツ言ってやがっはっ!?」

「確かにその通りだ。名乗るより急ぐべきだな」


 俺は血球を操って触手をムチのように盗賊に叩きつける。短く悲鳴をあげて倒れ伏す盗賊、打撲こそあるが別に死んではいない。


 殺していないが不殺主義なわけではない。俺の目的のためには殺さない方がよいだけだ。


「てめぇ……俺の手下をよくもやってくれたじゃねぇか!」

 

 大きな斧を持ったガタイのよい男が、俺に対して怒りの形相を浮かべて近づいてくる。どうやらこいつが盗賊団の親分っぽいな。うまく釣れたようで何より。


 他の盗賊たちも俺に視線が釘付けになっているようだ。ならこの山賊の頭を圧倒的な力で倒せば、他の奴らも心がへし折れて逃げてくだろう。数が多いし手加減するのも大変だからな。


「今からお前もやることになる」

「ぬかせ!」


 盗賊の頭は大きな斧を振りかぶって俺に襲いかかる。普通に迎撃してもよいがここは素直に受けてやることにした。


「死ねぇ!」


 斧の刃が俺の胴体に深々と突き刺さる。普通の人間なら致命傷だ、盗賊の頭もそう思ったのか勝ち誇った笑みで斧を引き抜いた。


「とったぁ! 俺らに逆らうからこう……な……」


 盗賊の頭は俺の胴を見て目を見開く。すでに身体の再生が始まっていて、肉の負傷が巻き戻し映像でも見るかのように塞がった。


「て、てめぇ! まさか、吸血鬼か!」

「ご名答。普通の武器は俺には無意味だ」


 吸血鬼。この世界に存在する知性ある魔物、もしくは魔物の力を持つ人間。


 怪力、変身能力、再生能力、更には動物とも対話できたり、魔法が使えたりと強力な魔物だ。一見すれば無敵なように見える。


「チッ! だがあいにくだったなぁ! こちらには聖水があるんだよなぁ! 下級吸血鬼風情が調子に乗るんじゃねぇよ!」


 盗賊の頭は笑いながら懐から小瓶を取り出して、中の水を斧にかけていく。


 吸血鬼はスペック上すさまじく強いが、致命的な弱点もすごく多い。日光、ニンニク、銀、杭、聖なるもの。他にも水の上を渡れないとか、招かれない建物には入れないなど多種多様だ。


 まさに弱点のバーゲンセールのような魔物。カタログスペックの割にすごく弱い。吸血鬼には下級、中級、上級、特級とランクがあるが、下級吸血鬼の強さ評価は全魔物で中の中から中の上程度。ランクで言うとBランク。


 目の前の男が俺にビビってないことからも、吸血鬼が舐められていることがよく分かる。聖水を振りかけた武器を持っている者に対して、下級吸血鬼は触れることすらできなくなるからだ。


 身体に聖なる力が宿るため迂闊に触れたら蒸発する。もちろん聖水を直接かけた武器などもってのほかだ。


「死ねやぁ!」


 また盗賊の頭は俺に向けて斧を振るってくる。普通の吸血鬼なら致命の一撃、なので俺はまた受けてやることにした。今度は首に斧が深く突き刺さり、痛覚がないのだが痛いように思える。


「ぐはは! 吸血鬼は聖水を浴びた武器で浄化される! 今度こそ死ね!」


 どうやら今度は斧を抜いてくれないようだ。仕方がないので俺は両手で斧を掴むと、更に首をえぐって自分の首を落とした。地面に転がる俺の頭。


「……へ? じ、自害したのか? 聖水の苦しみに耐えられなかったか! 馬鹿じゃねぇのこれだから」

「半端だったから自分から落としたまでだ」

「へ?」


 俺の身体が闇の霧となって霧散した。そして再び集合して身体の形に再構成された時、俺は首と胴体が繋がった万全な状態に戻る。


 盗賊の頭は爆笑から一転、固まったように動かなくなった後。


「……は? いや何でてめぇ死なねぇ!? すぐに蒸発するはずじゃ……」

「すまないな。俺は下級でもなければ普通の吸血鬼でもないからな。特級な上に魂が人間なので吸血鬼固有の弱点がないんだ」

「…………は? いやそんなわけねぇだろ! そんなことあったらお前、最強の魔物じゃねぇか! 傷つけても死なねぇ! 人を簡単に引きちぎる怪力! 圧倒的な魔力がはっ!?」


 俺は血球を操って触手で盗賊を串刺しにした。直撃を受けた男はバタリと倒れて気絶する。血球はその血を吸って更に大きくなっていき、3mを越える巨体となっていた。


「説明ご苦労」


 俺は鋭利な犬歯をアピールするように笑みを浮かべた。

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