第4話 交渉


 俺が村を守ってやると言った瞬間、村長は目を見開いて激昂した。


「なっ……きゅ、吸血鬼が人間の村を守る……!? わ、我らの血をひとりのこらず吸い殺す気かっ!」

「そのつもりなら今ここで吸い殺しているが? 安心しろ、確かにお前たちから血はもらう。だが決して殺したりはしない、共生しようと言っている」


 村長は敬語をやめて疑いの目を向けてくる。当然だろう、吸血鬼と人間が共生するなんて前代未聞だ。伝説やおとぎ話ですらばかばかしいと笑われる。


「俺はお前たちを守った、そして今なお襲っていない。逆に領主は守っていない。寄る辺のなくなったお前たちにもよい話と思うが? 何なら俺に脅されてることにしていいぞ。もし領主が軍を派兵して俺が追い出された時にはな」

「わ、私たちに都合がよすぎる……! 何が目的だ!」

「目的は簡単だ。俺は血だけが欲しいわけじゃない。お前たち人間の造るものが欲しい。例えば塩、砂糖、コショウなどの物を自前で揃えるのは大変だからな」


 俺の言葉に対して村長はしばらく考え始めた。どうやら少し揺れているらしい。


 彼らは今、守ってくれるものがない。つまり次に盗賊が来れば全滅で、さっきの盗賊たちの大半は逃げて行った。ならば俺を利用するという選択肢も頭に浮かんでるはずだ。


「きゅ、吸血鬼が人間の物を欲しがるとは……」

「吸血鬼は人間に近い感性を持っている。服を着ているし知性もある。ならば何もおかしくはないと思うが?」


 更に頭を悩ませる村長。吸血鬼が人間の血だけでなく、財宝なども欲しがるのは有名な話だ。ならば人間を利用する吸血鬼が出て来てもおかしな話ではない。


「……す、少し考える時間が欲しい」

「いいだろう。ゆっくり考えてみろ」


 村長は俺から離れて村人たちのもとへ歩いていく。一大事だから簡単には決められないだろうが、おそらく俺を受け入れるだろう。


 さっきの盗賊がまた理不尽に襲ってくるかもしれず、その盗賊から目の前で守ってくれたのが俺なのだ。今の彼らの頭の中は盗賊より俺の方がマシだと理解できるはずだ。


「聞きたいことがある」


 黙って話を聞いていた青髪の少女が口を開いた。


「なんだ? えっと……」

「イーリ」

「イーリは何が聞きたいんだ?」

「何で村の長になろうとするの? 吸血鬼が」


 イーリは左目で俺をじっと見てくる。なんとも独特な雰囲気を持った少女だ。


「俺には二つ目的がある。それを満たすためだ」

「両方教えて」

「……いいだろう。ひとつは美味しいモノを安定的に食べるためだ」

「私の血は美味しい」


 イーリは服のそでをまくって、腕を俺の前に晒してくる。細くて雪のように白い腕だが……。


「随分と自信家だな。自分の血の味なんて分からないだろ」

「怪我した時につい舐めちゃう。つまり美味しい」

「いやそれは本能的な物だと思うがな。それとさっきも言ったが俺が望むのは血だけではない! 肉や魚や菓子などの人間の好物も欲しい! それらを好きに貪りたい! そのためには人の集落が必要だ!」


 俺はこの世界に魂を召喚されて、今の身体に入れこまれたのだ。


 味覚に関わらずだいたいの感覚は人間なので、好むモノも人間寄りになっている。


 この世界に来て数ヶ月ほど経つが、何より辛いのはあまり美味しい物が食べれていないことだ。地球の食に慣れてしまった俺には、この世界の調理の選択肢などのなさに辟易している。


 俺は吸血鬼だけどさ。キンキンに冷やした血とか飲みたいし、他にもスナック菓子やチューハイやアイスとかケーキとかも食べたい! 地球の食べ物がたまに夢に出てくる始末だ!


「俗物」

「否定はしない。俺の望みはな! 栄養バランスも食べすぎも健康も一切考えず、好き放題にたらふく食べる生活を送ることだ! 分かるか? 吸血鬼なら死なないしどれだけ酷い生活しても大丈夫だ! 太らなければ生活習慣病もない! なのにウマい飯が用意できないんだぞ!? 俺は何のために吸血鬼になったんだ!?」


 力強く豪語する俺に対してイーリは冷ややかな目を向けてきた。


 仕方ないだろ元人間なんだから。美味しいモノ食べたいんだよ俺は。そのためには人間の集落で暮らさないと厳しい。特に砂糖と料理は手に入らないし、自慢じゃないが俺は料理が下手だ。


 転生前は会社員だったのだが、三十歳にして健康診断の結果が酷いものだった。仕事のストレスからの暴飲暴食の結果だ。


 食事を改めろと言われた時は涙が出そうだった! だが吸血鬼ならそんなの気にしなくてよいからな! 好きな物を好きなだけ食べるためにも!


「…………」

「おい、人を『ダメだこいつ』みたいな目で見るのやめろ」


 人を何だと思っているんだ。いや俺は吸血鬼だけど。


「はぁ……どうせ大した事ない二つ目は?」

「ため息をつくな。二つ目は俺の願いというか他から引き継いだ願いだがな」


 俺は懐から汚れた日記を取り出して少し眺めた後に。


「……吸血鬼と人間の共存。交わらざる二つが交わる集落をつくる。それが俺がことだ」

「落差ありすぎる。もう少し俗物ぽくするべき」

「無茶言うな! これは他人、いや他吸血鬼の願いだっての!」

「そもそも無理。吸血鬼と人は捕食者と被食者の関係」

「それを何とかする術は考えている。後で教えてやろう」

「なら後で聞いてやろう」

「何故に上から目線……」


 何故か急に無表情で偉ぶって来るイーリ。吸血鬼相手によくやる……本当によく分からんなこの娘。

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