第5話 注射器とジャガイモ


「そういえば村で今後の相談しているが、お前は入らなくてよいのか?」

「私はもう村から出た部外者。発言権もない」

「なのに自分の身体を対価に村を助けてと言ったのか。変わったやつだな」

「吸血鬼に言われたくない」

「ごもっともで。おっと話し合いは終わったようだぞ」


 俺がイーリと話していると村長が恐る恐る近づいてきた。どうやら村の会議は終わったようで他の村人たちも離れてこちらを見ている。


 よく見るとこの村の者は全員が不健康にやせ細っている。栄養や食事が明らかに足りてないな。


「決まったか。さてどうする? 俺を受け入れるか、拒否して自分達で生きて行くか」

「……どうか私たちをお守りください。代わりに血を捧げますじゃ……」


 村長は頭を下げてきた。先ほどと違って敬語を使っていることからも、ひとまずは俺に従う雰囲気を見せている。これで俺がこの村の権利を得ることになったな。


 ならばこの村を拠点にしていくとするか。


「いいだろう。このリュウト・サトウが村を守ってやろう。代わりにお前たちは俺に従え。なに、悪いようにはしない」

「ひいっ!?」


 営業スマイルを浮かべると村長は悲鳴をあげる。しまった、また鋭い犬歯が見えてしまったか。吸血鬼になって数か月ほど過ごしたが、人としっかり関わるのはこれが初めてだからなぁ。今後の改善点か。


「ならばまずは村の建て直しからか。燃えた家も建て直さなければな」

「で、ですが木材がありません……」

「近くの森で伐採すればいいだろ」


 この農村は山や森に囲まれているから木々など腐るほどある。だが長老は首を横に振った。


「近くの森には魔物や獣が出ます。森に入るだけならまだしも、木など伐採すればすぐに寄ってきて危険ですじゃ」

「ならこれをやろう」


 俺は懐から木のコップを取り出して、自分の腕を爪で切り裂いて血を少し流した。コップの中に吸血鬼の血が少し溜まったので村長に手渡す。


 ものすごく嫌そうな顔で目を見開く村長。


「いいっ!? きも……い、いや失礼を! こ、これはまさに見事な血ですな! 流石は吸血鬼様! この赤々とした色はまさにダイヤの輝きにも劣らぬ!」


 いやどう見ても濁った血だよ。頑張って無理して褒めなくていいから……別に吸血鬼だからって自分の血に誇りはないから。


「……このコップを近くに置いておけ。雑魚の魔物や獣は俺の匂いを恐れて寄ってこない。それで木を伐採しろ。いいな?」

「わ、わかりました!」


 これでひとまず村の建物は修繕されるだろう。なら俺も村の発展のために準備させてもらうとするか。


 少し村から離れるように歩き、森へとはいっていく。何故かイーリがついてくる。


「何故ついてくる。森は危険なんじゃなかったのか」

「リュウト・サトウ吸血鬼がいれば安全」

「……リュウトでいい。確かにそうだが、お前は俺が怖くないのか?」


 俺の問いに対してイーリは左目でジッと俺を見てくる。


「なんというか性格がダメ。怖くない」

「……それは褒めているのかけなしているのかどっちだ」

「その答えはリュウトの中にある」


 やはりこの娘はよくわからない。こういう少女なのだと考えることにしよう。


 少し森の奥に入って村が見えなくなった。この辺でいいだろう。


「なにするの?」

「今の村には食料が足りない。このままだと人はあまり増えないからな。やはり食べ物満たされてこそだ。なので育ちやすい作物を召喚する」

「召喚魔法なんてこの世にないはず。伝説の代物」

「安心しろ。おそらく今のところは世界で俺しか使えない魔法だ」


 懐から日記を取り出して召喚術のページを開き、やり方を念のために確認した。


 俺は指を噛んで出血させて、地面に血をポトリと落とす。そして手のひらを向けて魔力を練っていく。


「我が呼び声、我が祈り、我が求めに応えたまえ……」


 地面に血で描かれた巨大な幾何学模様の魔法陣が発生して、バチバチと火花を散らし始めた。


 頭の中に茶色くて丸い作物を思い浮かべて更に念じる。


「世界の境目をあざ笑いて出でよ。摂理を破りてここに現れよ。我が望みが血の一滴よ……!」


 魔法陣が収束して爆発した。そして陣があったところにはふたつの物が落ちている。ひとつは茶色く丸いイモ――ジャガイモ――。


 そしてもうひとつはプラスチック製の針つき容器――注射器――を取り出した。これらはこの世界には本来存在しない、地球産のものだ。


 このイモと注射器は地球産のモノを魔法で召喚したのだ。


 イーリはしゃがんでジャガイモに顔を近づけた後、ツンツンと触り始めた。そして次に注射器を持ち上げて針を観察する。


「なにこれ」

「ジャガイモと注射器。お前が持っている注射器は血を取る道具でな。一月に一度、ひとりにつきこの容器分の血をもらう。五十人いれば俺を十分に満足させられる量が血溜まる」

「それで血を採れば村人が死なない?」

「そういうことだ。あまり触ると壊れるから貸してくれ」


 俺はイーリから注射器を取り上げて服の懐にしまう。注射器の衛生状態? それくらいなら血魔法で何とかなる。


 この注射器で村人の血を集めて、俺や他の吸血鬼の食事とする。代わりに吸血鬼は村を守る。そうすれば人間と吸血鬼の共存は不可能ではないはずだ。


 ようは村人たちは税の一部を血で支払うようになるだけだ。地球では献血なんて言葉もあるくらいなのだから。血税というやつだ。


「じゃあこっちは?」

「それはジャガイモ。育ちやすくて美味しい優秀な作物だ。焼けばそのまま食べられるのも長所か」


 この世界の作物と言えば麦だ。麦はそこまで多く取れない上に、パンにしないと食べられない。それに芋は年に二回収穫できるのがよい。


 吸血鬼的にはトマトがよかったけど、あれは育てるのが難しそうなのでいずれだな。トマトジュースは血っぽいから大抵の吸血鬼は好むだろうし。人間が肉っぽい大豆肉を食べるみたいな感覚で。


「食べ物に見えない」

「……え? 見えない?」

「うん。岩っぽい見た目、もしくは土の塊」


 イーリはイモをまじまじと見ながら呟く。確かに言われてみればジャガイモって、見た目はあまりよろしくないかも。俺は地球で見慣れているし、美味しいのも分かっている。


 だが初見だと微妙な見た目かもな。皮を剥かないと色合いは土色だし。


「皮を剥いたら黄色で食べれると思うだろう。まずはこのジャガイモひとつを畑で栽培させて量産し、後々は他の作物も育てさせていく予定だ」

「ひとつじゃなくてもっといっぱい召喚するべき」

「無理だ。この召喚魔法は合計で50グラムまでのモノしか呼べない。しかも一度使うと再使用まで最低でも一ヵ月はかかる」


 この召喚魔法、異世界のモノであろうと召喚できる代わりに重さ制限が厳し過ぎる。おおよそ合計で50グラムくらいまでのモノじゃないと無理だった。


 しかもこの魔法を使うと世界の境界線が乱れるので、直るまで再使用もできないといった代物だ。なんとも使い勝手が悪いが仕方ない。


 いや本当に使い勝手がな……! 毎日使えたらっ……! チョコレートとかポテチとか食べることができたのに……! 一ヵ月に一度のせいで全然足りない! いや少しでも召喚できる時点で御の字なんだけどさ!?


 ちなみに50グラムはだいたい薄い板チョコ一枚である。


「ダメダメ魔法」

「おっとこの魔法を侮辱するのはやめてもらおう! これは千年生きた魔法の天才の吸血鬼が、さらに三十年を全て費やして開発した魔法だ! 俺もこの魔法で呼ばれたんだ!」

「もっと栄養取らないと」

「どういう意味……いや待て身体が50グラム以下なわけないだろ。魂だけ召喚されたんだよ」

「軽薄な魂だから呼べたと」

「違うっての! 魂の重さは21グラムなんだよ!」


 人の魂は21グラムという俗説がある。亡くなる寸前と直後で21グラム体重が変わるとか何とか。本当かは知らないが俺が召喚されたのは事実ではある。


 そんなことを考えていると、俺の眷属であるコウモリが飛んできて俺の肩に乗った。吸血鬼らしくコウモリを眷属として使えるのは便利だ。伝書バトみたいなこともできるはず。


「きーっ! きーっ!」

「ふむふむ。どうやら逃げた盗賊団のアジトが見つかったようだ。討伐しに向かうが来るか?」

「行く。それと逃げたというか逃がした」

「バレたか。盗賊団なら金を貯め込んでると思ってな。村発展の元手にさせてもらおう」

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