第7話 徴税官を追い返せ


 俺が村にやってきてから二週間が経った。


 その間にさっそくジャガイモを植えてもらった。俺よりも彼らの方が作物に詳しいだろうとの判断して任せることにする。育ちやすい作物なので大丈夫なはずだ。


 もちろん俺も何もしていなかったわけではない。森に入ってクマやイノシシを狩って肉をふるまったりしている。吸血鬼の力で獣の匂いを辿れるので狩りは朝飯前だ。


 村人も俺のための家を建ててくれた。一室しかない造りだが、他の民家よりは多少大きいので彼らなりに頑張ってくれたのだろう。


 何だかんだで村人とは良好な関係を築き始めた……と思った矢先だった。


「大変です! 徴税官がやってくると!」


 昼間なので寝ていたところ、村長改め長老が自宅に駆け込んできた。俺はマイ棺桶のフタを開いて外に出る。眩しい。


「おはよう」

「……お前はいいかげん、自分の家に帰れ」

「ここの方が広い」


 イーリが淡々と告げてくる。この少女は俺の家に居ついてしまった。


 出身の村だから自分の家があるだろうに……家事とか掃除してくれるからよいけども。


「それで元村長。徴税官がやってきたのか?」

「は、はい! 先ほど外に出ていた者が、この村に向かってくるのを見たと! 知らせるために急いで村に帰ってきたようですが、おそらくすぐに徴税官も来るかと! まだ収穫の時期ではないので、きっと今年の税を決めに来たのです!」


 徴税官。その名の通りに税を徴収する役目を担った役人だ。


 領主に雇われて各村から収穫の何割かを税として回収するのと、どれだけの税を課すかの決定などの役目を担っている。


「ど、どうすればよろしいでしょうか? 税を渡せばリュウト様に納める分が……」

「まずは様子を見たい。俺がいない態で迎え入れてくれ」

「は、はあ……わかりました」


 元村長はうなずいて家から出て行った。


 俺が出ない理由、それはこの村が本当に領主から見捨てられているか確認するためだ。見捨てられている状況証拠は十分だ、村人たちは盗賊討伐を依頼しても断られた。それに盗賊たちも領主と取引して、この村を襲撃するのは許されたと言っていた。


 だがまだ確実な証拠がない。どんなに言いつくろっても俺はこの村を領主から略奪するのだ。それは村を守るためにもなる前提で動いているし、村人たちを見捨てるのも気分がよくないからな。


 しかし領主が村を見捨てずちゃんと守る気があるなら、俺としても少し考える必要がある。俺がこの村を統治する理由のひとつがなくなってしまうからな。


 最悪、この村の統治をやめる選択肢も出てくるわけだ。


「イーリは隠れていろ。俺は少し盗み聞きする」

「どうやって? 姿を見せるとバレるし、ここから耳を澄ませても聞こえない」

「姿を変えればいいだけの話だ」


 指を鳴らすと俺の身体が輝いて縮んでいく。


「コウモリ?」

「そうだ。変身能力というやつだ」


 俺はコウモリに姿を変えていた。両手ならぬ翼をバタバタと動かして宙に浮く。


 吸血鬼固有の能力である変身能力だ。自分の身体をある程度好きに変えることが可能だ。別にコウモリにしかなれないわけではなく、虫や象などにもなれる。


「扉を開けてくれ」

「ん」


 俺は翼で羽ばたきながら開いた扉から外に出る。すると村の広場で徴税官御一行と元村長が言い争っていた。


 徴税官御一行は十人。少し上等な衣装を着ている男以外は、全員が鎧姿で武装している。対して村人たちも大半が集まって来ていた。


「そ、そんな!? 収穫の八割を税なんて滅茶苦茶です!」

「ええい口答えをするな! 今年は冷える、各地で不作が予想されるのだ!」

「しかし六割でもまともに暮らしていけないほど多いのに! 八割なんてどんなに頑張っても春には食料が尽きます!」

「なら木の根でも皮でも食えばいいだろう!」


 必死に訴える村長に対して、徴税官は吐き捨てるように告げる。


 収穫の八割の税はヤバ過ぎる、普通なら五割くらいのはずだ。すぐに村の麦が尽きて餓死確定になってしまう。


「勘弁してください! 前の領主様の時は四割でしたのに! 代わってからは六割以上でとても暮らしていけないのです! 今ですら限界なのに八割とられたら、村の全員が飢え死にしてしまいます!」

「ええい黙れ! 歯向かうなら殺すぞ! 本当なら来る予定もなかったというのに!」


 兵士たちが一斉に腰の鞘から剣を抜いた。


 確定だな、領主はこの村を最初から見捨てている。八割の税なんてとったら来年にはこの村は滅んでいる。全員が餓死するか逃げ出すかだ。


 もういいか。ここの領主がこの村をいらないというなら、俺がしっかりともらい受けることにしよう。


 村人と徴税官の間に入ってから変身魔法を解除する。


「なっ!? な、なにも……吸血鬼!? バカな!? 今は昼だぞ!?」


 徴税官が目を見開いて驚き、他の兵士たちは俺に剣を向けてくる。


「俺はこの村の新たな統治者だ。これよりこの村は俺が治める」

「な、なにを言って! 吸血鬼がふざけたことを!」

「こちらはすごく真面目だぞ。血よ、霧となれ」


 俺は懐から注射器を取り出して、フタを開いて血を垂れ流す。


 血は地面に落ちる前に蒸発して、雲のような血霧となって周囲に漂い始めた。血霧は徴税官に向かって進んでいき彼を包み込む。


「な、なんだこれは!? い、息がっ……」


 徴税官はバタリと倒れて気絶した。衰弱こそするが命に別状はない。


「悪いが話し合うつもりはない。さて兵士たちよ、この件を領主に伝えろ。これよりこの地は我が領土となり、お前たちの支配から脱却すると」

「ひ、ひぃ……」


 兵士たちはガタガタと震えている。どうやら俺に恐怖して動けないようだ。


 吸血鬼は聖水などの道具がなければ勝ち目のない化け物だからな。弱点をつける手段がなければ怯えるのも無理はない。


 仕方ないので少し下がって距離を取り、血霧を徴税官の周囲から俺の背後へと移動させる。ついでなので霧をドラゴンの顔みたいな形にして遊ぶ。


「早くそこの徴税官を回収して帰れ。さもなくば……」


 血霧を今度は剣の形に変更して、首を斬るような動作をさせた。すると兵士たちは即座に動き出す。


「お、お助けぇ!?」

「殺されるっ!?」


 彼らは徴税用の台車に徴税官を乗せると、それを引っ張って一目散に逃げ出していく。これで完全にこの村は俺の物になってしまった。


「りゅ、リュウト様……どうか今後もよろしくお願いいたします……」

「税を八割もとられては生きていけませぬ……どうかお助けください」

「我らをお守りください……」


 村人たちは俺に頭を下げてくる。徴税官の態度を見て領主への愛想がつきたのだろう。


 これからは完全に面倒を見なければならないし、責任も生まれてしまったな。



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血の霧で影絵みたいに遊ぶ吸血鬼。

なお前話の最後で出てきた少女は後二話くらい出ません。街に戻ってるので。

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