こんな経験ありませんか?

小野かもめ

あなたならどうする?

昨日の帰り際、クラスメートの田所に急に、

同じクラスになってから初めて話しかけられた。

「太田さんはどっち方面?」

履き古したスニーカーに足を入れながら、田所はまるで美奈が幼馴染であるかのように話しかけてきた。急に話しかけられたことに驚いたこともあって、美奈は思考が反応するまでに時間がかかってしまった。


そもそも質問の意味は「帰る方面」で間違いないのか。

もしかして「音楽の趣味」であったり

「つるんでいる仲間のカテゴリー」だったりしないのか。


そんなことに思いを巡らせているうちに、

田所とよく一緒にいる友人が駆け寄ってきた。

靴を履きかけている田所に友人はちょっかいを出し、

それに笑いながら田所も応戦する。

二人は楽しそうにじゃれ合いながら、帰りにどこへ寄ろうか話していた。

結局、田所は質問の答えを求めもせず、

友人と連れ立ってさっさと玄関を出て行ってしまった。


二人の初顔合わせはあっけなく終わった。

いきなり取り残された感じになった美奈は少しむっとして、ことさらゆっくりと内履きから下校用の靴に履き替えた。下校する生徒はまばらで、玄関は静かであった。


外へ出ると、風は少し涼しくなってきていて、

空には刷毛でさっと払ったような白い雲が広がっていた。

エピソードとして話すにはあまりにも内容が空っぽすぎて、

美奈はその出来事を友人に話すことはしなかった。

ただ一晩中、「あの時なんて答えればよかったのか」と考え続けた。


無視してしまったようで田所に申し訳ない…というのは表向きの考えで、

本当の気持ちは別にあったのかもしれない。

「考えるまでもないこと。ただの気まぐれだよ」

自分でそう何度も思考に終止符を打とうとしても、思いはまた元に戻るのだ。


朝になり、いつものように登校した美奈は、

教室で田所の姿を見たとき、なぜか心臓が一瞬跳ねた。

田所はいつもと変わりなく友人と楽しそうに騒いでいた。

美奈の元へも、友人がいつもと同じく眠そうに「おはよう」と言いながら近づいてきた。美奈もおはようと答えた。


昨日の美奈と今日の美奈が違うことに、友人は気付いていないだろう。

しかしたぶん、何かが変わってしまったことに、美奈自身は気づいていた。

授業の際も、休み時間の間も、田所と視線が合うことは全くなかったが、

自分が彼の存在を意識していることを感じていた。


そしてまた下校の時がやってきた。

友人は今日も委員会の集まりとかで、美奈は一人で帰る。

時間をかけて帰り支度をすると、教室から人がどんどんいなくなる。

窓の外から見るグラウンドには、陸上部の生徒たちが集まり始めていた。


もう時間を引き延ばすことはできない。

美奈は意を決して教室を出て、玄関に向かう。

ゆっくりと、厳かに、階段を降りる。

もし話しかけられたら何と答えようか考えながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな経験ありませんか? 小野かもめ @m-ono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ