13 作戦会議

 タジニ砦の作戦会議室は、本来の駐留戦力規模を示すように、比較的小さく、簡素だった。立派な身体の武人たちが集まると寿司詰め状態だ。


 まずはこの軍の暫定指揮官だという、セドリック。

 もちろんルウィスも居る。この防人部隊は国境守護のため、国中から派遣された騎士や兵の集合体だが、中核は地元・ケセトベルグ領の者たちで、その領主レグリスは便宜上の指揮官。領主子息であるルウィスは特別な立場だ。


 他に会議室に集まっているのは、四人の隊長。軍医長マウルを始め、部隊の各部門の責任者たち。

 防人部隊に臨時で雇われた冒険者レベッカ。

 そして、アルテミシアだった。


「あ、あの、最初にいいでしょうか。

 わたし、どうしてここに出席させられてるんです?」

「僕の考えだ」


 厳つい面々を見回してアルテミシアが狼狽えていると、ルウィスが囁く。


「お前は今後の動きを知っていた方が良い」

「そ、そうですか……」


 それだけルウィスは言って、会議室の奥側、セドリックの隣に座った。


「お陰で軍を動かせそうだ。

 ……我々は東部領境付近を目指す」


 ルウィスではなくセドリックが口火を切り、軍議は始まった。

 いかに領主子息と言えど、ルウィスにいきなり指揮が委ねられるわけではない。あくまで彼は象徴的立場ということだろう。


「まずは現状に関してだ。

 領内に侵入し、領城を陥落せしめたのは、『悪魔』と、ドゥモイ伯クオルに率いられた魔王軍。

 だがこれが……実のところ、かなりの小勢だ」

「お父様もそう言っていた。

 攻めてきたのは領地を隣接する、ドゥモイ伯の軍のみ。仮に城を落とせても、ケセトベルグをまともに占領できるほどの余力はなかろうと」

「うむ……

 しかもドゥモイ伯は、『悪魔』とその手勢が防人部隊を破ってから追いついてきたような有様。まるで、奇妙な話だが……何と言うか……」

「『悪魔』が暴れ出したのを見て、押っ取り刀でドゥモイ伯が侵攻してきたような?」

「そう、私はそんな印象を受けました」


 セドリックとルウィスの話で、アルテミシアも状況を把握し、一人納得する。


 ――やっぱりそうか。

   児嶋が転生してきて……チートを使って勝手に馬鹿なことをやりだしたんだ。

   魔物の軍勢は、それに乗っかっただけだ。


 雄一と相対したとき、アルテミシアは、【魔物調伏】なるチートの存在を読み取った。魔物を従えるチートであったはずだ。

 そして、このレンダール王国ケセトベルグ領は、魔物の国に面している。


 雄一は領主の次男ログスの身体を乗っ取ってからすぐ、おそらく手近な魔物の国へ乗り込み、手下を調達したのだろう。

 それを率いて戻ってきて、好き勝手やり始め、魔物の軍勢はそれに便乗した。あるいはもう、魔物の軍勢も、雄一の制御下にあるのかも知れないが……


「だがそれが、見事に嵌まってしまった」


 セドリックの表情は、沈痛だ。

 相手は万全ではなかったと、今では分かっている。ならばやりようがあったのではないかと悔やんでいる様子だ。


「我らへの援軍は東の領境からやってくる。

 そして、領境はドゥモイ伯軍によって封鎖されている。

 封鎖と言っても時間稼ぎしかできぬだろうが、それが大問題だ。魔王軍本体も間違いなく南から迫っている」

「……敵と味方の援軍、どっちが先に到着するか、だな」

「左様にございます。

 我らは、味方と呼応して領境封鎖部隊を挟み撃ちにする必要がある。

 そして時を掛けずにこれを打ち破り、援軍を迎え入れることで、魔王軍に先んじさせるのです」


 ようやく話が見えてきた。

 いや、希望が見えてきたと言うべきか。

 今この地に攻め入っているのは、言うなれば先遣隊だけ。敵の援軍が来る前に、それをどうにかすればいい。


 さもなくば、魔物の大軍によってケセトベルグ領は埋め尽くされ……

 そこで、人はどうなるか。家畜にされるのか、食料にされるのか。


「こちらの戦力はどうなっている?」

「数だけなら四隊分ございます。

 ですが、騎馬・騎獣はほぼ失いました。空戦力を失っているのが何より痛いですな。

 魔物は翼を持つ者も多いが、こちらは限りある空行騎兵を全て失ってしまいました」

「では領城奪還は99%不可能か。残りの1%に賭けるのは蛮勇ですらない。自殺だ」

「領城を落とした敵軍は、既にその大部分を東に向かわせている。

 幸い、と言うのも何ですが、我らと戦っている余裕は無いでしょう」

「問題は『悪魔』か。あれは個として動きうる」

「はい」


 ルウィスが視線でレベッカに合図をする。

 アルテミシアと共に末席に座す彼女は、頷き立ち上がった。


「僕は領城に辿り着くまでに、一度、『悪魔』に狙われた。

 その時は、この冒険者、レベッカに助けられたんだ」


 おお、なんと、と感嘆のどよめきが一同からこぼれた。

 彼ら防人部隊は、雄一と、それが連れてきた魔物たちによって一度破られている。その強さを知るからこそ、レベッカの働きを聞いて驚愕しているのだ。


「彼女は『悪魔』の首を刎ねた。再生されてしまったがな」

「首を刎ねてもか!?」

「刎ねたって言うか……あの、鼻から鎖骨までの間が全部消し飛ぶような一撃だったんですけど、すぐに元に戻ってました」

「僕も見たぞ。流石に死んだかと一瞬思ったが……やはり、ダメだった」


 あの信じがたい光景を思い出し、アルテミシアは補足する。

 あそこまでやって死なない生き物なんて、プラナリアくらいしか知らないが、雄一は二匹にならなかったからプラナリアではなさそうだ。


「首を狙ったのがいけなかったと思うのよ。

 ……おそらく、頭と心臓を潰せば良かった。

 首は、魂の座ではない。身体に魂が宿ってる根拠は頭と心臓だから」

「それは、冒険者としての知見か」

「一流冒険者としての知見よ」


 レベッカの考えが妥当なのか、アルテミシアには分からなかったが、あんなもの完全にファンタジーの領域だ。だったら医学ではなくファンタジー理論で対処を考えるべきなのかも知れない。


「あの後、『悪魔』は魔力切れを起こして動けなくなり、僕らは逃げおおせた。

 あれは何だったんだ?」

「私の斧『叫び姫スクリミア』は、魔力を吸って返す機能があるの。

 刃で魔法を吸収して、鎖の先から閃光にして出すとか。

 逆に鎖で魔力を吸って、刃に一時的に附与強化エンチヤントをしたり……

 あの時は、鎖の鉤爪で『悪魔』の魔力を直接吸い上げて、それを使って攻撃したのよ」

「なるほど、斬首の一撃はそれによるものか」

「でも……過負荷でこの有様」


 レベッカは会議室の壁に立てかけてあった大斧を、軽々掴み上げると、それを掲げて皆に見せた。

 ミノタウロスが持っていそうな大斧は、刃がボロボロに刃毀れしていた。石突きからは白銀色の鎖が伸びていたが、それは内側から溶解したように千切れていて、先端の鉤爪は顎が外れたように、間接部が壊れてぶら下がっているだけだ。


「あの『悪魔』、とんでもない魔力容量だわ。

 魔力は空っぽにできたから、結果的に魔法を封じて逃げおおせたけれど……」


 レベッカは舌打ちを堪えているような顔で首を振る。

 武器が壊れたのは、雄一の攻撃によるものではなく、雄一の魔力を吸い上げて使ったことによる自壊だった。


「これを直せる職人は居る?」

「城下になら居ただろうが、ここに居るかは……」


 * * *


「無理じゃな。鍛冶師にはどうもできんわ」


 妙に身長が低い、筋肉ダルマでひげもじゃの鍛冶職人は、人間ではなくドワーフという種族の人らしい。彼はレベッカの斧を検めて首を振る。


 砦には、武具の生産・修復をできる鍛冶工房が備え付けられていた。

 そこは職人たちが鎚を振るう音と、火花、炉の熱気に満ちていた。

 会議の後、レベッカとアルテミシアは、そこを訪れていた。


「やっぱり?」

「千切れた鎖を繋いで、刃を打ち直すだけならできるわい。

 だがの、魔法を撃ち返す仕組みがイカれとる。

 こんなもんがいじれる奴は、ここにおらんな。専門が違う」


 ドワーフの鍛冶職人は難しい顔だ。

 レベッカも唸っていたが、すぐに彼女は何か閃く。


「分かったわ。じゃ、中はどうでもいいから見かけだけでも元通りにして」

「ブラフか!」

「そうよ。これで一回やられてるから、あいつは絶対警戒してくる。

 それで動きを制限できるなら儲けものだわ」

「よっしゃ、出発までには仕上げてやろう!」


 ドワーフは、ニヤリと笑って膝を打つ。


「でもそれじゃ、悪魔攻略法はまたゼロから考えないとダメ……だよね」


 どうにも状況は絶望的に思われた。

 レベッカの大斧は、切り札と言って良いレベルの強さだったように思う。だがそれでさえ雄一は倒せず、そのくせ大斧は壊れて使えなくなってしまったのだ。


 それでもレベッカは、落ち着き払って首を振った。


「ゼロではないわ。10が1に戻っただけ。人生ではよくある事よ」

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