8 『悪魔』
「では、昨日コルム村を襲った魔物たちも……」
「魔王軍の略奪部隊だろう」
ルウィスの説明を聞いて、アルテミシアもアリアンナも、ただ言葉を失う。
あれは村を攻め落としたのではなく、価値あるものを……特に、戦闘続行のための食料を奪いに来た魔物たちだ。
魔物たちはやりたい放題で、それを人の騎士も兵も阻めなかった、という事実の示すものは何か。
グライズボウの惨状が示すように、もはや、この土地は、人が平和に暮らしていける場所ではなくなってしまったのだ。
「……私たちはどこへ向かえばいいのでしょうか」
「望みがあるとしたら南東だ。壊走した
アルテミシアは、アリアンナから聞いていた大雑把な話と繋ぎ合わせて、頭の中に地図を描いた。
南には魔物の国。そこから魔物たちは真っ直ぐ北に攻めてきて砦を落とし、この街やコルム村を潰しながら北進。領城まで攻め落とした。
それを止めるはずであった
この先どうなるかはまるで分からないが、魔物の軍隊から身を守るのであれば、人の軍隊に守ってもらうしかないだろう。
「付いて来い。道案内だけならしよう」
ルウィスは言い方こそ高圧的だが、当然の事として二人に救いの手を差しのべた。
「ありがとうございます!」
「ただし、僕やこいつがお前たちを守るなんて期待はするなよ。
僕は……お父様の血筋を繋ぐ義務がある。魔物に襲われたら、お前たちを囮にしてでも逃げ出すからな」
「血筋って……」
「お父様は城を枕に討ち死にされたか、囚われただろう。
上のお兄様は……戦いの中で……」
ルウィス少年は、拳を握りしめてほぞを噛んだ。
泣くでも、助けを求めるでもなく、ただ耐える姿は痛々しくもあった。
「……とにかく、行くぞ。
この街には、もう魔物兵は居ないようだが、有用な物も残っていない。
日があるうちに街を離れ、安全な野営場所を探すべきだ」
日が暮れれば魔物たちの時間だ。
傾いていく太陽を、一同揃って見上げる。
そして、おそらくみんな一緒に、奇妙なことに気が付いた。
「あれ……なんでしょう」
太陽と並んで、真昼の星のほうに、天に輝くものがいくつもあった。
「わあ、綺麗。何かしら?」
「馬鹿! まずい! 伏せろ!
悪魔の攻撃だ!!」
直後!
その光は天より地へと迫る!
「うわあっ!」
「きゃーっ!」
それはまさに、光の砲弾。
耳がイカれそうなほどの轟音を立てて、アルテミシアたちの周りに小さなクレーターがいくつもできて、既に崩れている建物を打ち砕いていく。
「見つけたぞぉ……」
光の砲弾の後を追うように、空からふわりと降りてきたのは、一人の青年だった。
空にはプテラノドンみたいなドラゴンが飛んでいた。あれに乗ってきたようだ。
彼がルウィスの兄・ログスである事は、一目で分かった。
年齢を別にすれば、二人の外見はそっくりなのだ。褐色の髪も、輝く金の目も、涼やかな美貌も。
そう、ログスは確かに美しかった。
だがルウィスと違い、怒りに燃えるチンパンジーのように歯茎を剥きだしたその有様に、気品というものは一切感じられない。
その男を目にした瞬間、アルテミシアの頭に情報が流れ込んだ。
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◇保有チート能力
【全能力強化・超】
全ての能力を大幅に強化します。
【自動再生・超】
身体の損傷が超高速で回復します。
【魔物調伏】
打ち倒した魔物を服従させます。
【風の捜し物】
自分の探しているものが世界のどこにあっても見つけ出せます。
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ログスと推測される男は、嗜虐的に笑い……アルテミシアを指差した。
「そっちのメスガキがそうだな? ……通野拓人」
『転生屋』を名乗る怪しい男。
この世界の人々が忌み嫌う『転生者』なる悪魔。
その悪魔が神から授かるというチート。
捜し物を見つけ出す、という説明文。
まだこの世界で口にしていない、通野拓人という名前。
そして、見覚えがあるチンパンジースマイル。
アルテミシアは最悪の事態を察した。
――神殿長が言ってたアレだ!
転生には、いくつかパターンがある……
こんな風に、既に存在する人を乗っ取る場合もあるんだ!
つまり、信じがたいことだが。
目の前の男、姿だけはルウィスの兄であるという貴公子の中身は。
かつて通野拓人の上司であった、児嶋雄一だった。
「会えて嬉しいぜクソ野郎!!
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
雄一がさっと手を上げると、地上に星が瞬いた。
それを見た瞬間ルウィスは、何かを雄一に投げつけた。
爆発!
「ぐわっ!?」
「今だ、逃げろ!」
目眩ましの光が雄一の眼前で炸裂し、怯ませる。
その瞬間、ルウィスは踵を返して逃げ出した。アルテミシアはアリアンナの手を引いて走り出し、カルロスがようやくそれに続いた。
廃墟の街を四人は走った。
崩れかけた建物の角を曲がった瞬間、その建物が豪快に吹き飛んで、街の眺めがまた少し良くなった。
「待ちやがれ! ぶち殺す!!」
雄一の手から次々、空に光弾が打ち上げられて、放物線を描いて降ってくる。
それは真昼の流星群だった。ただし、呑気に天体観測していたら死ぬ。
落ちてきた光は炸裂し、石畳をめくり上げ、生き残っていた建物にトドメを刺していく。
この魔法爆撃を千発ぐらいぶち込めば、なるほど、街はこの惨状にもなろう。
「お前、あの悪魔に何をしたんだ!?」
「ちょっと浮気を暴いたり、世間に悪行の噂を流しただけです!」
「よくそんな事ができたな!?」
息を切らせて走りながら、アルテミシアは必死で生き延びる方法を考えた。
いや……頭が勝手に思考しているような感覚だった。命の危機に反応し、時間の流れが遅くなったかのように、思考が加速していく。
しかし打開策は何も浮かばなかった。
むしろ鋭く加速した思考によって、どうしようもなく絶望的な八方塞がり状態である事を、アルテミシアは正確に認識した。
「俺が! どれだけ! テメエの世話をしてやったと思ってる!!
この恩知らずが! 俺の手で地獄に叩き落としてやる!!」
「あれと戦って倒せカルロス!」
「無理っす! 一秒で死ぬっす!」
「じゃあせめてネズミ捕り長を死守しろ!」
敵は乗り物を控えさせているので、空を飛んで追うことも可能。そして、魔法によるデタラメな範囲殲滅攻撃ができる。逃げてもすぐに追いつかれて殺されるだろう。
では隠れるか。それも無理だ。相手は探索のチートを備えている。
この場で倒すか、少なくとも数時間は動けなくなるレベルの痛手を与えて逃げ出すしかないのだ。
手札が足りなすぎる。
ルウィスが一撃で山を砕く聖剣を持ってたり、カルロスが実は勇者だったり、瓦礫の中から突然ロケットランチャーが発掘されたら、勝てるかも知れない。
いずれも望みは無さそうだった。
追いかけっこは、長く続かなかった。
おそらく偶然だが、ばらまかれた爆撃が前方両脇の建物に直撃し、崩れた瓦礫が道を塞いだ。
魔法で土と石を固めた建物は、崩せば石の山となる。即席の行き止まりだ。
フリークライミングの選手なら乗り越えて逃げられたかも知れない……どうせ、その間に背中を撃たれて死ぬだろうけれど。
「社会の秩序を乱すゴミがよぉ……やりたいだけやって、別世界まで高飛びか!」
袋の鼠となった、四人と一匹。
だが、アルテミシア以外は眼中に無い様子で、雄一は迫る。身体も顔も違うのに、仕草と表情だけで同一人物と分かるのだから不思議なものだ。
「どうして、こんな所に……!」
「てめえに罰を下すため。
そして……俺の王国を作るためだ」
品の無いギト付く笑顔で、雄一は親指を下に向けた。
「てめえも『転生屋』に会ったんだろ?
あいつらは話が分かる。てめえの居場所を教えてくれたぜ」
「はあ!?」
「そして俺は、クソみてえな人生を捨てて転生することを選んだ!
全ての邪魔者をぶち殺す最強の力と!
てめえを探し出すためのささやかなチートを、買ってな!」
「買っ……!?」
全身を打ちのめされたような衝撃だった。
『転生屋』に裏切られたと思ったからではない。そも、他人を問答無用で異世界に放り込むような奴のことを、信用してはいない。
アルテミシアが衝撃を受けたのは、ほんの少しでも生きることに希望を抱いたのが間違いであり、自分はどこまでも食い物にされる側なのだと悟ったからだった。
――そうか、あいつら……転生屋だよ! 商売なんだ! 金を払う客には良い転生をさせてるんだ!
じゃあ俺をタダで転生させたのは……こいつを転生させるための餌にするため、だったのか!?
人生はガチャだ。
才能、親のスペック、そして運……
覆しようのない有利と不利が押しつけられる。
そこで当たりを引いた奴らが、ハズレた奴らを支配する。
死を決意していた通野拓人は、その魂を異世界に送られ、人生をやり直す機会と、人並みに暮らせそうな
だがその全ては泡沫の夢。結局自分は、強者の気まぐれで命すら脅かされるゴミに過ぎなかった。
既に当たりを引いている奴らは、ガチャを引き直す必要すら無い。
ほんの一時忘れていた虚無感、無力感が、胸を黒く塗りつぶしていく。
ひどく興奮した様子の雄一とは対照的に、立ち尽くしたアルテミシアは指一本動かすのすら重く、億劫だった。
「今からこの世界で! 俺の最強無限皇帝伝説が始まる!!
その手始めに、てめえは! 俺の手で!」
光が。
破壊の光が、雄一の手の中に閃いた。
それはアルテミシアの脆弱な身体など、百回殺して余りあるほどの破壊力。
「死刑だぁアアアアあべぶば!?」
何か、とてつもなく重量感のある物が、横薙ぎに雄一を殴りつけた。
優秀なドップラー効果実験機となった雄一は真横に吹っ飛んで、崩れかけた建物の壁をぶち抜いた。
そして、崩落。
トドメを刺された建物は、内側へと潰れるように崩れ、雄一を埋め立てた。
揺らめく炎のように、深紅の髪がたなびいた。
雄一に替わってそこに立っていたのは、一人の女戦士だった。
すらりと引き締まった体型の、長身の若い女だ。鈍色のジャンパースカートみたいな形状の鎧を着ていて、ティアラにも似た繊細な形状の兜の隙間から、一本に括った深紅の髪を垂らしている。
スポーツ用品ブランドのモデルみたいな雰囲気もある彼女だが、しかし彼女は、防御力よりも指の可動性を意識していそうな籠手を装備した手に、とんでもない物を持っていた。
彼女の身の丈にも等しい大きさの、長柄で両刃の巨大戦斧だ。アルテミシアの感覚からすれば、どう見ても人間の振り回せる大きさではない。だが彼女は軽々、これを横薙ぎにフルスイングして、雄一をホームランしたのだ。
「……私の……可愛い妹に……
何すんだ、このクソガキ!」
肩を怒らせて瓦礫を睨み、女戦士は咆えた。
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