第5話
2年生になり、俺たちは別々のクラスになってしまったけど、帰り道はいつも一緒に下校している。
縁石に乗って歩く彼女の後ろ姿を目で追いながら、俺は歩道の上を歩いていく。
手を伸ばせば届く距離に、今俺たちはいる。
山から吹く風が桜の花びらを運び、彼女の黒く柔らかな髪を撫ぜていくのを見て、俺は、今だけ桜の花びらになりたい、と思った。
「新しいクラスは、どう? もう慣れた?」
「んー……まぁまぁかな。……君は?」
「右に同じ。前と大して変わらない」
彼女は、ふーん、とあまり興味がなさそうに答えた。
出来ればまた彼女と同じクラスになりたかったけれど、それを口にすると、にやにや笑いながら彼女にからかわれそうで、やめた。
それよりも俺は、今日クラスで配られた進路調査票のことが気になって、彼女に話を聞こうと口を開いた。
その時、俺たちのすぐ傍を大きなトラックが猛スピードで駆け抜けて行った。
俺は、危ないと思い、慌てて彼女の腕を引こうと手を伸ばしたが、運動神経も良い俺の彼女は、ひらりと歩道に飛び降りると、こちらを振り返って言った。
「ね、一緒にクラブ活動しようよ」
「クラブ活動……って?」
「うーん……やっぱり、読書クラブがいいかな。
名前は、君の好きにしていいよ」
「俺は別に……でも、どうして急に?」
「だって、もったいないと思って」
「もったいない?」
「うん。だって、春だし」
そう言うと、彼女は、ぱっと学校へと駆け戻って行った。
俺は、慌てて彼女を追い掛ける。
だから結局、春だと何がどうなって “もったいない”ということになるのか、俺は聞きそびれてしまった。
学校へ戻った俺たちは、職員室を訪れた。
俺なら中へ入るのを躊躇するけれど、彼女は堂々と扉を開けると、凛とした声で、失礼します、と言って堂々と中へ入っていく。
俺は、中に居た教師たちの視線が彼女ではなく何故か俺に向けられていることに居心地の悪さを感じながら、彼女の後について行った。
「先生、社会科資料室の鍵を貸して下さい」
「……なんだ、突然。別に構わないが、何に使うんだ?」
社会科担当の広瀬は、掛けていた老眼鏡を外して頭に乗せると、彼女を見上げた。
広瀬は、俺たちが一年の時の担任だ。
「クラブ活動に使うんです。
後で必ず返しに来ますので、お願いします」
彼女が頭を下げると、広瀬は、俺の方に訝しむような視線を投げて答えた。
「うむ……まぁ、妙なことには使うなよ」
あらぬ誤解をされたのではないかと思ったが、俺は、広瀬の視線に気付かないフリをした。
広瀬から鍵を受け取ると、俺たちは、社会科資料室へ行って鍵を開けた。
中に入ってから、俺がよく鍵を貸してくれたな、と感心して言うと、彼女は、ぺろっと舌を出して笑った。
「広瀬先生はね、実は私の伯父さんなの。
他の先生たちの前だから、断られるかなーってちょっと思ったけど……結構ちょろいね」
俺は、彼女と広瀬の意外な関係にも驚いたが、それよりも、彼女に血族がいたことに衝撃を受けた。
普通に考えたら当たり前のことなのだが、俺にとって彼女は、もうすっかり異世界の人として認識されていたため、この世界に血族はいないものだと勝手に思っていたのだ。
やはり彼女のイタズラなのだろうか、という悪い予感がふと頭をよぎり、それが俺の顔に出ていたのだろう、彼女が俺に向けて両手を合わせると、首を傾げた。
「あ、気を悪くしたらごめんね。
別に隠してたわけじゃないんだけど、担任が親戚だってバレたら、色々面倒だから……他の人には、内緒にしてね」
「いや、気にしてないよ。教えてくれてありがとう」
俺は、敢えて彼女の誤解を解こうとはしなかった。彼女の話が嘘であれ、本当であれ、そんなことは、大した問題ではないのだ。
彼女は、俺が笑うのを見て安心したようだ。すぐに気持ちを切り替えると、部屋の中を物色し始めた。
資料室の中は、全く整理整頓がされておらず、机の上には、資料の詰まった段ボール箱や本、黄ばんだ古いプリント類が散乱しており、壁に設置されたスチール棚には、背表紙の書かれていない分厚いファイルや本が雑多に詰め込まれている。
とりあえず、机の上と椅子の周りをざっと片付けて、二人分の座れるスペースを作ると、そこが俺たち2人だけの城になった。
それからは、毎日学校の授業が終わると、社会科資料室へ行って本を読むことが、俺たちの日課になった。クラブ活動とは名ばかりで、メンバーは俺と彼女の2人だけ。うちの学校では、定員が5名以上にならないとクラブとしては認められない。
でも、そのことについて彼女も俺も口に出すことはしなかった。ポスターを作ってメンバーの勧誘をしようともしなかったし、一月以上が経つというのに、未だクラブ名すら〝未定〟のままだった。
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