第4話
逆に俺はと言うと、順調に彼女との距離を縮めていた。
本の貸し借りだけではなく、学校帰りに本屋へ寄ったり、冬休みの間には、一緒に映画も見に行った。
それは、俺と彼女の好きな小説が原作の映画だったからで、決してデートではないと俺は自分に言い聞かせていた。
「私、実は異世界からきたの……って言ったら、君は、信じてくれる?」
レストランで一緒にランチを食べながら、さっき見た映画の感想を言い合っていると、突然彼女が俺にそう言った。
最初は、彼女が俺をからかっているのだと思った。もちろん異世界ファンタジーは好きだけど、本当にそんな世界が存在するとは信じていなかったし、彼女は、よく不思議なことを言って、俺の反応を楽しんでいる風なところがあるから、今度は逆に彼女の裏をかいてやろうと思った。
「高嶺がそう言うなら、俺は、信じるよ」
すると、予想外なことに彼女は、困ったような嬉しいような複雑な顔をした後で、まるで何かを耐えるように口をぎゅっと結んで笑った。
君ならそう言ってくれると思ってた、と潤んだ目をした彼女に言われ、俺は胸が痛くなった。なんだか彼女を騙しているような気持ちになったのだ。
でも、今更撤回できる空気ではない。
まっすぐ俺を見る彼女の黒い瞳から俺への強い信頼が伝わってきて、俺は、それ以上何も言えなくなってしまった。
それから、彼女は、俺と二人きりでいる時は、よく異世界の話をしてくれた。
彼女のいた異世界は、今いる世界とさほど変わらない世界なのだが、この世界とは違って、日々魔物の脅威に脅かされているらしい。
例え授業中でも、魔物が現れたら、生徒たちは、それぞれが武器を持って魔物と闘わなければならない。だから、授業どころではないという。
大人はどうしているのかと言うと、大人は大人で、町を襲ってくる魔物を退治するために駆り出されていて、ほとんど家へ帰ってこられないそうだ。
だから、学校へ行っている子供たちは皆、体育館に身を寄せ合って眠り、順番で見張り役を立てる。魔物の中には、夜行性のものもいて、こちらの都合などお構いなく昼夜問わず襲ってくるのだという。
そんな緊迫した世界に居たら、とてもじゃないが気が休まらないだろうと思った俺は、こっちの世界へ来られて良かったな、と言うと、何故か彼女は表情を曇らせた。
「あっちの私にはね、弟がいたの。
まだ小学生で、身体も小さかったから……」
彼女は、その先の言葉を口にするのが怖いようだった。
もう何年も両親と顔を合わせておらず、生死すらわからない上、たった一人の弟もどうなったのか分からない状況では、例え彼女一人がこちらの世界へ来られたのだとしても、心から喜べないのは当たり前だ。
俺は、落ち込む彼女に何と言ってあげれば安心させてあげられるだろうかと考えたが、こちらの世界で毎日平和に暮らしている俺が何かを言ったところで、ただの気休めにしかならないと解っていた。
結局、俺の口から出たのは、無事だといいな、という冴えない台詞だけで、小説のように気の利いた台詞は出て来なかった。
その頃の俺は、彼女が異世界人だという話を受け入れつつあった。
異世界の話をしている時の彼女の顔は生き生きとしていて、彼女の黒い瞳の中にきらきらと瞬く星を見つけた時、俺の中からは猜疑心の欠片すらどこかへ消えて行ってしまい、彼女を大事にしたいという想いだけが残った。
それだけ彼女は、他の誰とも違っていて、輝いていて、特別だったのだ。
異世界人だと言われたら、むしろ納得してしまう程だった。
それが彼女の嘘か冗談だったとしても、俺にとっては、彼女が異世界人だろうが、原始人だろうが、そんなことはどうでも良かった。
彼女が俺を受け入れてくれて嬉しかったのと同時に、俺も自然なままの彼女を受け入れたいと思っていた。
そのことに気付いた俺は、ついに彼女に告白した。
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