第65話 勇者の孫 カミラのお願いを聞く



 魔導術の施術を始めて2日目。


 昨夜にユウトから始めての施術を受け悶々とした状態で部屋へと戻った玲と楓だが、朝にはスッキリした表情で朝食が並ぶ食卓を囲んでいた。


 そして朝食後に玲と楓は、ゴブリンを狩って少しでも早く魔力を増やしたいとユウトへと告げる。そんな彼女たちに対しユウトは、魔導術を施術したばかりなので少し様子を見たいと答えゴブリン狩りは保留となった。


 別に魔導術を受けた直後に魔物を狩っても問題はないのだが、ユウトも地球で育った人族に施術するのは始めてなので数日様子を見た方がいいと判断したようだ。


 玲と楓はユウトがそういうならとあっさりと諦めた。


 結局その日はリビングにある家庭用ゲームで、カミラを含めた4人で遊ぶことになった。一番盛り上がったゲームは、バナナの皮などで妨害しながらゴールを目指すというカートゲームだった。古いゲームだが、4人同時に遊べて性格がモロに出る所が楽しめたようだ。


 ちなみにユウトと玲はスタートダッシュを決め、楓はその後ろを付かず離れず付いていき、カミラはわざと周回遅れをしてユウトへ様々な妨害アイテムを投げて嫌がらせをしていた。そしてその妨害に玲も巻き込まれた所で楓が追い抜き1着でゴールするというパターンと、ユウトと玲で協力してカミラを排除しようとしている間に楓がゴールするパターンが一番多かった。性格というよりも、生き方が良く出ていたと言った方が正しいかもしれない。


 ゲームをほぼ一日中してお風呂に入ったあと、玲と楓は2回目の施術を受けた。そして施術が終わると昨日と同様にイソイソと自分の部屋へと戻っていく。その日の夜は二人とも初日よりも寝るのが遅くなったようだ。



 施術3日目。


 朝から少し寝不足気味の玲と楓だったが、この日も4人でゲームをしたり楓が持ってきていたDVDを皆で観たりして過ごしていた。ただ、恋愛物ばかりだったこともあり、ユウトはほとんど寝ていたようだ。その姿を見た玲と楓はクスリと笑い、カミラはため息を吐いていた。だからご主人様は素人童貞なのだとでもいいたそうな表情だった。


 そしてその日の夜も玲と楓はユウトの魔導術を受ける。ただ、二人の体内の魔石が大きくなっていたことから、ユウトは流す魔力を増やし施術の時間も10分ほど長くした。その結果、施術が終わりユウトの部屋から出てきた二人は、これまで以上に高揚した表情を浮かべながらフラフラと部屋へと戻って行くことになる。


 そんな二人の姿に、リビングでアニメを観ていたカミラが不思議そうな視線を送っていた。


(玲様も楓様もどうなされたのでしょう? 魔導術を受け終えてご主人様の部屋から出てくると、毎回女の匂いを発しています。部屋に戻ってもご自身を慰めているようですし……ヘタレのご主人様が手を出したとも思えません。もしもご主人様が手を出したのなら、部屋に戻って自分で慰める必要はないはずです。底なしですからねご主人様は)


 カミラはユウトが二人に手を出していないという結論に至った。手を出していれば、欲求不満の状態でユウトの部屋から出てくるはずがないからだ。そういった部分だけは信用のある男である。


(そういえばこの世界のメスは魔力が増えると発情するのでしたね。いえ、でもそれはもう少し魔力が増えないと起こらないはず)


 カミラは地球に来て情報収集をしている時に得た知識を思い出したが、その知識と現在の玲と楓の魔力量に差があることに首を傾げた。


(二人が特別魔力の影響を受けやすい? いえ、それよりもご主人様の血を疑った方が良いかもしれません。確かご主人様は淫魔の血を引いていたはず。となると催淫の魔法ですか……しかしそんな魔法が使えるなど一度もご主人様から聞いたことがありませんし、使ったこともなかったはず。もしも催淫の魔法を使えるのであれば、あのご主人様が使わないはずがありませんし)


 カミラはユウトが催淫の魔法を使った事を疑ったが、すぐにそれを否定した。もしも使えるのであれば、あのユウトが自分や娼婦に今まで使わなかった事の説明がつかないからだ。インキュバス程度の魅了や催淫であればカミラは弾き返せるが、ユウトほどの魔力を持った者に掛けられたら抵抗などできるはずもない。ならば絶対に自分に使うはずだとカミラは確信していた。


(となりますとあと考えられるのは……無自覚で魔法を発動している可能性ですか。4分1しか淫魔の血が流れていないのであれば、それもあり得るかもしれません。確か催淫の魔法は淫魔の魔力を体液に込め、対象の体内に流すことで発動するはず。ということは魔力を流すだけでも多少は効果が出るはず。お二人の様子から、魔導術で魔力を流したことで軽い催淫の魔法が掛かったと考えればしっくり来ます)


 カミラはしばらく考察しただけで答えにたどり着いた。これはカミラが淫魔とユウトの生態に詳しかったからこそたどり着けたというべきだろう。それだけもしユウトが催淫の魔法を意図的に発動できるのであれば、今までカミラに使わなかったことがあり得ないことだと確信していることになる。こういった方面だけはメイドからの絶大の信頼を得ているユウトである。


(これは確かめる必要がありますね。そしてもし無意識に催淫の魔法を発動していたのなら……色々と面白いことになりそうです)


 ユウトが催淫の魔法が使えるか確かめることにしたカミラは、普段無表情の彼女には珍しく口もとを大きく弧を描くように歪ませた。


 その表情はまるで悪魔の微笑みのようであった。



 施術4日目


 この日、玲と楓は朝から目を充血させ疲れ切った表情を浮かべていた。


 そんな二人の様子にユウトは驚き、今日は部屋で休むように告げる。二人も体調が悪いことを自覚しているのか、ユウトの言葉に素直に従い部屋へと戻っていった。


 心配そうに玲たちの後ろ姿を見ていたユウトへ、食器を片付けていたカミラが声を掛ける。


「ご主人様、恐らく玲様と楓様は急激な魔力の増加に体調を崩されているだけかと。体内の魔石が育てばすぐに元気を取り戻すと思われます」


「そうなのか? でも従姉妹いとこに施術した時はあんな風にならなかったんだけどなぁ」


「もともとの魔力量が違います。勇者の一族では比較対象になりません」


「うーん、それもそうか。まあ確かに魔力は増えてるからな。あと数回施術すれば二人も……」


 ユウトはカミラの言葉に納得しつつ、玲たちの魔力が順調に増えていることに内心でほくそ笑む。未だに魔力が増えた玲たちの性欲が増し、エッチな展開になると信じているようだ。おめでたい男である。


「それでご主人様にお願いがあるのですが」


「お願い?」


 ユウトは前回妊娠検査薬を買って欲しいと言われたことを思い出し、若干顔を引きつらせながら彼女のお願いに耳を傾ける。


「はい、私に魔導術を施術をしていただけないかと」


「ええっ!? カミラに!?」


「はい。以前から興味があったのですが、リルでは一族以外の者には施術が出来ないという決まりがありました。そのため諦めておりましたが、この世界であればそういった縛りはございません。気が向いた時だけでいいので、私の成長のためにお願いできませんでしょうか?」


 半分嘘である。カミラは弱い人間が行う魔導術になど興味はなかった。ただ、ユウトにもし施術してもらえるなら催淫の魔法の効果も調べられるし、自身の魔力の底上げになると考え受けたいと思ったのだ。


「うーん……確かにここはリルじゃないけど……一族以外に魔導術か……カミラに強くなってもらうのは確かに俺にもメリットはあるが……うーん……そうだな……うん、わかった。いいよ」


 ユウトは迷った末にカミラにも施術することにした。一族以外にしてはいけないというのはリルでのルールだ。そもそもすでに年齢制限のルールを破っている身である。今さらルールがどうのと言って断るのもおかしいし、地球の薄い魔素のせいでカミラの力が弱まっている以上は魔力の底上げは必要だと考えたからだ。


「ありがとうございますご主人様」


 カミラはユウトが承諾してくれたことに深々と頭を下げる。


「んじゃあ今夜玲たちに施術した後にやるか」


「はい、お願い致します」


 ユウトは今夜カミラに魔導術を施術することにしたようだ。


 それからユウトとカミラは、二人でカミラ所有の海賊アニメをリビングで一緒に観て過ごした。そして一通り観たあとユウトは立ち上がり、カミラに背を向け俺は世界一の大剣豪になる! と叫んだ後にカミラを連れてテントを出て行った。


 テントを出たユウトは祖父の秋斗が愛用していた刀を空間収納の腕輪から三本取り出し、両手に1本ずつ持ち口にも1本咥えながらユウトの魔力に惹かれ集まってきたゴブリンたちに突撃していく。どうやら三刀流の海賊狩りのキャラに成りきっているようだ。ボクシングの映画を見た後に、映画館の外でシャドーボクシングを始めるあの現象である。


 そんなユウトの後をカミラはどこか楽しそうな表情を浮かべながらついていき、”二輪咲き《ドスフルール》などと言いながらゴブリンの身体に影の手を生やしていく。


 バカップルである。


 そうして伸びない腕でガトリングなどと言ってゴブリンを殴り殺したり、脚だけを使ってゴブリンを蹴り殺したりと一通り遊んでいたユウト。


 しかし突然ハッとなり、恥ずかしそうにイソイソとテントへと戻って行く。自分が厨二病のようなことをしているのに気が付いたのだろう。そんなユウトの後ろ姿をカミラは口もとに笑みを受けべ見ていた。


 そしてテントに戻り玲たちと夕食を食べたあと、体調が戻った玲と楓にユウトは4回目の魔導術の施術を行うのだった。



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