第62話 勇者の孫 施術の説明をする



「よし、マジックテントの展開が終わったぞ」


 18階層にたどり着き適当な小部屋を見つけたユウトは、中にいたゴブリンの群れを一掃し結界の石とマジックテントを展開した。そして外で待っていた玲と楓に中に入るように声を掛けた。


「やっと落ち着けるな」


「うん、やっとだね」


 玲と楓は疲れ切った顔を浮かべ、幽鬼のようにフラフラと小部屋の中に入っていく。


 1階層から休憩を挟んだとはいえずっとヒッポグリフの背にしがみつき、10階層の中ボス戦ではヒッポグリフと影狼から半狂乱で逃げ惑うゴブリンたちを追い討ちをしていった。そしてその後も休憩を挟んだとはいえ飛び続け、合計で7時間もの長時間ヒッポグリフの背にしがみついていたのだ。疲れて当然だろう。


 それでも普通のパーティならば20日は掛かるであろう18階層まで、たった7時間でやって来れたのだから反則もいいところである。


 そんな苦行を終えマジックテントに入った玲と楓は、部屋で着替えシャワーを浴びてから夕食ができるまで部屋で休むのだった。



 ♢



「ごちそうさまカミラ、美味しかったよ」


「「ご馳走様でした」」


「お粗末様でした……というのでしたか?」


「ふふっ、そうだ。料理もそうだけど、カミラさんもだいぶ日本に慣れてきたようだな」


「短期間で日本の料理をこんなに美味しく作れるなんてほんと凄いよね。今度作り方教えてもらおうかな」


 楓は自分よりも美味しい料理を作れるカミラに弟子入りをしたいようだ。


 一流の料理人に文字通り触れることで、一瞬で手に入れた知識なのだが。


「私が得た知識であればいつでもお教えして差し上げます」


 そんな知識なのでカミラも出し惜しみをするつもりはない。それが主人の一族であれば尚更だ。


「やったぁ! 兄さん、美味しいお弁当を作ってあげるから期待しててね!」


「お? それは楽しみだな」


「カ、カミラさん。私にも教えてもらえないだろうか? 簡単なものから頼みたいのだが」


 楓の言葉に喜ぶユウトを見て、玲も料理を覚えようと思ったようだ。


「玲様はまず包丁の持ち方からお教えする必要があるかと。料理はその後になります」


「うぐっ……た、頼む」


「ぷっ! あははは! カミラさんお姉ちゃんはほんと不器用だからお願いね。私とお婆ちゃんが教えても全然身につかなかったんだ」


 カミラに料理以前の問題があることを指摘され、図星が故に受け入れるしか無い玲の姿を見て楓がお腹を抱えて笑い出す。


「問題ございません。指の一本か二本切り飛べば嫌でも覚えますので」


「え……」


 カミラのなんでもないと言わんばかりの表情と言葉に玲の顔が青ざめる。


「うわぁ、兄さん以上のスパルタだ……まあ兄さんがいればくっつくから問題ないかな」


「そんなわけあるか!」


 確かにくっ付けば良いというものではない。


「器用にこなそうと思うから上手くいかないのです。全てに全力で力を込めればそのうち力加減がわかるようになります。ご安心ください。このカミラ、幾人もの新人メイドを育てた実績がございます。そうですね……最初は簡単な調味料作りから始めましょう。トマトソース作りなどいかがですか?」


「ト、トマト」


「〜〜〜〜〜」


 真顔でトマトソースなら指から血が流れてもわかりませんよねと言いたげなカミラに玲は顔を引きつらせ、楓は椅子から転げ落ち床でお腹を抱えて笑っている。


「カミラ、玲をあまりイジメるな」


 そこにユウトが助け船を出す。


「ウィットに富んだジョークだったのですが……玲様には少し難しかったようです」


 そう言ってカミラは床で笑い転げている楓を見て口もとを緩める。


 わかる人間にはわかるのだと。楓は見どころがある。そう思っていそうだ。


「そ、そうだったのか」


「ごめんな玲、カミラは真顔で言うから分かりづらいよな」


 ユウトは俺もよく被害にあっているんだと言わんばかりに同情の言葉を投げかける。


「いや、料理が下手なのは事実だからな。上手くなって見返してやろうという気持ちになったさ。それよりも楓……いつまで笑ってるんだ?」 


「プクク……お腹痛い……あ、痛い、痛いよお姉ちゃん。足で蹴らないでよ」


 玲の蹴られて起き上がった楓は、目元に浮かぶ涙を拭きながら席へと戻る。


 先ほどまで疲れ切っていた二人だが部屋で少し休んだことと、久々のカミラの料理を口にしたからか元気を取り戻したようだ。


 そんな仲睦まじい義妹たちにユウトが口を開く。


「さて、それじゃあこれからやる魔導術だけど、今までとちょっと違うから説明するよ」


「ああ、いよいよか」


「慣らしの工程だけでも魔力が増えた気がするから楽しみだね」


 いよいよ魔導術を本格的に受けれることに玲と楓は期待に胸を膨らます。


「それでこの秘術は本来は子供の内に施術されるものだということを念頭に聞いてほしいんだけど、施術はお互いの魔石同士をできるだけ近づけた状態で行うんだ」


「ん? つまりユウトの左胸と私たちの左胸をということか?」


「ああ、賢者の石を挟んで俺が二人の背から抱きつく形となる。その時に上半身に衣服や下着があると魔力がうまく流れないから、服や下着は脱いでもらうことになるんだ」


 ユウトは下心が見透かされないよう、精一杯真顔を作り二人にそう告げる。


「た、確かにユウトの言っていることはわかるし理にかなっているとは思うが」


「上半身だけとはいっても、下着を外して兄さんに後ろから抱きつかれるってことだよね? かなり恥ずかしいかも」


 さすがに裸の男に後ろから抱きつかれるだけでなく、自分も裸にならないといけないことには抵抗があるようだ。


 しかしそんな反応は想定済みであるユウトは、食器を片付けていたカミラへと目配せをする。


「玲様、楓様。先日も申し上げましたが、医療行為と同じでございます。施術する側もやましい気持ちなどあるはずがございません。治療を受ける際に患者が必要以上に恥ずかしがっては、治療する側もやり難くなるというものです」


 ユウトはカミラの言葉に真顔で頷く。やましい気持ちだらけなはずなのだが、ここが勝負どころということがわかっているようだ。


「そ、そうだな。医療行為のようなものだしな。それにユウトは家族だ。必要以上に恥ずかしがるのは変だよな」


「うう……まあ兄さんならいっか。でもまだちょっと早いような……」


 玲はカミラの言葉に頬を赤らめながらも無理やり自分を納得させ、楓は普通にユウトになら裸で抱きつかれてもいいかもと考え始める。


「じゃあそういうことだから、玲からまずはやろうか。こういうのは後回しにすると恥ずかしさが増すもんだからさ、さあ俺の部屋に行こう」


 ユウトは玲の気が変わらない内にと、彼女の手を引き自分の部屋へと歩き始めた。


「あ、見学とかしてもいいのかな?」


 顔をうつむかせつつもユウトに手を引っ張られていく姉が心配になったのか、楓がカミラに尋ねる。


「魔導術は準備段階のそれとは比較にならないほどの集中力が必要となると聞いております。ご主人様の気が散るような要因はできるだけ排除したほうが良いかと」


「そうなんだ、そういえば慣らしの時も兄さん額に汗かいてたもんね。うん、おとなしく待っていることにするよ」


「それがよろしいかと。初めの内は1時間もせずに終わると思います。それまでコーヒーでもお淹れしますので、飲みながらお待ち下さい」


「うん、ありがとう。カミラさんのコーヒーは美味しいんだよね。淹れるところ見ていてもいいかな?」


「ええ、ご自由に」


 楓の申し出にカミラは薄っすらと笑みを浮かべ、軽く頭を下げた後にキッチンへと向かった。


 どうやら自分のギャグに笑ってくれて、料理などを手放しに褒めてくれる楓を気に入ったようである。


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