第60話 勇者の孫 新たな使い魔を呼び出す



「ハァハァハァ……」


「…………」


「大丈夫か二人とも」


 ユウトは目の前で青ざめた顔をしている玲と楓に心配そうに声を掛けた。


 二人の前には小指の先ほどの大きさの半透明の赤い魔石が6つ転がっている。


 これはゴブリンの魔石だ。二人はつい今しがたまで6体のゴブリンと戦闘をしていたのだ。


「ふぅ……大丈夫だ……初めて人型の魔物と戦ったからな。魔力でできた偽りの命だということはわかってはいるんだが、実際に斬ってみると感触とかゴブリンの苦悶の表情がな」


「一つ目狼ワンアイドウルフ狼の時はなんとも思わなかったのに、人型で表情があるだけでこんなに戦い難くなるとは思わなかったよ」


 深呼吸をしながらユウトへと答える二人。初めて人型の魔物を斬ったり魔法で貫いたりしたことに少なくないショックを受けているようだ。


「まあ初めての人型との戦闘はそんなもんさ。だから今回は俺が倒すって言ったんだけどな」


 ダンジョンの1階層の出入口から10分も歩かない内に、魔物ホイホイであるユウトに惹かれてさっそく6体のゴブリンが現れた。ユウトはそのゴブリンを精霊魔法で瞬殺するつもりだったが、玲が戦ってみたいと言うので二人に任せた。


 二人の戦いは散々なものだった。初めての人型の魔物でしかも連携してくるゴブリンに二人は苦戦した。人型の魔物を斬ることに若干の躊躇いがあったのだろう。玲の振るう剣はちょこまかと動き回るゴブリンになかなか当たらず、楓の氷槍も狙いが甘くかなりの数を撃たないと当たらなかった。


 そんな彼女たちをユウトはこれも経験だと、いざとなったらいつでも助けられる準備だけして見守っていた。


 最終的には二人はゴブリンを倒すことができたが、精神と体力と魔力を必要以上に消耗したように見える。


緑狼グリーンウルフと同等の強さだと聞いていたから、6体ならなんとか倒せると思ったんだ。それにいつか戦う相手だしな。早いほうがいいと思った」


「思ってた以上に手こずったけどね。でもやっぱり戦って良かったかも。心構えはできていたはずなのに、いざ戦ってみると動揺しちゃったし。そういう経験を早くからできてよかったと思う」


「そっか、さすがは勇者の一族だ。じゃあ慣れるまでもう少し戦ってみるか。闇の精霊よ、解除していいぞ」


 ユウトがそう通路の先に向かって呟くと、曲がり角から12体の棍棒を持ったゴブリンが現れた。


「なっ!?」


「ええっ!?」


「二人が倒すの遅いから集まって来てたんだ。もしも二人がもう戦えなさそうだったらそのまま絞め殺そうと思ったんだけど、大丈夫そうだからさ。こういうのは数をこなせばなんとも思わなくなるもんだから頑張って数をこなそう! あ、俺はギリギリまで手を出さないから思いっきり戦ってくれ」


「だ、だからっていきなり倍はないだろう! か、楓! 魔法で足止めを!」


「兄さんの鬼ィィィィ! アイススピア! アイススピア!」


 腕を組みニコニコ顔で見守るユウトへ、二人はそれぞれ悪態をつきつつもゴブリンへと攻撃を仕掛けるのだった。



 ♢



「よし、周囲に他の探索者の気配もないしこの辺でいいかな」


 玲と楓の初めてのゴブリンとの戦闘を無事終えた後、ユウトは入口から徒歩で20分ほどの場所にあった小広場で立ち止まった。そして後ろを振り向き二人へと声を掛ける。


「「…………」」


「なんだよ、元気が無いな二人とも」


 肩を落とし疲れ切った表情の玲と楓へ、ユウトは肩をすくめながらそう口にする。


「あの12体のあとにさらに12体が現れなければ、もう少し元気があったんだがな」


「兄さんが魔物ホイホイ体質だということを忘れていたよ」


 そう、やっとの思いで追加の12体を倒し魔石を回収し終えたというのに、5分も進まない内にまた新たに12体のゴブリンが現れたのだ。しかも今度は前後で6体ずつ挟み撃ちをして来る始末。全てユウトの膨大な魔力のせいである。


「あはは、まあそれでも俺の助けを断って倒しきったんだから大したもんだよ」


 ゴブリンは緑狼グリーンウルフと同じEランクの魔物だ。それを12体×2セット戦って勝ちきったのだから、確かに大したものである。


「何度か囲まれてしまい棍棒で殴られたがな。この防具のおかげで怪我はなかったが」


「そうそう、棍棒を投げてきた時は私も焦ったもん。凄いよねこの防具」


「ゴブリン程度の攻撃じゃ傷もつかないよ。だから二人だけで戦わせたんだし」


 緑狼グリーンウルフの場合は噛みつき攻撃があった。これは首を噛まれ続けると万が一にも防具に付与されている魔力障壁が破られる可能性もあったため、ユウトが間引きをして数を調整していた。しかし攻撃力に関してはゴブリンは緑狼には及ばないので、今回は間引きをしなかった。


 誤解がないように付け加えると、ゴブリンは緑狼よりも賢いし一度に現れる数も6体からと多い。さらに人型なため器用に動き回るので緑狼よりも厄介な魔物であることは間違いない。


「わかっている。ユウトがむやみに私たちを危険に晒さないことくらいはな。おかげで人型の魔物を斬ることに躊躇いは無くなったし、12匹までなら楓と二人で倒せるのがわかった」


「躊躇ってる場合じゃなかったもんね。もしかして兄さんはそれが狙いだったのかな?」


「うん、まあね」


「ハァ、相変わらずスパルタだな」


「鬼だよ鬼。ゴブリンなんかよりずと鬼っぽいよ兄さん」


 戦闘の事となると相変わらずスパルタ教育なユウトへに玲はため息を吐き、楓は抗議をする。


「うわっ、ヒデェ 俺はあんなに醜くねえぞ」 


「ふふっ、大丈夫だ。ユウトはゴブリンよりはイケメンだ」


「そうそう、兄さんはイケメンだよ。ゴブリンよりはね」


「ゴブリンを基準にイケメンだって言われても全然嬉しくねえよ!」


 仕返しのつもりなのだろう。からかうようにゴブリンよりはイケメンだと口を揃えて言う二人にユウトは全力で反論する。


「あはは! 冗談だよ兄さん。それでこの広場に何かあるのかな?」


「ったく、人をからかって遊ぶなよな。いや、人目の付かない場所に行くって言ったろ? だからここまで来たんだよ」


「そういえばそうだったな。ゴブリンとの戦闘に夢中で忘れていた。確か人目の付かない場所に行ってから、下層に一気に向かうのだったか? いったいどうやって行くのだ?」


「もしかして下層まで一気に行ける扉タイプのマジックアイテムがあるとかかな!?」


「んなどこでもドアみたいな魔導具があってたまるか! これを使うんだよ……顕現せよヒッポグリフ!」


 ユウトは空間収納の腕輪から緑色の魔封結晶結晶を2つ取り出し、魔力を込めたあと目の前の広場に向けそれぞれ放り投げた。


 すると魔封結晶結晶から緑色の眩い光が発せられ、その光が収まるとそこには体長4メートル、体高3メートルほどのヒッポグリフが2体立っていた。


 ヒッポグリフとは、鷲の頭部と馬の下半身を持つ四足の飛行系の魔物である。上半身は鷲の頭部と鷲の脚に翼。下半身は馬の胴体と馬の脚が生えている灰色の体毛の魔物だ。リルではB級ダンジョンの比較的上層に現れる魔物で、強靭な前足とクチバシの攻撃はなかなかに強力だ。


 ユウトはこのヒッポグリフの魔封結晶を10体分保有している。もともとは2体だけしか持っていなかったのだが、領地の子どもたちに乗せたら大人気で追加する羽目になった。それらに子どもたちを乗せ、草原に遠足に行ったのは良い思い出だ。子供にだけはモテる男なのである。


 ユウトはもっと速く飛べるグリフォンなども持っているのだが、穏やかな性格で地上も速く走れるヒッポグリフの方が子どもたちには人気だった。


 グリフォンよりも小柄で空も地上もそこそこ速く進めるヒッポグリフは、ダンジョンの中を移動するには最適な乗り物と言えよう。


「こ、これは……」


「もう驚かない……驚いちゃだめ……兄さんだもん……うん、ドラゴンよりはマシ」


 ヒッポグリフを前に目を見開き驚く玲と、どこか達観した表情で頷いている楓


「ヒッポグリフっていうんだ。比較的温厚な性格の魔物だから扱いやすいと思うんだ。あ、今馬具をつけるからちょっと待っててな」


 そんな二人をよそに、ユウトは空間収納の腕輪からくらや手綱にあぶみなどを取り出しヒッポグリフへと装着していく。


 装着している間に玲と楓が後ろで ”あれに乗るのか?” ”そうみたい” ”翼があるがまさか飛ばないだろうな?” ”小さい翼だしニワトリみたいに飛べないと思うんだけど” などと話していたが、もちろんユウトの耳には入っていない。


「ほいできた。それじゃああっちのヒッポグリフに二人で乗ってくれ。俺はこっちのに乗って先頭を飛ぶから」


 最後にエメラに乗って東京上空を観光した時のように、隠蔽の結界を両翼と頭部と臀部に闇の精霊に固定させ終えたユウトは、後ろで話し込んでいた玲たちに声を掛ける。ユウトとしては二人に挟まれて乗りたかったのだが、さすがに三人が乗れるほどのスペースはないので諦めるしかなかった。


 ちなみに隠蔽の結界とは4つのキューブ状の魔道具からなる結界で、4つのキューブに囲まれたエリア内にある物の『姿』、『音』、『匂い』、『熱』、『魔力』を隠蔽するマジックアイテムである。ユウトはこのマジックアイテムと、マジックテントを展開した時に設置した結界石を人型機動兵器に取り付け無双するつもりだったので大量に持ってきていた。


「……飛ぶ?」


「やっぱ飛べるんだ」


 ユウトの飛ぶと言う言葉に顔を引き攣らせる二人。


「そりゃそうだよ。飛べば罠なんかに引っからないし、隠蔽の結界で姿も音も消せるから他の探索者に見つかることもない。なによりあっという間に下層に行けるしな」


「それはそうだが……普通に怖いんだが?」


「兄さん、私たち空を飛んだことないんだけど」


「え? 飛行機には乗ったことあるんだろ? 空を飛ぶ鉄の乗り物よりずっと安全だって。ほら、大丈夫だから。怖いなら俺が乗せてあげるから」


「わっ!」


「きゃっ!」


 ユウトは二人の腰の手を回し持ち上げる。玲と楓はいきなり地面から足が浮いて小さな悲鳴を上げるが、ユウトはそれに構わずそしてヒッポグリフの背に二人を乗せ腰にシートベルトのような物を巻き付け固定した。


「んじゃ行こうか。トイレしたくなったら言ってな。どこか適当なモンスターハウスにマジックテントを展開するから。それじゃあ出発! いざ下層へ!」


『クルルッ!』


 ユウトがそう言うとヒッポグリフは翼をはためかせ、一気に天井付近まで浮き上がる。


「ま、待てユウト! た、高い……心の準備がまだ……うわあああ!」


「兄さん待って! 怖いよ! せめてゆっく……きゃあぁぁぁ!」


 ユウトをなんとか押し留めようとする玲と楓だが、残念ながら彼女たちの声は急加速して飛んでいったユウトへは届かなかった。そして彼女たちのまたがるヒッポグリフも、ユウトの後を追って急加速して飛んでいく。


 そんなヒッポグリフの背で、玲と楓は悲鳴を上げながら必死に手綱を握りしめるのだった。






※※※※※※※


作者より


明日と明後日の木・金はお休みとなります。

土日月火水の週5投稿となりますので、何卒よろしくお願いします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る