第59話 勇者の孫 小鬼ダンジョンに入る




 二つ星ダンジョンは世界に十ヵ所存在し、そのうちの五ヶ所が日本に集中している。


 その中の一つ。世界で最初に発見された奥多摩二つ星ダンジョンは、奥多摩の山間を通る多摩川沿いに存在している。このダンジョンはゴブリンばかり出現することから、別名『小鬼ダンジョン』とも呼ばれている。


 小鬼ダンジョンの入口は魔狼ダンジョンのような洞窟ではなく、レンガ造りのトンネルのような形をしている。ダンジョン内もレンガが敷き詰められており、通路も幅5メートル・高さ7〜8メートルと高く非常に歩きやすい。


 しかし二つ星ダンジョンから通路のあちこちに罠が出現するようになっているため、歩きやすいからと無警戒に進んでいると痛い目を見ることになるので注意が必要だ。


 このダンジョンは他の二つ星ダンジョンと同じく二十階層からなっており、階層毎の広さは一つ星ダンジョンより少し広い程度だ。しかし罠を警戒して進むため、地図があっても1階層の探索には丸一日掛かる場合もある。


 その小鬼ダンジョンの直ぐ側にある林の中で、白いローブを纏ったれいかえで。そして白のワイシャツに黒の革ズボンと黒のブーツ姿のユウトの姿があった。


「入口にスカウトの人はいないみたいだね」


「母さんの支部にもスカウトが行っているくらいだから、こっちも入口で見張っているかもと思ったが杞憂きゆうだったようだな」


 楓と玲は林の中からダンジョンの入口を伺い見てホッとしていた。


 玲たちが一つ星ダンジョンを攻略してからこの1週間経つが、スカウトたちは玲と楓を諦めたわけではない。二人を勧誘するべくしっかりと動いていた。と言ってもさすがに探索者協会の支部長であり、現役時代は炎剣と呼ばれていた翠の自宅に押し掛けることなどしない。もし本人の耳に入ったら、間違いなく大分から飛んでくるのが目に見えていたからだ。そのため各探索者企業シーカーカンパニーの上層部からも、彼女たちの自宅には行かないようスカウトたちは指示を受けていた。


 自宅に行くことを封じられたスカウトたちは、玲たちが行きそうな二つ星ダンジョン。特にここ奥多摩と、二人の母である翠が支部長をしてる比較的難易度の低い大分ダンジョンにスカウトを派遣していた。


 そのことを翠から聞いていた二人はダンジョンの入口でスカウトたちが張っている可能性を考え、舗装された道ではなく林の中を通って駐車場から移動していたのだ。


「でも入口横の二つ星ダンジョン支部にはいると思うんだ」


「なら一気に入口のゲートを通ってしまおう。ユウト、それでいいか?」


 玲が振り返ると、ユウトは二人が着替えるために展開していたマジックテントをキューブに戻しているところだった。


「ん? ああ、そんな心配しなくても、一つ星ダンジョンみたいに入口に人は立ってないみたいだから大丈夫だと思うけどな」


 二つ星ダンジョンは探索者の中でも中堅どころの者たちが出入りするダンジョンだ。新人が利用する一つ星ダンジョンのように、新人探索者が無理をしないか見張る人員を協会は配置していない。


「それはそうだが念のためだ。スカウトには元探索者も多いからな」


「そうそう、だから行こうよ兄さん」


 楓はそう言ってユウトの腕を胸に抱きかかえ林の外へと歩き出す。


「お、おう。玲、行くぞ」


 ユウトはローブ越しに感じる楓の胸の弾力に頬を一瞬緩ませつつ、玲へと手を差し出す。


「あ……うん」


 玲は頬を赤らめながら目の前に差し出されたユウトの手を握り、ユウトと共に林の外へと出た。


 林の外に出て川沿いを歩く三人の姿は非常に目立つ。白いローブを着た玲と楓の姿もそうだが、どう見ても街に出かけるような服の上に、カモフラージュ用の大きな背嚢を背負っているだけのユウトの姿が特に目を引く。とてもではないが二つ星ダンジョンに入ろうとするポーターの装備には見えないからだ。


 まあ見えないだけで、ユウトの着ている服は高ランク魔物であるグレートデススパーダーの糸製のワイシャツと、黒竜の革製のズボンとブーツなのだが。


 そんな目立つ三人だが、たまたまダンジョンに出入りしている探索者がいないことから、監視カメラ以外誰の目にとまること無くゲートに探索者証と探索補助組合証をかざして中に入ることができた。



「おお……ここが小鬼ダンジョン。動画で見てはいたが、本当にレンガが敷き詰められているのだな。それに洞窟タイプよりも少し明るいな」


 ダンジョンの中に入り周囲を見渡す玲。初めて二つ星ダンジョンに入るからか、その表情は何処かワクワクしているように見える。


「これなら歩きやすくていいね。洞窟タイプは歩きに難くて何度もつまずいたしね」


「その代わり罠があるがな。確か小鬼ダンジョンの罠の種類は落とし穴と飛び矢だったな。戦闘時にうっかり踏んだりしないよう気を付けねば」


 二つ星ダンジョンに設置されている罠は、床や壁に敷き詰められているレンガの一部の色が違っていたりするので比較的わかりやすい。とはいえ魔物と不意に遭遇したりすれば、戦闘に夢中で罠の存在を忘れ引っ掛かる者はいる。


「お姉ちゃんがね。私は大丈夫、兄さんから離れないから」


 楓は再びユウトの腕を抱き、玲にからかうような口調でそう言った。


「むっ……気を付けるさ」


 玲も踏むなら前衛の自分だろうと思ったが、楓がさっきからユウトとベタベタしているのが気に入らないのかその顔はムスッとしている。


「むはははっ! 大丈夫大丈夫。俺がいれば罠なんかに引っ掛からないから」


 そんな玲の気持ちになどまったく気が付かないユウトは、腕に押し付けられる楓のおっぱいの感触に上機嫌となり空いている腕で自分の胸を叩く。


「ふふっ、兄さんのことだから罠を全部壊して進みそう」


「そんな面倒なことはしないさ。精霊に頼めば場所を教えてくれるってだけだよ」


「ええ〜っ、そんなこともしてくれるの? いいなぁ、私も早く精霊魔法を使えるようになりたいな」


「本当に便利だな精霊魔法は、私も契約できるようになるのだろうか?」


 どうやらあまりの便利さに玲も精霊魔法に興味が湧いたようだ。


「それは適正魔力になるまではわからないな。魔導術を受け続けてれば適正魔力まで増やすことはできるからその時のお楽しみだな。さて、とりあえず人目の付かない場所まで進もう。そして一気に下層まで行って、そこでキャンプを張って魔導術の施術を行おうぜ」


「下層!? さすがにいくらこの装備を身に着けていいるとはいえ、一つ星ダンジョンのように駆けながら戦うのは無理だぞユウト」


「そうだよ。ゴブリンと戦ったこと無いし十階層には中ボス部屋もあるし、中層以降はゴブリンアーチャーも出てくるんだよ?」


 楓の言う通り二つ星ダンジョンからは中ボスが存在する。小鬼ダンジョンの中ボスは赤い帽子を被ったゴブリン。レッドキャップと呼ばれる魔物だ。これは大量のゴブリンを従えて現れる。


「二人とも今回は攻略しに来たわけじゃないんだ。だからゴブリンと戦いながら進むつもりはないよ」


 そう、今回はダンジョンの攻略に来たわけではない。そのため前回のように戦いながら進むつもりはユウトにはなかった。


「それはそうだが……では影狼を呼ぶのか?」


「少ないとはいっても他の探索者はそこそこいるんだよ? 見られたら大変なことになると思うんだけど」


「影狼は呼ばないよ、それに走る気もないし」


 影狼を呼んでゴブリンたちを近づけないようにして進むと思った玲と楓にユウトは首を振る。


「とりあえずここは出入口に近すぎるからもう少し先に進もう」


 そう言って二人の背を押して先を促すユウト。そんなユウトに二人は顔を見合わせたあと、首を傾げつつもダンジョンの奥へと進むのだった。


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