第58話 勇者の孫 魔導術の施術を提案する



「次は技能か、楓がんばれよ」


 教習所に通い始めて三日目の学科の講義が終わり、次のカリキュラムを確認したユウトは楓に声を掛ける。


「うん、まだ運転は怖いけどがんばるよ」


「緑狼と戦うよりはマシだろ?」


「あはは、確かにそうだね。うっかり横転しても身体強化すれば怪我することもないか」


 清楚な見かけによらず脳筋発言をする楓。彼女は工藤家の中では思慮が深い子なのだが、その身体はしっかりと翠の遺伝子を受け継いでいるようだ。


「おいおい、後部座席で順番待ちの人が男だったらどうするんだよ」


「あ、そうか。指導員は女性だから大丈夫だけど、男の人はそうはいかないよね。兄さんといるとついつい男の人に魔力がないことを忘れそうだよ」


「俺のせいにするなっての」


 ユウトはサラッと人のせいにしようとする楓のおでこを人差し指で軽く突く。


「えへへ、あっ、今日もお弁当作ってきたから終わったら一緒に食べようね」


「ああ、毎日悪いな」


「好きでやってるんだから気にしないでよ」


「そっか、助かるよ」


「うん、じゃあ行ってくるね」


 楓はそう言って満面の笑みを浮かべユウトへ手を振り、技能教習の集合場所へと向かっていった。


 ユウトはそんな楓に手を振り返しながら彼女の後ろ姿を見送った。


 その表情はこれでもかってくらいデレデレだ。


(うへへ、今のなんか恋人同士っぽい会話だったな。それにしてもやっぱ楓は可愛いわ。最近よく俺の前で無邪気に笑うし、腕もよく組んでくるようになったし。玲も俺の顔を見ると顔を赤らめながら逸らすし……これは地道な好感度上げの成果がやっと出たってことだな」


 魔導術の影響であるのだが、副作用を知らないユウトはこれまで彼女たちに行っていた好感度アップ作戦が功を奏したと思っているようだ。


(これは告白したら上手くいくんじゃないか? いや待て、二人と同時に付き合いたいならここは慎重になるべきだ。リルとは結婚観が違うからな日本は。やっぱり二人の魔力が増えて、性欲が最高潮になったタイミングを狙うべきだろうな。その方が成功率は高いはず。そしてそのままベッドで……あの大きなおっぱいに挟まれたりプリッとしたお尻を後ろからパンパンして……うへへへ)


 ゲスである。考えていることが女性を酔わせてモノにしようというゲスな男のソレである。


 こんなゲスな思考のユウトだが、しっかり玲と楓に惚れてはいる。と言ってもそれが純粋な気持ちの好きとは限らないが……まあ永遠の16歳の下半身に支配されている男の”好き”なんてこんなものである。恋愛など相手を泣かせず幸せにできればそれでいいのだ。


(すんげぇ大変だったけどなんとか二人とも俺の魔力に馴染んだみたいだし、そろそろ次の段階に行ってもいいかな。次はお互いの肌を合わせることになるが、あの感じなら恥ずかしいから嫌とは言わないだろう。めちゃくちゃ楽しみだ)


「あっと、いけね! 俺も技能教習の時間だ」


 魔導術の次の段階に移行することを考えていたユウトだったが、視界の端に映った時計を見て慌て自分が受ける教習の集合場所へと走るのだった。



 ♢



「ふぅ……よし、こんなもんかな。ん? 楓、どうした?」


 教習所から帰ってきたユウトは、夕食を食べた後に六日目の魔導術の慣らし工程を行っていた。


 玲への施術を済ませたあと楓も終わったのだが、楓がいつまでもユウトの手を握ったままなことに首を傾げるユウト。


「え? あ、終わったんだね。ありがとう兄さん」


 ユウトの胸に顔を埋めてウットリしていた楓は、今気がついたとばかりに顔を上げ恥ずかしそうにユウトから離れる。


「どういたしまして。んで二人とも十分俺の魔力が馴染んだみたいだから、そろそろ本格的に魔導術を施術しようと思うんだ」


「いよいよか」


「精霊さんと契約できるようになるための第一歩だね」


「それはさすがにまだ先だけどな。それで今後は今までとは違って大量に俺の魔力を流すことになる。その結果、二人の体内の魔石が刺激されて大きくなろうとする。んで、それによって蓄えられる魔力の量が増えるわけだ」


 人間の体内にある魔石は、魔力保有量によって大きさと色が変化していく。


 地球の一般人の女性であれば、魔石の大きさは子供の小指の爪程度である。玲と楓クラスで大人の男性の小指程度の大きさとなり、母親の翠で親指くらいと言ったところだ。色はいずれも乳白色となる。


 人間の魔石は最大でゴルフボール位の大きさまで育ち、それ以降は増える魔力量により色が白に近くなっていく。


 ちなみにユウトの魔石はそのゴルフボールほどの大きさで、色は濃い灰色だ。魔族の魔石が黒なので、人間の白と混ざってこのような色になっていた。


「強力な魔物の魔素を吸収する時と似た効果があるのだったな」


「兄さんの魔力なんてドラゴン以上だよね? いきなりそんなの流されて私の魔石が耐えられるのかなぁ」


「あはは、いきなりそんなに流さないよ。時間を掛けてゆっくりとだ。それでも1回の施術は1時間くらいで終わるけどね。最初は成長速度が早いから、10回もやれば義姉さんよりちょっと少ないくらいの魔力量にはなるんじゃないかな」


 ユウトはそう言うが、普通はたった10回の施術でそこまで魔力は増えない。勇者一族の膨大な魔力があってこそだ。だが魔力増加の固有魔法を持つ一族に施術され、自身も一族の子にしか施術したことがないユウトはその事を知らない。


「カミラさんから聞いてはいたが反則もいいところだな」


「お母さんが聞いたら卒倒しそうだね」


「まあ、だから秘術と呼ばれて王族や貴族が独占してたんだけどね。それでさ、異世界なら地上で魔導術を行うのは問題がないんだけど、地球の魔素はちょっと薄すぎるんだ。成長しようとする魔石は施術後は寝ている時も魔素を取り込もうとするんだけど、ここまで魔素が薄いとその成長の妨げになかもしれたい。だから俺はダンジョンの中で施術した方がいいと思ってる。あそこなら異世界より魔素濃度は濃いからね」


 地球の大気中の魔素濃度はリルの3分1から4分の1だとユウトは感じていた。なので魔素濃度の高い場所。ダンジョンの中で施術することを提案したわけだ。


「ダンジョンの中でか? あ、マジックテントがあるなら問題ないか。ならばユウトがそうした方がいいと言うだ。私はそれに従う」


「あの騒ぎからもうすぐ一週間経つし、そろそろほとぼりも冷めているから大丈夫だと思う。協会にさえ顔を出さなければだけど」


「探索者証は更新したんだしそのまま二つ星ダンジョンに行こうぜ。そこなら探索者も一つ星ダンジョンほど多くはないだろ?」


「まあな、奥多摩の二つ星ダンジョンは母さんのとこのダンジョンと比べれば少ないのは確かだな」


「小鬼ダンジョンはねぇ、探索者ならできれば避けたいしね」


 玲と楓は嫌そうな顔を浮かべ、小鬼ダンジョンと呼ばれている奥多摩二つ星ダンジョンのことを口にする。


「確かにゴブリンはな。捕まったら終わりだしな」


 そう、小鬼ダンジョンとはゴブリンばかり出るダンジョンなのだ。そしてゴブリンは女性を襲う。実体ではないので孕まされることはないが、助けが来るまで延々と犯され続けるのだ。よって女性しかいない探索者にはオークともども蛇蝎のごとく嫌われている。


 そうは言っても二つ星ダンジョンの数は少ないので、それなりに利用者はいる。あくまでもほかの二つ星ダンジョンに比べれば少ないという程度だ。


 ちなみに奥多摩にある三ツ星ダンジョン。別名大鬼ダンジョンもゴブリンとオークが出る。さすが勇者が召喚された土地というべきか、女性にエロいことをする魔物ばかりいるダンジョンが集中している。


「まあユウトがいるから私は心配していないがな。守ってくれるんだろう?」


「もちろん! 俺が二人を必ず守るよ!」


「「…………」」


 ユウトの頼もしい言葉に二人は胸を押さえ、目を潤ませながら黙り込む。


 ダンジョンから戻ってくる前であれば、ここまで二人の心にユウトの言葉は刺さらなかっただろう。しかしユウトを恋愛の対象として意識し始めた二人にはユウトが頼もしく、そしてカッコよく見えていた。


 ユウトが内心で''二人をメチャメチャにするのはゴブリンじゃなくて俺だ!'' などと思っているなど、二人は想像すらしていないだろう。



 こうして玲と楓は魔導術を本格的に受けるため、翌日にユウトと共に再び奥多摩ダンジョンへと向かうことになるのだった。

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