第56話 勇者の孫 魔導術(慣らし工程)を行う



 玲と楓に魔導術を施すと決めたユウトは、空間収納の腕輪から平べったい円形の石を二つ取り出した。


「ユウトそれは?」


「これは賢者の石と言って、魔導術を使う際には欠かせない道具なんだ」


 そう言ってユウトは賢者の石を中指と人差し指で挟んで玲へと見せる。


 賢者の石は直径5センチほどの薄紫色の石だ。元は直径10センチから20センチほどの様々な形をした石なのだが、魔導術を行いやすいようこの大きさと形に加工された。ユウトは将来娘ができたら施すつもりだったので2つ持って来ていた。空間収納の腕輪に入っていた祖父のを含めると、全部で4つ保有していることになる。


「なるほど、その石を使うわけか」


「ああ、魔導術は俺の魔力を玲と楓の身体に流して、体内の魔石を刺激して成長させる術なんだ。でも普通に流しても拒絶されてしまい効果はない。俺と玲たちの魔力は質が違うからね。でもこの賢者の石を介して流すと、俺の魔力は玲たちの体内で魔素に変換される。大気中の魔素や、魔物の魔素を吸収するのと似た効果が得られるんだ。まあ、大量の魔力を注ぐから、三ツ星ダンジョンのボスを倒すよりもずっと多くの魔素を吸収できるけど」


「そんなに!? いや、短期間でBランク相当の魔力保有者になれるならそれくらいは当然か」


「ね、ねえ兄さん。魔導術を受けたら私も精霊と契約できるかな?」


「うーん、まあ多少無理すれば数ヶ月でなんとか精霊と契約するのに必要な魔力量は得られると思うけど」


 精霊が興味を持つほどの魔力は地球の基準で言えば、魔力保有値1万以上必要だ。ユウトの魔力保有値が20万。玲と楓は数年施術を受ければ、理論上は施術者の2割から3割。4万から6万まで得ることが可能となる。であれば数ヶ月で1万まで上げることは可能だろう。


「ほんとに!? やったぁ! 氷の精霊と契約できる!」


「一応言っておくけど、魔力があっても精霊に選ばれなかったら契約できないぞ?」


「大丈夫だよ! 私は氷魔法と相性がいいんだ。ね、氷の精霊さん。魔力が増えたら契約してね」


 楓はそう言って氷の入った目の前のグラスを持ち上げて微笑みかける。


 その様子を玲は隣で、さっきボリボリとその氷を食べていたじゃないかと思いながら白い目で見ていた。


「まあいいけど。んじゃあまず玲からやろうか」


 ユウトは氷を眺める楓に契約できなかった時にうるさそうだなと思いつつ、賢者の石を両手に持ち玲へと声を掛ける。


「わ、わかった。私はどうしていればいいんだ?」


「俺とこの石を挟んで手を握るだけだよ」


「え? それだけなの!?」


 両手の平に乗せた賢者の石を差し出しながら言うユウトに、楓が目を丸くしながらそう口にする。


「最初は俺の魔力に慣れさせないといけないからね。いきなり本格的な施術はしないよ」


「なるほど、確かに親族とはいえ他人の魔力を身体に流すのだからな。慣れさせることは必要か」


「本当に私たちはただその石を挟んで手を握っているだけでいいの?」


「ああ、術を受ける者は何もすることないよ。もともとは小さな子供の内に施術されるものだしね。ただ力を抜いて楽にしていてくれるだけでいいよ」


 魔導術は術者に圧倒的に負担がかかる術である。慣らしの段階ではそうでもないが、本格的な施術の際は相手の魔石を割らないよう非常に神経を使う。


「たったそれだけでいいのなら、私も問題なくできそうだ。ではユウト頼む」


「はいよ。それじゃあこの石を手で挟んで。そう、指も絡めたほうがいいかな。ギュッと、そうそう、そんな感じ」


 ユウトはお互いに向き合ったままの体勢で玲の手を取り、賢者の石をお互いの手の間に挟んだ。そして両手を下に向けて腰のあたりで指を絡め手を繋いだ。


 その結果、ユウトの顎あたりに玲の顔。みぞおち部分には玲の大きな胸が当たるほど密着することになった。夏の室内ということもあり玲と楓はいつも通りショートパンツにTシャツ姿と薄着だ。しかも玲は白いTシャツを今日は着ており、青いブラが透けて見える。


「な、なんだか顔が近いしその……恥ずかしいな」


 玲は顔が近く、ユウトの厚い胸板が目の前にあることに顔を赤らめ下を向く。横で見ていた楓も思っていた以上の近い距離に、次は自分も同じ体勢になることを想像したのか恥ずかしそうだ。


「うほっ♪」


 顔を赤らめ胸元で下を向く玲と、みぞおちに当たる彼女の両胸。そしてTシャツの隙間から見える胸の谷間に、ユウトと勇者のひ孫は興奮し変な声を出しながら硬直し始めてしまう。


 そんなユウトを横から見ていたカミラは軽くため息を吐きながら口を開く。


「玲様、これは魔力を増やすための神聖な儀式でございます。恥ずかしがっていたら術者も緊張するというものです。医療行為だと思って受け入れてください」


「そ、そうだな。うん、コレは医療行為みたいなものだからな。よ、よし! いいぞ、ユウト。好きにしてくれ」


「え!? あ……うん、わかった」


 優秀なメイドのフォローを受けておきながら、玲の好きにしてくれという言葉に反応するユウト。しかしカミラがユウトへと冷たい視線を向けていることに気付き、慌てて施術を始めようとする。


「じゃあ魔力を流すから。最初は十分くらいかな。そのままじっとしていてくれ」


 そういってユウトは両手の平から賢者の石を介し、目をつぶり玲の体内へと魔力を少しずつ流し込む。


「あっ、こ……これがユウトの魔力……なんて強くて温かいのだ」


 玲は両手から身に流れ込んでくるユウトの魔力を感じ取っていた。それはとても強い力の奔流で、それでいて温かさを感じる不思議な感覚だった。


 魔力はその人間の本質をそのまま現すと言われている。リルでも詳しくはまだ解析されていないこの不思議な力には、そういった人間の内面を映し出す効果もあるようだ。


 そんな玲の言葉が耳には入っているはずのユウトだが、それどころではなかった。


(うおっ! 全く抵抗を感じなかった! なんだこれ!? 脆すぎだろ! やべえ! コレ難易度がめちゃくちゃ高ぇ!)


 思っていた以上に抵抗を受けず、すんなりと自分の魔力が玲の心臓の横にある魔石に届きその脆さに内心で焦りまくるユウト。


 ユウトはダークエルフとドワーフの幼い従姉妹に魔導術を施したことがあるが、その時の感覚とは大きくかけ離れていた。


 それはそうだ。そもそも魔導術はリルの民間人程度の魔力しか持たない相手に施すような術ではない。貴族の家の子供は何世代も高い魔力の者同士が婚姻を繰り返した結果、10歳でも民間人の軽く3倍以上の魔力を保有しているし体内の魔石もそれなりに大きく硬度もある。勇者一族であれば尚更だ。


 しかし玲の魔力はリルの民間人レベルに少なく、それに比例して体内の魔石は小さくそして脆い。ユウトが少しでも強い魔力を流せば、簡単に壊れてしまい玲は魔石無し。つまり魔力無しになってしまうだろう。


 本来この慣らしの工程は術者はもっとリラックスをして行うものである。しかし今のユウトは眉間にしわを寄せ、額に汗が浮かぶほど集中している。それだけ繊細な魔力操作が求められているのだ。


(キツイ……けど玲と楓の魔力が増えれば二人は……ここは気合だ! 絶対にこの魔導術を成功させる!)


 みぞおちに当たる玲のおっぱいを堪能する余裕が無くなりやっぱやめたいという気持ちを、彼女がエッチな子になるという未来への希望で抑え込んだユウトは全身全霊で魔力を送り続ける。


 そんなユウトの内心を知るよしもない玲は、目を閉じ強く温かいユウトの魔力に心地良さを感じていた。


 それから10分後。


「ふぅ……とりあえず今日はこれくらいかな。これを5日か6日繰り返せば次の段階に行けると思う」


 慣らしが終わったユウトは玲から手を離し、額の汗を拭いながらソファーへと腰掛けた。そこにカミラが氷の入った麦茶を差し出す。


「もう終わりか。本当に私は何もしなくて済んでしまったな」


「なんか兄さんが凄く大変そうに見えたんだけど、大丈夫かな?」


「そうだったのか? 目をつぶっていたから全然気が付かなかった。そんなに大変だったのかユウト?」


「大丈夫大丈夫、最初だから神経を少し使っただけだよ。少し休んだら次は楓にもやるから」


 心配そうにユウトを見る楓と玲に、ユウトは笑みを浮かべて答える。一日も早く魔導術を終わらせ、二人の魔力を増やすために。


 そして5分ほど休んだユウトは、玲にしたのと同じように楓にも魔力を流し込む。そしてそれは上手くいき、翌日もその翌日も玲と楓はユウトの魔力を受け入れるのだった。


 しかし……ユウトの魔力に慣れた四日目に、二人の身体に異変が起こり始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る