第55話 勇者の孫 決断する


 魔導術。


 これはもともとはエルフ族とダークエルフ族で受け継がれていた秘術であったが、長い歴史の中でいつの間にか人族にも伝わったと言われている。


 この魔導術には二つの効果がある。


 一つは術を受けた被術者の体内にある魔石を大きく成長させること。


 もう一つはその際に術者の総魔力の二割から三割ほどの魔力を得ることができることである。


 当然術者の総魔力量によって魔石の成長度合いや、得られる魔力量には差がある。そして術を受ける期間も短かったり長かったりもする。短い者(術者の魔力が低い場合)で数ヶ月、長い者(術者の魔力が多い場合)で数年と言った具合だ。


 時間は掛かる。しかし術者の二割から三割とはいえ、魔物を倒すことなく術を受けるだけで魔力の総量を増やすことができる。この術を子供の頃から受ければ、受けていない者との差は歴然だ。そのため長い間、王族または貴族にしかこの術を使用することは許されていなかった。これは仕方のないことだろう。魔力=力である以上は、統治者が力を持つ者を限定するのはやむを得ないといえる。


 しかし魔王軍の侵攻により多くの国家が滅び、人類は窮地に立たされ勇者を召喚するほどまでに追い詰められた。そして召喚された勇者秋斗により、秘匿されていたこれらの術は一部の平民に開放された。上位の冒険者がこの秘術を使うことが許されたのだ。そうして人類は戦力の底上げができたことにより、魔王軍に打ち勝つことが出来た。


 だがそんな強力な魔導術にも欠点も二つある。


 一つは異性間でしか術の効果が無いこと。


 そしてもう一つは術者の魔力が、被術者術を受ける者に施術後しばらく影響を与えてしまうというものである。


 魔力には同質の魔力を引き寄せるという特性がある。これは体内の魔力が無駄に外に放出されないよう、同じ質の魔力同士で引き合っているのではないかと言われている。


 そして魔力は人それぞれ質が違う。それこそ指紋のように、双子であってもまったく同じ魔力を持つ者は存在しない。他人の魔力は異物扱いとなるので、もしも他人の魔力が体内に入ってきたらその魔力に抵抗しようとする。


 唯一問題なく受け入れることができるのは魔素だけである。だから大気中の魔素や、魔物が消滅した際に発せられる魔素を吸収し自身の魔力に変換することがができるのだ。


 ではなぜ術者の魔力が被術者に影響を及ぼすのか? 


 それは『賢者の石』を介することにより、術者の魔力の質はそのままに魔素に変換され被術者の体内に流すことができるからである。


 これにより擬似的に魔物を倒した時のように魔素として吸収させることができるのだが、術者の魔力が被術者の体内にしばらく残ってしまう。時間が経てば排出されはするが、魔導術を受けている期間は排出してもまた新たに入ってくるのでずっと残ったままである。


 ここで”魔力は同質の魔力同士引き合う”という特性により、被術者術を受けた者は術者の魔力に惹かれるようになる。それは魔力だけでなく精神にも影響を及ぼす。親近感を覚えるようになるのだ。


 親娘や兄妹なら問題はない。その親近感は術を受けた者の中では、家族としての親愛の情として受け止められるだろう。


 しかし他人であれば? もしくは叔父や叔母に従姉妹いとこやハトコとなる者が相手だった場合は? 日頃一緒に過ごしている近い血縁者だからこそ、家族としての親愛の感情となるのである。 離れて暮らしている親族を相手に親愛の感情だけが湧くであろうか? 


 否である。ほとんどの被術者は術後に親兄弟以外の術者に惹かれる気持ちを、恋愛感情として考える。


 だから親族に魔導術を施す場合は、被術者の年齢が『男女共に10歳未満であること』という年齢制限があるのだ。これは精通と初潮を迎える前という意味である。もしも被術者である幼い子供が術者へ好きという感情を持ったとしても、それは親愛の情として術者に受け取られる。子供の方も施術が終わり成長する頃には術者の魔力も完全に抜けているので、あの時の好きという感情は親戚としての親愛の情だったと思うだろう。


 もしも施術中に万が一のことが起こったとしても、精通前や初潮前であれば最悪の事態になっても子供ができることはない。そもそも術者にロリコンやショタコンを選ばないが。


 以上が魔導術を教わる際に習う事である。


 あるのだが、ユウトにそういった教育をすべき母親であるリリーはほとんど家にいなかった。そのためユウトは祖母のララノールやダークエルフのハーフである叔母、そしてたまに帰ってくる母親から魔導術を施されながらそのやり方を教わっていた。


 同じことを教える先生が増えるとどうなるか? 教えたことが重複したり教えていない事があったりするものである。学校の世界史や数学の先生が急病で休んだ際に、代わりに来た先生が授業をすると最初に起こる現象である。


 そんな教育をユウトはまだ10歳になる前に受けていた。




「ええ!? 魔導術を玲と楓に!?」


 夕食後にユウトは玲と楓に大事な話があると呼び出され、二人の家にやって来てみればそこには玲たちだけでなくカミラがいた。


 なんでカミラが玲たちと? と疑問に思いつつも勧められるままにリビングのソファーに座ると、突然玲が魔導術を施して欲しいと言い出したことにユウトは驚きを隠せなかった。


「ああ、その術を施されれば短期間で魔力が劇的に増えるとカミラさんから聞いた。もし可能ならお願いしたいのだが」


「たくさんの物を与えてくれた兄さんに頼み難いんだけど、私たちがまだ学生なのに一つ星ダンジョンを攻略したことが学園のクラスメイトに広まっているんだ。でも私たちにはそんな実力はなんかない。授業の時に借りている装備を身につけるわけにもいかないし、そうなると魔力量を上げて強くなるしか無いんだ」


「あー、あれだけ騒ぎになれば同級生の耳にも入るか」


 ユウトはなぜ二人が魔導術を受けたいのかその理由に納得した。こっそり攻略したなら同級生にはバレなかっただろうが、あれほどの騒ぎになれば知られて当然だと。


 そしてそれほどの実力があるならと、授業の際に色々と頼まれるかもしれない。その時に自分があげた装備を身につけることが出来たなら問題はないだろうが、もしも鑑定でもされたらどこで手に入れたとまた大騒ぎになる。だから二人は地力を上げるために魔導術を受けたいと言っているのだろうと。


 魔導術のことをどうして知ったかなど考えるまでもない。自分の後ろに立っているメイドが教えたとしか考えられない。


 そのメイドがソファーに座っているユウトの耳元で小声で囁く。


 玲と楓はそんなカミラの様子に、聞かれたくないことなのだろうと視線を外し姉妹で別の話を始める。


「ご主人様。玲様も楓様もご一族です。近い親族とは言えませんが、それを判断する一族の当主はこの世界にはおりません。ご主人様がこの世界でのクドウ家の当主と言って良いでしょう。ならば何も問題がないのでは?」


「まあ叔父さんも婆ちゃんもいないから、そうなるんだろうけど二人の年齢がな……」


 ユウトも魔導術を二人に使えればと考えたことはあった。そうすればすぐにでも二人をエッチな女性にできるのにと。しかし二人は従姉妹よりも遠い親族だ。それに親族に施す場合は年齢制限があり、その年齢を超えて施術をしてはならないと魔導術を教わる際に祖母や叔母などから言われていたので出来なかったのである。成人した女性に施したことがないユウトは、何か副作用があるのかもと考えて泣く泣く諦めたのである。


「10歳を超えた男女に施してはならないというものでしたか。そもそもなぜ親子や姉弟には年齢の制限が無いのに、親族が相手の場合のみ制限が課せられるのでしょう?」


「え? それは……そういえば聞いたことがなかったな。そう教わったからそういうもんだとしか」


 言われてみればなぜそんな制限があるのかをユウトは考えたことがなかった。子供の頃にしつけに厳しかった祖母と叔母にそう教わったので、なんの疑問もなく忠実に守っていただけである。それだけ二人が怖かったというのもある。


 もちろんカミラは知っている。知っていてユウトがどこまで魔導術の副作用のことを知っているのか確認したのだ。その結果、何も知らないということが分かったからか、彼女の口もとが少しだけ緩んだ。


「私がお仕えしていた貴族家で、15歳を超えた一族の女性に当主が施術したことがありました。その後、特に問題があったとは聞いておりません」


 確かに問題はなかった。貴族家当主が、側室となる遠い親戚の女性に同意のもとに魔導術を施したのだから問題が起こるはずがない。だが優秀なメイドであるカミラはそのことは口にしない。


「え? そうなの? じゃあなんで年齢制限なんか設けたんだろ?」


「思春期の男女には少々抵抗のある施術だからではないですか?」


「あー、なるほど」


 魔導術は術者と被術者で肌を合わせる工程がある。家族同士なら平気だが、親戚となると恥ずかしいのだろう。と、そうユウトは納得した。


 200年近く貴族家に仕えていたカミラの言葉にはそれなりの説得力があるし、ユウトもカミラを信頼している。その彼女が言うのだからと素直に受け入れたわけだ。いや、ユウト自身も心の中でそうであって欲しいと思いたいのかもしれない。玲と楓に魔導術を施すために。


 人は自分の信じたいものを信じる生き物である。


「では問題ないかと。ご主人様が大切に想ってらっしゃる玲様と楓様の安全のために施すべきかと」


「そうか……そうだよな。副作用がないならやるべきだよな。うん、やろう! 玲、楓! 問題は解決したから、異世界の貴族家に伝わる魔導術を施してあげるよ! これで強くなれるぞ!」


 可愛い義妹のためという大義名分を得たユウトは、玲と楓に魔導術を施すことを決めた。そして向かいで話していた二人に笑顔で声を掛ける。


「本当か!」


「やったぁ!」


 ユウトの決断に玲と楓はお互いに両手を合わせ喜び合う。


 自分たちの身体にどの様な異変が起こるかも知らずに。


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