第54話 悪魔の提案
「どうやらお困りのようですね」
「「カ、カミラさん!?」」
玲と楓はいつの間にかリビングの入口にカミラが立っていたことに驚きの声を上げた。
「ど、どこから……あ、影の中を移動できるのだったか」
「はい、ご主人様にお二人を気にかけるよう言われていたので、
「あ……はい」
「おや? 面白くなかったですか? 影と陰を掛けたのですが……」
「い、いや面白かった。なあ楓?」
「え? あ、うん」
楓は半ば無理やり笑顔を作りつつ、心の中で”無表情で言われてもわかりにくいよ!” と叫んでいた。
「お二人が暗いお顔をしておりましたので、笑っていただこうと頑張りました。こういうのを掴みはOKと言うのでしたね」
「そ、そうだな」
「ば、バッチリだと思います」
二人とも非常に絡みにくそうである。
「あ、そうだカミラさん。ダンジョンでは世話になりました。毎日美味しい食事を作ってもらえたことに感謝しています」
「私も大変お世話になりました。私たちの洗濯物だけでなく、装備まで毎日綺麗にしていただいて……大変ではなかったですか?」
「いえ、これがありますからそれほどでも」
ソファーから立ち上がり頭を下げ、ダンジョンでの生活を補助してくれたカミラへ礼を言う玲と楓。そんな二人にカミラはメイド服のポケットから、青い宝石が嵌っている銀のネックレスを取り出し二人へと見せる。
「それは?」
「清浄のネックレスというマジックアイテムです。これに魔力を流しますと、流した魔力量に応じた範囲にある物の汚れや匂いを落としてくれます。もちろん身体の汚れを落とすのにも使えます」
清浄のネックレスは死霊系のB級ダンジョンの宝箱から比較的簡単に入手できるマジックアイテムだ。死霊系ダンジョンはゾンビなどの匂いも再現しているので服に匂いがついて大変なのだ。それが原因でダンジョンに挑む者が減ったため、魔神が用意したのではないかと言われているアイテムだ。
「そんな便利なものがあったのか!?」
「凄い! いいなぁ」
「ご主人様が結構な数をお持ちですので今度頼んでみてはいかがでしょうか? ただ、お二人の魔力量ではご自身の身体に使いますと、魔力が無くなってしまいますのでご注意を」
「そんなに魔力を使うのか?」
「いえ、それほどでも無いのですが……言い難いのですがお二人の魔力はリル。こちらからは異世界ですか、その異世界の一般人より少し多い程度しかございませんので」
「い、一般人」
「異世界の一般人って魔力が多いんだね……ちょっとショックかも」
二人とも学園の中では魔力量がトップだったので、リルの一般人と同等レベルと言われて少なくないショックを受けたようだ。
「大気中の魔素濃度が違いますから。異世界では地球よりも濃い魔素の中で、何千年も人間が暮らし子孫を残してきました。となれば生まれてくる子供も自然と魔力保有量が多くなります」
「そういえばそうだったな。だから異世界の男性は皆魔力持ちなのだと」
以前ユウトが言っていたことを思い出し、玲と楓は納得したように頷いた。
「それで、学校が始まるまでに強くならないといけないと悩んでおられるようでしたが?」
「あ、ああ。そうなんだ。学校の授業でユウトから借りている装備やマジックアイテムを使うわけにはいかなくてな」
「地球では手に入らない物ばかりだから、もしそのことがバレると兄さんに迷惑がかかっちゃうと思うんだ」
「そうですか……では魔力を増やせば良いということですね」
「それは……確かに魔力量が増えれば身体強化も長時間できるし、魔法も連発できるから今抱えている問題は解決できると思うが」
「でも学校が始まるまであと1ヶ月くらいしかないんだ。それまでに普通の装備で、しかもお姉ちゃんと二人だけで一つ星ダンジョンの下層まで行けるほどの魔力を増やすのはさすがに無理だと思うんだけど」
「ご心配には及びません。リルの王家と貴族家。そして一部の上位冒険者の家系では、『魔導術』という人間の魔力を劇的に増やす秘術が行われております。それをご主人さまに施してもらえれば、この世界にいる冒険者程度の魔力などすぐに追い抜けるかと」
魔導術とは古くからリルに伝わる秘術で、王家や貴族家。そして勇者秋斗の働きかけにより、上位の冒険者の家系のみにその手法と道具が伝えられている。
秘術とはいっても特別な儀式を行うわけでない。魔力が高い者が自身の魔力を『賢者の石』というエルフの森でしか採掘できない石を通し、魔力の低い者に注ぐことにより体内の魔石を急速に成長させるというものである。
魔力を高みへと導く術、それゆえに魔導術と呼ばれている。ただ、この術はどういう訳か同性が相手だと効果がない。異性間でのみ使える術なのである。
魔力を流すだけと言えば簡単な術のように思えるが、1度行えば終わりというものではなく複数回行う必要がある。これは術者が被術者の魔力をどれだけ増やしたいかによって施術回数は変わってくる。そのため数ヶ月で終わる場合もあれば、数年かかる場合もある。1回の施術に掛かる時間が数十分から1時間程度で済むのが救いといえば救いだろう。
そしてこの術には大きなリスクも有る。施術に失敗すると相手の体内の魔石を破壊してしまうのだ。そのため術者には繊細な魔力操作が求められることからその難易度は高めだ。
「魔力を劇的に増やす秘術だって!?」
「そ、そんなのがあるの!?」
「はい、リルでは親兄弟か近い親族以外には施すことを禁じられている術ですが、幸いお二人はご主人様の一族。術を受ける資格がございます」
クドウ伯爵家が所属していたルトワーク王国では、魔導術の実施に関して決まりがあった。それは原則として直系の父と娘か母と息子、兄妹や姉弟の間でしか行ってはならないというものである。
しかし前述したように魔導術はより高い魔力を持つ者が施術した方が効果は高く、また高度な魔力操作能力が必要である。そのため子供の魔力量をより多くしたいがために、高い魔力と技量を持つ者が近い親族にいればその者に頼む場合があった。
それに高い魔力を持っているのが父親で、子供が同性である男の子しかいないケースもある。こういった場合も近い親族であれば頼むことは許されていた。だがこの場合はある理由から、親族に頼む際は術を受ける側に年齢制限が設けられているのだがカミラはそのことは黙っていた。
「そ、その秘術をユウトに施術してもらえることができたなら、本当に短期間で大量の魔力持ちになれるのか?」
「ええ、そうですね……施術前の調整の期間を含め二週間ほど魔導術を施術されれば、三つ星ダンジョンに挑んでいる探索者程度の魔力は得られると思います」
カミラはリルの貴族家を200年以上もの間、いくつも渡り歩いたメイドである。当然術を施された貴族家の子供を数え切れないほど見てきた。その経験と勇者の一族である玲と楓の潜在能力の高さなどをふまえ、二人が施術を受ける期間と得られる魔力を計算したのだ。
ちなみに地球では魔力保有量を魔力測定器で計測する。魔力測定器とは無属性の魔石の入った機器で対象者へ魔力を流し、その際に現れる特殊な波形を数値化する装置である。この数値によって探索者適正の有無や、探索者学園の入学資格の有無を判断している。
またこの数値は探索者協会によってランク付けがされており、探索者や
ランクの基準は以下の通りとなっている。
魔力保有値100未満 一般人
100以上 Fランク 一般探索者資格取得ライン
300以上 Eランク 探索者学園入学資格ライン 一つ星探索者
500以上 Dランク 一つ星探索者
1000以上 Cランク 二つ星探索者及び三ツ星探索者
2000以上 Bランク 三ツ星探索者
3000以上 Aランク 四つ星探索者(三ツ星ダンジョン攻略者)
Fランクから探索者資格を得ることができ、Eランクから探索者学園の入学資格を得られる。
一つ星探索者はDからFランクに多く、二つ星探索者はCランクに多い。三ツ星探索者はBランク以上がほとんどで、三ツ星ダンジョンを攻略した四つ星探索者は全員がAランクだ。
玲と楓の夏休み前の魔力保有値は400ほどであった。そして過去学園の卒業時で魔力量が一番多かった者で500程度である。
ちなみにリルのトップ冒険者がこの測定機で計測すれば、恐らく2万から3万という数値が出るだろう。勇者である秋斗であれば50万ほどで、当主のリンドールなど魔力増加の固有魔法を持つ一族が30万。ユウトで20万。ほかの一族で10万といったところか。
今回ユウトとダンジョンで多くの魔物を倒した玲と楓の現在の魔力保有値は、恐らく450くらいであろう。あれだけ倒したのにと思うかもしれないが、所詮はFとEランクの魔物である。倒してもそれほどたいした魔素は得られないのだ。
「た、たった二週間でBランクになれるのか!?」
まさか4倍以上も増えるとは思っていなかったようで、玲は驚きを隠せない様子だ。
「魔物と戦わずにそんなに魔力を増やせるなんて……でも私たちを強くするって言ってたのに、なんで兄さんは魔導術のことを教えてくれなかったんだろ?」
楓が疑問に思うのも当然である。ユウトとしても二人の魔力を増やしたくて仕方ないはずだ。それなのになぜ魔導術を二人に使わなかったのか?
「魔導術を行うためには当主の許可が必要です。そのためできなかったのではないでしょうか?」
「それではユウトに頼んでも無理なのでは?」
「問題ありません。ここはもうリルではありません。誰もご主人様を縛る者はおりませんので、お願いすればやってくれると思います」
確かに地球にはクドウ家当主であるリンドールはいない。つまり許可は必要ないということになる。
「本当にやってくれるだろうか?」
「はい、お二人がお願いすれば魔導術を施術してくれると思います。そうなればお二人の悩みも解決すると思われるのですが……微力ながら私も説得に助力いたしますので、ここに呼んで頼んでみてはいかがでしょうか?」
「そうだな……またユウトに頼ってズルをするみたいで気が引けるが、そのユウトに強くなることに手段を選ぶなと叱られたばかりだしな」
「手段を選べる状況でもないしね。うん、お姉ちゃん。兄さんにお願いしてみよう」
楓はそう言ってスマホを取り出し、ユウトへとチャットを送るのだった。
その光景をカミラは目を細め、口もとに薄っすらと笑みを浮かべ見ていた。
まるで罠にかかった獲物を前にしたかのような、そんな表情であった。
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