第51話 勇者の孫 思わぬ事態
探索者協会の建物はダンジョンのすぐ隣にある。
これは探索者がダンジョンで得たアイテムを売りやすいようにするだけでなく、探索者を管理するためだ。
とは言っても建設された時代と違い現代では大小様々な
それは探索者ランクの認定だ。
これだけは国営の探索者協会だけが認定する権限がある。
ではどうやって探索者ランクを認定しているのか?
簡単である。ダンジョンを攻略した者を認定するだけである。
ダンジョン未攻略者は一つ星ランク。一つ星ダンジョンを攻略した者は二つ星ランクといった具合だ。
ではどうやってダンジョンを攻略した者たちを見分けるのか?
もちろん自己申告ではない。ダンジョンを攻略した者は、ほぼ全員がボス部屋の転移陣を使って地上へと帰還する。そしてその転移先はダンジョンの入口の付近にある魔法陣となっている。
つまりその転移先の魔法陣の上に協会の建物を建て、転移してきた者をチェックしランクの認定を行っているというわけである。
奥多摩一つ星ダンジョン支部にも当然その魔法陣はある。その魔法陣のある部屋は転移部屋と呼ばれ、協会の職員が常時待機している。
その転移部屋の管理を任されている女性職員である小野
彼女は幼い頃から探索者に憧れていたが、初等部と中等部の時に行われる魔力測定で探索者の基準魔力量を下回っていたことでその夢が絶たれた。それでもダンジョンの近くにいれば、少しずつでも魔力が増えるという都市伝説を信じ大学に行き猛勉強をして探索者協会へと就職した夢を追う女性なのである。
彼女は入社した当初は受付に配属されたのだが、支部長に嫌われダンジョンを攻略した者をチェックする転移部屋の管理室に転属させられてしまった。管理室と言っても職員は真知子一人である。そして通常なら出世とは無縁の男性職員が担当する仕事でもある。
なぜそんな場所に彼女が配属されたのか? なんのことはない。若くて目がくりっとした可愛らしい顔をしている彼女が、支部長が気に入っていた男性職員に食事に誘われたからだ。女の嫉妬である。
そんな彼女が配属された転移部屋は支部の1階奥にあり、コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた30帖ほどの広い部屋だ。床にはボス部屋にある転移陣と同じ魔法陣が彫られている円形の石板が埋まっており、その周囲を白いタイルで囲っている。
真知子の仕事はこの部屋に転移してきた探索者に怪我人がいれば適切な対処を行い、受付へ探索者ランクの更新をしてもらえるよう案内するだけである。
ただ、この転移部屋に転移してくる探索者は1日に1組現れれば良い方で、3日間誰も転移してこない時もある。一つ星ダンジョンとはいえ、そんな頻繁に初めての攻略者は現れないのだ。ほとんどの新人探索者はボス戦の途中で撤退してしまうことが多いのが現状である。
ちなみに一度攻略した者が、再び一つ星ダンジョンに挑むことはほとんどない。ボス部屋の宝箱目当てに周回ができるなら話は別だが、ボスを倒したら転移陣を使わないと次のボスが現れなくなってしまう。だから宝箱のアイテムを得た後に出入口から外に出て、またボスに挑むということが出来ない。
そんな1日に1組現れるかどうかわからない部屋を、管理室から眺めているだけの仕事だ。正直やり甲斐のかけらもない仕事である。
それでも真知子は現状を悲観することなく、それどころか転移部屋なら魔素濃度も高いはずと目を輝かせている。さらにネットで購入した、魔力が増えると話題のピラミッド型の透明な一人用テントにあぐらをかき瞑想を行っていた。ヨガである。そしてどう考えても詐欺である。
そもそも異世界のダンジョンとピラミッドが関係あるはずがない。だがそれでも有名探索者がこれを使ったら魔力が増えた気がすると一言SNSで呟けば、探索者に憧れる女性たちが藁にもすがる想いで購入してしまうものなのだろう。ステマである。訴えられないよう断言しない辺りが小賢しい。
そうとは知らず瞑想をしている真知子の
転移部屋にある転移陣が発する光だ。
「きたっ! 三日振りの攻略者! 大きな怪我してないといいんだけど」
真知子は閉じていたまぶたをカッと見開き、久しぶりの仕事に喜びつつ速攻でピラミッドから出て椅子にかけていた茜色の上着に袖を通した。そして職員用のタブレットと、5等級ポーションや止血剤などの入った救急箱を持って管理室から飛び出した。
しかし、彼女が見た光景は信じられないものだった。
「え? 二人と……ポーター?」
なんと転移陣から現れたのは、露出の激しい鎧とレオタードに三角帽子を被ったコスプレ少女と、普段着にしか見えない格好の男一人の三人だけだったからである。真知子は彼女たちの格好よりもその数の少なさに驚き、そして鎮痛な表情を浮かべ口を開いた。
「あの……ダンジョン攻略……おめでとうございます。この度は大切なお仲間を失ってしまったこと、心よりお悔やみ申し上げます。今はどうかお休みください。きっと時間がその悲しみを癒やしてくれます」
真知子は探索者が二人だけしかダンジョンのボス部屋から戻ってこなかったことから、残り四人の仲間はボスに殺されたのだと思った。真知子がこの場所に配属されてまだたった二ヶ月だが、こういったことは何度かあった。それでも亡くなった探索者は1パーティに一人か二人だった。しかし今回は最低でも四人は足らない。戻ってきた彼女たちの心境を思うと、真知子は顔をあげることが出来なかった。
「え? あ、いえ違います! もともと三人で潜ってたんです!」
そんな真知子にレオタードに三角帽子の女性。工藤 楓が白いローブを羽織りながら慌てて答える。
「はい? 探索者二人で……ですか?」
真知子は楓の言っていることが信じられなかった。それも当然のことである。新人の探索者がたった二人でボスを倒したなど、協会だけでなく上位の
真知子の中では先ほどから軽薄な笑みを浮かべている男性。ユウトのことは計算に入っていない。それも当然でポーターが戦闘の役に立つのは、高性能のパワードスーツを装備した三ツ星探索者の専属ポーター以外考えられないからだ。
「そうです。これが探索者証になります。入ダン記録があると思いますので調べてみてください」
楓に続きローブを纏い終えた玲が、探索者証を取り出し真知子へと差し出す。それを真知子はタブレットのカメラで認識し、入ダン記録にアクセスした。
「!? ほ、本当だ! しかもそのローブに付けている校章! 学園の現役学生!? す、凄い……新星……いえ、超新星の誕生です! すぐに探索者ランクの更新ができるように手配します! どうかこれからも探索者協会を是非ともご贔屓にお願いします! さあ、行きましょう! 探索者協会の希望の超新星の皆さん!」
真知子はそう言って戸惑う玲と楓の腕を取り、あっという間に転移部屋の外へと連れ出した。
「あの子スゲー可愛いかったな。やっぱ日本人はいいなぁ、これも血か」
1人残されたユウトは去っていった真知子の容姿に頬を緩ませ、自らに流れる日本人の血を実感していた。ただの節操無しなのだが。
その後、ユウトが探索者協会の受付に行くと、玲と楓は受付前で十人以上のスーツを着た女性や同じくスーツ姿の若い男性たちに囲まれていた。聞こえてくる話の内容から、どうやら玲と楓に卒業後に入社して欲しいとスカウトをしているようだった。
彼ら彼女らは
そんな時に興奮した真知子が大声で、玲と楓をたった二人でダンジョンを攻略した期待の超新星だとか言ったものだからさあ大変。協会の待合室にいたスカウトマンがこうしてワラワラと集まってきたという訳である。新卒ならではの迂闊さである。
真知子もしまったと思ったのか、必死に協会の超新星です! 協会が大事に育てるんです! と、スカウトの人たちから玲と楓をガードしているがどう見ても劣勢だ。
そんな光景を目にしたユウトは、玲と楓を助けようと受付に向かって歩き出した。が、ユウトに気付いた楓が首を横に振ったことで歩みを止めた。楓はユウトが行くと話がややこしくなると思ったのだろう。
ユウトはとりあえず楓のいうことを聞くことにして、壁際で腕を組んで見守ることにした。しかしそんなユウトの足もとでは、黒い針が何度も床から生えたり引っ込んだりしている。ユウトが魔族に間違えられ追いかけられた時に、街の守衛や騎士相手によく使っていた足止め用の精霊魔法の『闇針』である。
ユウトの視線がイケメンのスカウトマンに固定されていることから、もしも玲と楓に触れたらその男の足裏から『闇針』を突き刺すつもりなのだろう。
楓がユウトに来ないように首を振った理由がわかるというものだ。
それから10分ほど待っていると、更新が終わったのか二人は受付に呼ばれ更新された探索者証を受け取った。この頃には噂を聞きつけたのかスカウトマンがさらに増えて20人以上になっていた。しかもたった二人でダンジョンを攻略した新人探索者を一目見ようと、多くの探索者も集まっていた。
探索者証の更新を終えた玲と楓は、ユウトに目で合図をした後に身体強化を発動した。そしてしつこく話し掛けてくるスカウトや、パーティに誘ってくる探索者たちを振り切りなんとか協会を出ることに成功する。
しかしそんなことで諦めるスカウトや探索者たちではなく、協会の外に出ても二人の後を追ってきた。
ユウトは玲と楓の疲れた表情を見て、さすがにこの状況で二つ星ダンジョンに行くのは厳しいと判断せざるを得なかった。そして悔しそうな表情を浮かべながら追って来たスカウトと探索者たちをキッと睨んだあと、玲と楓を後ろから両腕で抱え駐車場に向かって全力で走るのだった。
あっという間に豆粒のような大きさになったユウトの後ろ姿を、スカウトと探索者たちは協会の入口で呆然とした表情で見送ることしかできなかった。
彼ら彼女らが、スカウトをする相手を間違えたことに気付くのはこれからずっと先の話となる。
こうしてユウトの『二つ星ダンジョンの下層に一気にGOでムフフ』計画は延期を余儀なくされた。
しかしこの一週間後、ユウトは再びこの奥多摩ダンジョン街に戻ってくることになる。
どういうわけか恋する乙女の視線をユウトに向ける義妹たちを連れて。
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