第50話 勇者の孫 地上へ帰還する



 ユウトに背を押され、扉に群がる緑狼グリーンウルフの群れへと駆け出した玲と楓。


 玲はまずは扉に体当たりを繰り返す緑狼たちを大きく迂回し、端の方で爪で扉と床の隙間をこじ開けようと引っ掻いている緑狼たちの背後から斬りかかった。


 楓はシャドウウルフを連れてなるべく扉へと近づき、魔力回復ポーションを片手にアイスランスをひたすら連射する。


 玲と楓による後方からの攻撃に緑狼グリーンウルフは次々と倒れていく。その一方的な攻撃を受けても、緑狼たちは背後から迫るシャドウウルフ魔力にただただパニックになるばかりである。


 1匹、また1匹と倒れ魔素となって霧散消滅していく緑狼。


 そして20分後。


 傷だらけになりつつも無我夢中で扉に体当たりをしていた緑狼リーダーが気が付いた時には、周囲に手下は1匹も残っていなかった。


 そしてそこに楓の放った3本の氷の槍が襲いかかり、緑狼リーダーの腹部を貫いた。


 ギャンッ! という緑狼リーダーの断末魔の声がボス部屋中に響き渡ると同時に、その首が宙を舞う。楓の魔法とともに玲が接近しその首をミスリルの剣で刎ね飛ばしたのだ。



「ハァハァハァ」


 100匹以上を斬りつけたことで、肩で息をする玲。


「うっぷ……」


 魔力回復ポーションを大量に飲んだことで、お腹に手を当て吐きそうな表情を浮かべている楓。


「初ダンジョンボス討伐と一つ星ダンジョンの攻略おめでとう! な? 大丈夫だったろ?」


 そしてそんな二人を満面の笑みで祝福するユウト。


「ハァハァ……そうだな」


「……そうだね」


 ユウトの祝いの言葉に二人は喜ぶでもなく普通に返した。その表情は本当にこんな勝ち方でよかったのかと悩んでいるようにも見える。


 確かにボスを初めて倒した。これで一つ星ダンジョンを攻略したことになるのだろう。しかし二人が幼い頃から配信動画で見てきた先輩探索者たちのボス戦とは違い、自分たちはただパニックになって逃げる緑狼たちを後ろから一方的に攻撃しただけである。こんな攻略でいいのかと素直に喜べないのだろう。


 そんな二人の姿にユウトはハァとため息を吐き、”ガラじゃないんだけどな”とボソリと呟いたあと頭をかきながら口を開いた。


「オイオイ、なにを悩んでるんだ? 二人の目的はなんだ? 強くなりたいんじゃなかったのか? 強くなるのに手段がどうとか思ってるなら、今すぐその考えは捨てろ。命がかかってるんだぞ? 弱ければダンジョンで死ぬ。大切な仲間も自分もだ。それでいいのか? 目の前で仲間が死ぬ姿を見たいのか? 玲が、楓が、魔物に殺される光景を目の当たりにしたいのか? 見たくなかったら、仲間、家族を、その全てを守るためにはどんな手を使ってでも強くなるしかないんだよ」


 ユウトは真剣に、そしてどこか悲しみを帯びた表情で二人にそう語りかける。


 ユウトはリルで仲間を失い悲しむ冒険者たちをたくさん見てきた。


 両親を失い泣き崩れる幼い子どもたち。


 妹を守れず目の前で死なせてしまったことに絶望する獣人の女性。


 恋人と仲間に守られたった一人生き残ってしまい、後を追おうと自らの命を絶とうとするエルフの女性。


 ダンジョンだけでなく、その外にも魔物や魔族がいるリルでは見慣れた光景であった。


 ユウトは顔見知りや一緒に飲んだことのある冒険者が死んだらしいという噂を耳にしたことはあるが、長年パーティを組んだ仲間を失った経験はない。幼い頃から勇者である祖父と二人でダンジョンに潜っていたし、秋斗亡き後はソロで潜っていたのだからそれも当然と言えよう。


 それでも冒険者ギルドに行く度に、仲間を失い悲しんでいる者たちを目にする。そんな光景を10歳の頃からずっと見てきたのだ。そして自分だけはそんな経験をしなたくないと、強くなろうと必死に努力をしてきた。


 ユウトは強い。祖父と母の持つ魔力増加の勇者特典は引き継げなかったが、魔族の血が流れているユウトは生まれた時からエルフの子供と同じくらいの魔力がった。そんなユウトでも何度もダンジョンで死んでいるのだ。勇者によるパワーレベリングがあってもだ。


 そのユウトが赤ん坊の時よりも少ない魔力しかない義妹に対し、厳しく言うのは当然だろう。


「ユウト……そうだな。私が間違っていた。強くなければ大切な家族を失うのだ」


「そうだよね、私……兄さんに強力な装備やマジックアイテムを与えられて、強くなった気がして自惚れていたのかもしれない。強くなければ大切な人を失うんだ。私はもう二度とあんな経験をしたくない」


 玲と楓は下を向き、そして拳を握りしめながらそそれぞれの想いを口にする。ダンジョンで死んだ父親と、夫と仲間を守れず1年近く廃人のようになっていた母の姿を思い出したのだろう。


「ならさ、強くなろうぜ。大丈夫だ、二人なら必ずなれる。俺が二人を世界一の探索者にしてやる」


「……ユウト」


「……兄さん」


 ユウトの言葉に玲と楓は胸を押さえながら潤んだ瞳を向ける。


「あ、不味い。扉の外に探索者が集まって来てる。さすがにあれだけ扉に激突してれば人が集まって当然か」


 しかしユウトはそんな二人の表情に気付くことなく、出入口の扉のすぐ外に多くの人間の魔力を感じ取ったことを頭を掻きながら二人へ伝えた。


 200匹の緑狼グリーンウルフが絶えず扉へ激突したうえに、玲と楓に倒される際に断末魔の叫びを何度も放ったのだ。外でボス戦待ちをしていた探索者や、同じ階にいた探索者が何事かと集まってきて当然と言えよう。


「確かにあれだけ扉に激突していればな。外で順番待ちをしていた探索者たちが、私たちが逃げようと扉を叩いていると思っているのもしれない」


「どうしよう? あと5分くらいで扉が開いちゃうけど」


「そんなの決まってるじゃないか。ボーナスタイムの報酬を受け取ってトンズラしようぜ!」


 ユウトは二人にそう言って精霊魔法を発動した。


 すると扉の前とその両側の壁際に黒く長い帯が出現し、ユウトたちのいる場所に向かって転がっている魔石を巻き込みながら波のように押し寄せてきた。


「これは便利だな。精霊魔法はこんなこともできるのか」


「やっぱり凄いよね精霊魔法。いいなぁ、私も早く使えるようになりたいな。ん? あれ? こんなに簡単に魔石を集められるなら、なんで移動中に使ってくれなかったのかな兄さん?」


「え? あ、いや何でもかんでも精霊魔法に頼るのは良くないと思うんだ。それに魔石を拾っていると自分が倒したんだって実感が湧くだろ? そういうのって自信をつけるのに必要なことなんだよ」


 ユウトは魔石を拾っている二人のお尻を眺めていたことがバレそうになり、慌てて適当な言い訳をする。


「確かにそうだな。夜に部屋で拾った魔石を数えている時など、こんなに倒したのかと嬉しくなったりしたものだ」


 素直な玲はまたしてもあっさりと信じてしまう。


「ふーん、本当かなぁ? 私たちのお尻とか見てたんじゃなのかなぁ」


 しかしそんな姉のフォローを長年してきた楓には通用しない。


「ばっ、そんな訳ないだろ。俺はちゃんと警戒してたんだって。さ、さあ! 集めた魔石をしまって奥の転移陣で地上に戻ろう! あー、あと宝箱か、大したものが入ってないけど一応開けとくか。ほら、二人とも開けてきなよ。魔石は俺がしまっておくから」


 楓に図星を突かれさらに焦ったユウトは、空間収納の腕輪に魔石をしまいながらボスが現れた場所にいつの間にか鎮座していた鉄製の宝箱を指さした。そして二人に宝箱を開けるように勧めた。


「!? そうだった、ボスを倒したら現れるのだったな」


「あ、私もすっかり忘れてたよ。お姉ちゃん一緒に開けようよ!」


 玲と楓は今思い出したと言わんばかりに一斉に宝箱へと視線を向けた。そして急にテンションの上がった楓が玲の腕を引っ張りながら宝箱へと向かっていった。初めてのボス部屋の宝箱だ、嬉しくなるのも仕方ないだろう。


 そんな二人の後ろ姿をユウトはホッとした表情を浮かべながら見送っていた。上手く誤魔化せたと思ったのだろう。既に手遅れなのだが。


 その後、宝箱の前で当たりの宝箱だったのか、ニコニコ顔の二人と合流したユウトはボス部屋の奥にある地上帰還用の魔法陣へと向かった。この魔法陣は一度に10人ほどが立てるほどの大きさがあり、一度発動すると消えてしまう。そして新たなボスが現れるまで入口の扉は開かなくなり、1時間後にボスが再度生み出されると扉は再び開くようになる。


 ちなみに宝箱の中身はダンジョン産の鉄の片手剣が2本と革鎧が2セット。そして4等級のポーションが3本に5等級のポーションが6本と、一つ星ダンジョンのボス部屋の宝箱にしては当たりの宝箱だった。


 既に宝箱の中に入っていた装備よりも上位の装備を身に着けており、ポーションも山ほどユウトから与えられている二人にとってはそれほど必要のない物である。だが、アリサや紫乃といった他のパーティメンバーの装備を充実させることができることに二人は喜んでいたのだ。


「じゃあ一旦地上に戻ろう」


 魔法陣の上に乗ったユウトは、初めて帰還用の魔法陣を使う事でどこか緊張している二人の肩を優しく抱き寄せた。


 その瞬間、魔法陣が青い光を放ち三人を包み込んだ。


 そして光が収まると、ユウトたちの姿はもうそこにはなかった。


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