第46話 勇者の孫 14階層に到達する



 奥多摩にある一つ星ダンジョン。別名魔狼ダンジョンと呼ばれるこのダンジョンの14階層では、玲と楓とユウトたちが6匹の緑狼グリーンウルフと戦っていた。


 玲は胸もとが大きく開き太ももが露出している純白の鎧を身にまとい、ミスリルの剣を軽々と振り回し襲い掛かってくる緑狼グリーンウルフを次々と両断していっている。その速度と膂力は一つ星ダンジョンに挑む探索者の中では圧倒的だ。


 そんな学生とは思えない動きをする彼女の数歩後ろでは、レオタードにしか見えない露出の激しい服を身にまとった楓が手に持った白い杖を振り上げ3本の氷の槍を生み出し緑狼グリーンウルフへと放っていた。


「この先にある十字路の左右の通路から緑狼グリーンウルフが4体ずつ来るよ」


 そんな彼女たちの後ろでは、白いワイシャツに黒の革ズボンといった普段着姿のユウトが新たな魔物の接近を少女たちに教えていた。


「くっ、まだこっちは3匹残っている! 楓! 足止めを!」


 前線でたった一人で3匹の緑狼グリーンウルフと戦っている玲は、今の状態で8匹同時に来られても捌ききれないと判断し楓に足止めをするように要求した。


「わかったよお姉ちゃん! アイスウォール!」


 そんな姉の言葉に楓は即座に応え、前方の右の通路を氷の壁で塞いだ。


「来たよ、どうする? 手を貸そうか?」


 1匹を倒し終え残り2匹の緑狼グリーンウルフと戦っている最中の玲に、左前方の通路からものすごい速さで現れた4匹の緑狼グリーンウルフの間引きを申し出るユウト。


「いや、私たちで対応する! 楓また頼む!」


 そのユウトの申し出を玲は即座に拒否し、楓の名を再び呼ぶ。


「まかせてよお姉ちゃん! アイスランス!」


 楓は待ってましたとばかりに氷の槍を3本出現させ、現れたばかりの緑狼グリーンウルフへと放った。


 しかし距離があったことで、緑狼グリーンウルフは左右にステップして避けようとする。が、楓の放った3本の槍は緑狼グリーンウルフの胴体ではなく、その手前。進行方向の床へと着弾した。


 氷系の魔法は触れた物を凍らせることができる。身体に当たれば当たった場所の周囲を凍らせ、その動きを阻害させる。では床に当たればどうなるか?


 当然着弾した周辺の床が凍り、全速力で走っていた緑狼グリーンウルフは滑り転倒することになる。


 


「隙あり! アイスランス!」


 先頭を走っていた2匹が転倒し、その後ろを走っていた2匹が急停止したところへ楓が再び氷の槍を放つ。


 そしてそれは見事、転倒中の2匹の腹部に命中しその命を絶った。


「よしっ! ハァァァァ! ハアッ!」


 そこに戦っていた緑狼グリーンウルフを処理し終えた玲が疾風の如き速さで現れ、残りの2匹を瞬く間に斬り伏せた。


 その後はアイスウォールの魔法効果が解けたタイミングを見計らい、同じ手順で左側の通路から来ていた4匹も処理をしていった。



「お疲れ、もう俺のフォローはいらなさそうだな」


 消滅していく緑狼グリーンウルフのいた場所で、霧散していく魔素を吸収していた玲と楓にユウトがゆっくりと近づきながらねぎらう。


「そんなことはない。確かにこのとんでもない装備とマジックアイテムのおかげで、複数の緑狼グリーンウルフ相手でも戦えるようにはなった。信じられないことたがな。しかし私たちでは魔物の接近を感じ取れないからな。ユウトがいなければ間違いなく苦戦していただろう」


「そうだよ。兄さんが緑狼の接近を教えてくれるから、魔法を撃つタイミングが計れるし使う魔力の計算もできるんだ。私たちだけだったらあっという間に数で押し潰されちゃうよ」


 玲と楓の言うとおり、確かにユウトの契約している精霊による感知がなければこうも上手くは行かなかっただろう。


 だが


「まあ、俺がいるから魔物がこれだけ寄ってくるんだけどな」


 そういうことである。


「あ……そういえばそうだったな」


「あはは、もう3日も毎日大量の魔物と戦っていたから忘れてたよ。でもそれでも魔物がいつどの方向から何匹来るかわかるのは大きいよ。やっぱりいいなぁ精霊魔法、私も使えるようになりたい」


「ならもっとたくさん魔物を狩って魔力量を増やさないとな。精霊は魔力の少ない人間には寄って来ないからな」


 精霊は人間の魔力が自分好みであれば寄ってくる。反面魔力量が少なければ見向きもされない。まあ魔力量が多くても好みじゃなければ寄ってこない場合もあるが、いずれにしろ魔力量が少ない人間には精霊と契約するチャンスすら無いのだ。


「うん! 私頑張るよ! 氷の精霊さん、魔力が増えるまで待っててね!」


 楓は天井を見上げ目に見えない精霊にそう声を掛ける。


 ユウトは楓の視線の先で闇の精霊が飛び回っている姿が見えたが、楓の夢を壊さないよう口にはしなかった。


 楓はユウトに氷の魔法を使える杖を渡されてからというもの、すっかり氷魔法にハマりもっと自由に氷の魔法を使えるようになりたいと思うようになっていた。そんな時にユウトに氷の精霊の存在を聞かされ、精霊魔法が使えるようになるために積極的に魔物を狩るようになった。


 そんな楓をユウトは可愛いなと思いつつも、精霊と契約できるようになるのに必要な魔力量のことは黙っていることにした。


 精霊はリルでも上位の冒険者しか契約ができないほど要求される魔力量が多い。母親の翠の数倍は最低でも必要だと言ったら、楓をガッカリさせそうだからだ。


 楓のやる気に満ちた顔を見ながらそんな事を考えていると、玲が剣を鞘にしまいながら口を開いた。


「さて、また魔物がやって来る前に魔石を集めて先に進もう。影狼かげろう、悪いが見張っていてくれ」


『ヴォンッ!』


 玲が自分の影に向かって名を呼ぶと、影からシャドウウルフが現れた。これは野営初日にユウトが魔封結晶から呼び出したBランク上位の魔物だ。


 最初怖がっていた玲と楓だが徐々に慣れ、害はないということを理解してからは休憩時に撫でたり遊んであげたりするようになった。そして玲が影狼かげろうという名前を付け、今では魔石を集める時などに呼び出してユウトの魔力に惹けかれて集まる魔物への牽制役をさせている。


 名前がそのまんまじゃないかと言ってはいけない。玲にネーミングセンスはないのだ。


 その影狼は魔石を集める玲たちを守るかのように、時折唸り声を上げて遠くにいるであろう緑狼グリーンウルフを牽制している。


 ユウトはそんな影狼に受け入れてもらえて良かったなと内心で思いつつ、足もとに転がっている魔石を拾い始める。


 それにしても……と、ユウトは前方で魔石を拾うためにしゃがんだことで、インナーが食い込みほぼ半尻となっている玲と楓のお尻を眺めつつこの3日間のことを思い返した。


 ユウトたちが5階層の小部屋で初めての野営を行ってから3日間。毎日夜遅くまで駆け足でダンジョンを進んだ結果、14階層までたどり着いた。


 途中見つけた宝箱を全て無視し、他の探索者の数も階を下りる毎に減っていっていたとから最短距離を進んで来れた。それでもユウトが予想していたよりも時間が掛かってしまってはいるのだが。


(まあ新しい魔道具マジックアイテムに慣れる時間は必要だったしな)


 ユウトは玲と楓にマジックアイテムを渡した翌日に、半日ほど野営地の周辺で魔物相手に急に上がった身体能力に慣れさせるための時間を取った。力に振り回されて戦闘中に事故が起こらないようにするためである。


 また、緑狼グリーンウルフが現れるようになる9階層にたどり着いた際も、初めて戦う魔物ということで慎重に戦わせた。


 それでも普通は1日1階層と半分程度進むのが限界の一つ星ダンジョンを、魔物ホイホイのユウトを連れた上に装備の慣らしをしつつ1日3階層進んだのだから相当なペースと言えよう。


 ちなみに休憩時はその都度ユウトがモンスターハウスを一掃し、寝泊まりしているマジックテントではなく、カミラに貸しているマジックテントと同じ3等級のテントを展開して休んでいる。このテントは2等級のテントほど家具や設備は充実していないが、トイレとシャワーだけはユウトが入れ替えてあったので問題なく使えている。


 玲と楓は休憩用のマジックテントのおかげで、ユウトに隠れながらダンジョンの隅で用を足さなくて済んだことにホッとしている様子だった。さすがのユウトも女性の着替えや入浴ならともかく、トイレを覗く趣味はないのだが。



「さて、こんなものかな。ユウト、先に進もう」


「ああ、また集まってきてるからね」


 魔石を拾い終えたユウトたちは、それから数十匹の緑狼と戦いながら14階層の中央付近まで進んだ。


 そしてそこにあったモンスターハウスを3人で一掃した後、ユウトの影に潜んでいたカミラを呼び出しマジックテントを展開しその日は休むのだった。


 一つ星ダンジョンのボスのいる最下層まであと少し。


 ユウトの計画は順調に進んでいた。

 


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