第39話 勇者の孫 エロのために育成方針の変更をする



「は? え? い、今なんて言った?」


 ユウトは目の前の男が放った言葉に耳を疑った。いや、本心では疑いたくなかったが信じられなかったのだ。


「ん? 何って、魔力の多い女はダンジョンの中では性欲が強くな……うおっ! お、おいっ!」


「ちょっとその話を詳しく!」


 ユウトは男が話し終わる前に、男の胸のプロテクターを片手で掴み上げ猛スピードで階段を上っていく。


「ちょ、ま、待て! は、離せっ! 話すから! 話すから! 浮いてる! 浮いてるって!」


「そ、それで? さっきの話を詳しく教えてくれ!」


「イテテテ……お前とんでもねえ馬鹿力だな。俺の足が浮いてたぞ?」


「あ〜悪い、これで治療してくれ。詳しく教えてくれたらもう1本やるから」


 プロテクターが食い込んだのか首を押さえ痛がる男に、ユウトは5等級のポーションを渡しながらそう提案する。


「え!? マジで!? 本当にもらっていいのかよ!? しかももう1本も!? な、なんでも聞いてくれ! 俺に知らねえことはねえから!」


 男は5等級のポーションを渡され目を見開いて驚き、そして喜んだ。低級のポーションは宝箱を見つければほぼ確実に入っているが、一つ星ダンジョンの上層階は探索者が多い。


 魔神がダンジョンに入る者を育てるためなのか、低級のダンジョンンは宝箱が頻繁に出現する。しかしそれでもほかの探索者に先を越され、なかなか宝箱を見つけることはできないのが現状だ。協会や探索者企業が運営するアイテム販売所でも売ってはいるが、需要に供給が追いついていないせいでそれなりの値段がする。


 それを手に入れたのなら雇ってくれたパーティに渡して印象を良くするのもよし、売って生活費の足しにするもよしで使い道はたくさんあるのだ。


「俺が知りたいのは、魔力が増えると女性の性欲が強くなるって本当なのかってことだ」


「ああ、本当だ。当の探索者たちはそうは言わねえが、ポーターの間では常識と言っていい。いいか? 魔力量が増えるってことは身体能力も底上げされるわけだ。筋力だけじゃなく体力も増え活力が湧く。となると当然性欲も強くなる。まあ個人差はあるが、それだってある一定の魔力量を超えれば我慢なんか出来なくなるらしい。特にダンジョン内ではどういうわけかその傾向が強くなるみてえなんだ。そんな時に男が近くにいれば……わかるだろ?」


「マジか……」


 ユウトは愕然とした。ショックを受けたと言ってもいい。


 確かにリルでも同じパーティの男とそういった関係になる女性冒険者は多い。ダンジョンや街道に出現する魔物や盗賊の討伐の依頼などで常に命の危険にさらされていることから、種としての子孫を残す本能やストレスによって同じパーティの男と肉体関係になりやすいことはユウトもよく知っている。だから女性用装備を集め、いつでも女性冒険者とパーティを組めるよう準備していたのだ。リルでは叶わなかったが。


 しかしだ。どうもこの男の話はそれとは違う。極限状態における種を存続させるための本能などではなく、魔力が原因で女性の性欲が強くなると言っている。


 そんな男にとって都合の良いことがあり得るのか? 女性が性欲を抑えきれず男を襲うだなんて、まるで昔リルで読んだエロマンガの貞操逆転世界物みたいじゃないか。俺をからかってるだけなんじゃないか?


 でも目の前の無精髭を生やした男が嘘を言っているようにも見えない。自分をからかっているようにもだ。なら本当に?


 ユウトは混乱する頭の中で、なぜ魔力量が多い女性が性欲が強くなるのか思考を巡らせた。そして一つだけ納得できそうな理由に思い至った。


 もしかしたら地球人はまだ魔力に適応しきれていないのかもしれない。それで魔力による身体の変化を完全に制御できていないのではないか? 


 そこに地上とは比べ物にならない濃度の魔素が充満するダンジョンという要素と、魔物との戦いによる命の危険というストレスが加わってその発散のため男を襲うのではないかと。


「まあ、全員じゃねえねけどな。男と同じように自分でなんとか処理する子もいる。手やおもちゃや、あとは女同士とかでな。でもお前みたいなイケメンは確実に襲われるらしいぜ? あ~、俺も早く美女ばかりの高ランクのパーティのポーターになりてぇ! 三つ星ダンジョンに潜ってるパーティの専属ポーターの奴らなんか、毎日何人も相手をさせられて大変だって話だぜ? 俺とそう変わらねえツラなのによ! くぅぅぅ! 夢があるよなぁ!」


「手やおもちゃ? 女同士で?」


 ユウトは夜な夜な手やおもちゃ、そして姉妹同士で慰め合う玲と楓を想像し興奮した。股間の勇者のひ孫も辛抱たまらんと直立不動の姿勢だ。


「くくく、期待しちゃうよな。まあ、まだ先の話だ。この一つ星ダンジョンだってそう簡単には攻略はできねえ。せいぜいあの可愛い子ちゃんたちに捨てられないように頑張るんだな」


 そう言って男は笑いながらユウトの肩をバンバンと叩く。どうやらユウトを羨ましがってはいるが、嫉妬心はそれほど無いようだ。今雇われているパーティに好きな女性がいるのかもしれない。


「心配には及ばないさ、貴重な情報をありがとう。ああ、そうそう、これ約束のポーションだ、受け取ってくれ」


 ユウトは背負っていた背嚢を下ろし中に手を入れ、そこで空間収納の腕輪から5等級のポーションを取り出し男へと渡した。


「お、おい3本もあるぞ? いいのか?」


「いいっていいって。パーティのアイテム管理は俺がしてるんだ。遠慮なく持って行ってくれ」


「ポーターがか? どんだけ信頼されてんだよお前……まあでもありがてえ、また何か知りたいことがあったらいつでも連絡してくれ。俺は倉田って言うんだ、これ連絡先な。いつでもいいからよ、んじゃ俺は戻るわ。良い思いをする前に死ぬんじゃねえぞ」


 倉田と名乗った男はそう言って手を振り階段を降りて行くのだった。



 そして誰もいなくなった階段で、ユウトは腕を組み壁に背を預け目をつぶった。


(まさか地球の探索者にこんな魔力の副作用があったなんてな。てことは義姉さんも現役の時はそうだったてわけか。だからポーターをやっていた旦那さんとくっついたのかもな。あんなわがままボディに迫られて断れる男なんかいるわけねえしな。となるとだ、玲と楓の魔力を増やすことができれば、野営中に二人が頬を赤らめながらエッチな下着姿で”兄さん、抱いて”とか言ってくる可能性が……うほーーっ!!)


 ユウトは玲と楓がエッチな格好で迫ってくることを想像し、腕を組み目をつぶったまま壁に背を預けた状態で腰を前に突き出し大きく仰け反った。


 非常に気持ちの悪い光景である。


 ユウトは玲と楓が夜這いをしに来ると思っているようだが、その確率はかなり低い。いや、ゼロと言っていいだろう。経験済みで割り切れる性格の女性ならともかく、明らかに男性経験が無く真面目な性格の玲と楓が、魔力が増えたからと男を襲うなど考えにくい。だが娼婦やユウトの子種を目的としているカミラとしか経験がなく、エロマンガばかり見ていたユウトの頭の中ではすでに貞操逆転世界が現実化していた。


 エロ関連になると自分に都合の良い思考をしがちになるのも、恋愛経験のない素人童貞の特徴と言えよう。


(そのためにはだ、どうやって二人の魔力を上げるかだな。それも短期間で早急にだ! 一番早いのは強力な魔物を大量に倒させることだけど、今の二人じゃさすがに難しいか。ん? 待てよ? 俺が持っている魔導具マジックアイテムを使わせればできないこともないか)


 ユウトは二人に防具ではなく戦闘用のマジックアイテムを渡し、より強い魔物と戦わせることを考えたようだ。


(うん、そうしよう。マジックアイテムでドーピングすれば、二つ星ダンジョンだって余裕だろう。本当はもっと経験を積んでからこういったマジックアイテムを使わせる予定だったんだけど、ことここに至ってはそうも言ってられなくなった)


 追い込まれやむを得ない風なことを言っているが、義妹とエッチな関係に早くなりたいだけである。


(二人も早く強くなりたいみたいだし、嫌とは言わないだろう。あの魔導具を見せたら防具の時と同様に使いたくなるはずだ。そして今まで倒せないと思っていた魔物を倒せるようになれば、もっと下層へって思うはず。そうして勢いのまま一つ星ダンジョンを攻略して次は二つ星ダンジョンの下層へGOだ。そこで片っ端から魔物を狩って二人の魔力を増やせば……ムフフ)


 気持ち悪い笑みを浮かべながら今後の計画を練るユウト。

 

 そこに5階層に下りる前に、玲と楓に9階層で無理なく戦おうと言った義妹思いの兄の姿はもう無かった。


 義妹の性欲を強くしエッチな関係になるために15階層のボスを倒し、二つ星ダンジョンの下層を目指そうとしている煩悩の塊がいるだけである。


 さすがは腹上死した勇者の孫であり、4分の1とはいえ淫魔の血が流れている男というべきか。

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