第40話 勇者の孫 義妹を安全な寝床に案内する



「あ、兄さん! 階段で何してたの?」


「探したぞユウト」


 二人を密かにパワーレベリングすることに決め階段を下りると、玲と楓は既にお手洗いから戻っていた。ユウトがいないので探していたのか、二人とも少し機嫌が悪そうだ。


 ユウトは一瞬この二人が魔力が増えたらエロエロに……と考えそうになったが、頭を振ってその考えを振り払った。怪しまれてはいけないと、素人童貞卒業がかかっているこの件は慎重に事を運ばなければならないと。


 そんなくだらない決意を胸に、ユウトは二人へと笑顔で応える。


「ごめんごめん、ちょっとほかのパーティのポーターから色々と教えてもらってたんだ。ここじゃ人が多いし煩いからさ、階段で話してたんだよ」


「へえ、兄さんくらい強くてもダンジョンの情報収集とかするんだね」


「そりゃあ、異世界のダンジョンと似てはいるけど、初めて入るダンジョンだからね。俺の知らないこととかもあるだろうし、実際にあったから聞いてよかったよ」


 本当に聞いて良かった。そう、ユウトは心から思っていた。


「素晴らしいな。ドラゴンを使役するほど強いというのに、決してそれに奢ることなく常に最悪の状態を想定して情報収集を怠らないとは。私も見習わなければな」


「そうだね、また兄さんを見直したかも」


「あ、あはは……こんなの常識だよ常識」


 2人から尊敬の眼差しを向けられたユウトは、いたたまれない気持ちになりつつも謙遜の言葉を口にする。


 その情報とは、女性は魔力が増えると性欲が強くなるというものなのだが。


「それで兄さん、寝る場所は探してくれたの?」


「ああ、バッチリだ。付いてきてくれ」


 ユウトはそう言って歩き出した。


 そんな自信満々のユウトの後を玲と楓が続く。



「え? 兄さん? このロープの先は安全地帯じゃないよ?」


 虎柄のロープで囲われている安全地帯から出ようとするユウトを楓が呼び止めた。


「大丈夫大丈夫、ここより安全な場所があるんだ」


「そんな場所があるなんて聞いたこともないよ。あ、ちょっと兄さん!」


 楓が呼び止めたにも関わらず、ロープを超えダンジョンの奥へとどんどん進んで行くユウト。


 そんなユウトに玲と楓は顔を見合わせお互いにため息を吐いたあと、ローブを脱ぎ武器と杖を手に後を追った。



 それから20分後。


「あった、ここだよここ」


 ユウトは扉のない真っ暗な小部屋の前で止まり、玲と楓に笑顔でここが目的の場所だと告げる。


 ちなみに道中に襲い掛かってきた一つ目狼ワンアイドウルフは、全てユウトが『闇刃』で瞬殺している。


「え? ここはもしかして」


「……間違いないよ。ここはモンスターハウスだよお姉ちゃん」


 困惑する姉の横で楓は、急いで収納の指輪から探索者協会から借りている端末を取り出し確認した。この端末は協会から探索者に貸し出している物で、中にはダンジョンの地図や魔物の特徴など様々な情報が入っている。その中の登録されている最新の魔狼ダンジョンの地図を開き、楓はここがモンスターハウスだと確信したのだ。


「そうそう、じゃあちょっと片付けてくるから待っててな。すぐ終わるから」


 困惑する玲と楓をよそに、ユウトは真っ暗な小部屋へと入っていく。そして中にいたのであろう大量の一つ目狼ワンアイドウルフ狼の断末魔の叫び声が聞こえたと思ったら、ユウトが何事もなかったかのように部屋から出てきた。


「あ……え? も、もう? いや、それよりもまさか」


「に、兄さん。まさかこの中で野営をするつもりなの?」


「そうだけど? ここなら誰もいないしちょうどいいだろ?」


 信じられないと言った表情の2人に、ユウトは当然とばかり答える。


「ちょうどよくではない! また一つ目狼ワンアイドウルフが湧いたらどうするんだ!」


「そうだよ兄さん、モンスターハウスだよ? 1匹や2匹じゃないんだよ? いつ湧いて来るかわからない所で安心して眠れるわけないよ」


「ああ、それなら番犬がいるから大丈夫」


「「番犬?」」


 まさかここで番犬などという言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。ユウトの言葉に玲と楓が声を揃えて聞き返す。


「そうそう、まあ1匹で十分だろう。顕現せよ『シャドウウルフ』」


 そんな2人にユウトは空間収納の腕輪から黒い魔封結晶を取り出し足もとへと放り投げた。


 すると魔封結晶から黒い光が放たれ、その光が収まるとそこには銀の首輪を嵌めた体長2メートルほどの真っ黒な狼が佇んでいた。


 リルではBランク魔物の中でもその厄介な種族魔法により、上位に指定されているシャドウウルフだ。


 この魔物はカミラのように影の中を移動し、人間を不意打ちする非常に厄介な魔物なのだ。


「「…………」」


 玲と楓はシャドウウルフが発する存在感に硬直していた。エメラを前にした時と同様に、自分たちでは絶対に勝てない相手だということを一瞬で理解したのだろう。


「エメラと同じで俺の命令には絶対に逆らわないから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ほらお手。いい子だ、次はお座り。よしよし、んじゃ次は伏せ。うんうん、じゃあ……チンチン。いいぞ、そのまま一回まわってワンだ」


『ヴァン!』


「とまあこんな感じだ。可愛いだろ?」


「あ、ああ」


「う、うん」


 ユウトが仕込んだ芸を嬉しそうに披露するシャドウウルフを目の当たりにして、玲と楓はなんともいえない表情を浮かべていた。


 2人の今の心境を例えるならば、山を歩いている時に熊が現れたと思ったら突然その熊が玉乗りをしながら木の実でお手玉を始める姿を見た感じだろうか? どう反応していいかわからないのも無理もない。


「んじゃあシャドウウルフ、中で見張りをよろしく。まあみんな逃げるだろうけど」


 微妙な表情を浮かべている玲と楓に、ユウトはウンウンと頷いたあとシャドウウルフへと命令をする。そしてユウトの命令を受けたシャドウウルフは、ヴァンッと、短くひと鳴きしたあと自分の影の中へと沈んでいった。


 魔物は人間の魔力に寄って来るが、自分よりも遥かに強力な魔物がいれば当然逃げる。魔界は地上よりも遥かに過酷な弱肉強食の世界だ。魔界の魔物の本能を引き継いでいる魔物ならば当然の行動だろう。だからユウトは番犬と言ったのだ。


「これでヨシと。じゃあ中に入ろうか」


 そう言って小部屋の中に入っていくユウト。


「ヨシって……ハァ、わかった」


「そうだよね、兄さんは異世界人だもんね。私たちの知ってる常識は通用しないんだ。うん、わかってた。わかっていたんだけど……ハァ」


 玲と楓は理解するのを諦めたかお互いにため息を吐き、疲れた表情を浮かべながらユウトの後に続いて小部屋へと入るのだった。

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