第38話 勇者の孫 休憩所で声を掛けられる
「うおっ! すげえ集まってんな!」
5階層へ繋がる階段を降りると階段の周囲で大勢の人がテントを張ったり、そのまま地面の上で寝袋にくるまっている光景が広がっていることにユウトは驚く。
ダンジョンの階段周辺は魔物が近寄らない。これは魔物が別の階に移動しないよう、ダンジョンが結界のような物を張っているのではないかと言われている。そのため探索者たちは安心して眠れる階段の周辺で野営をするのだ。
そんな驚いているユウトへ、白いローブを纏った玲と楓が反応した。
「もう夜だからな。探索を終えた者たちが集まって来ているんだろう」
「5階層にも補助組合の休憩所があるからみんな集まってくるんだよね。仮設トイレもあるし」
「じゃあ3階層にあった休憩所も今頃は人でいっぱいなのか」
ユウトは楓が指差す階段のすぐ横にある補助協会の天幕を見ながら、3階層の階段横にあった休憩所を思い出していた。
ただ、その時はまだ夕方前ということもあって、補助組合から管理運営要員として派遣されたポーターの男3人しかいなかった。
探索者補助組合組合の運営する休憩所は、一つ星ダンジョンは3階層と5階層と10階層。二つ星ダンジョンは5、10、15階層に設置されている。ちなみに三ツ星ダンジョンには休憩所はない。これは利用者が少ないことと、管理運営をする人員を送り迎えするための護衛の探索者を雇うのに高いコストがかかるためだ。
休憩所ではテントなどの野営道具のレンタルに武器防具の販売。保存食と水の販売などを行っている。そして有料仮設トイレも設置してある。玲と楓も、ここに来る途中で3階層にある休憩所の仮設トイレを利用していた。
休憩所以外でトイレをしたくなった場合だが、ダンジョンでの排泄は基本的には探索者各自が用意する携帯トイレを使う。そして使用済みの携帯トイレは、なるべくメイン通路から離れた場所の道の端に置くことになっている。これは同じ場所に1日以上置いてある物をダンジョンが吸収するという特性を利用したものである。
「そうだよ。私たちが3階層の安全地帯でキャンプしていた時は、ここと同じで持ってきたテントなんて展開できないくらい人でいっぱいだったんだ」
「ほかの探索者パーティのポーターの男たちの視線を避けながら着替えたり身体を拭くのは大変だった。テントとテントの間のスペースを利用したことで、なんとかポーターたちからの視線からは逃れることは出来たが……」
「安全地帯なのに全然気が休まらなかったよね」
玲と楓がゲンナリとした様子で当時の様子を語る。
安全地帯は階段から半径20メートルほどの半円となる。その狭い場所に人が通る細い通路だけを残し、所狭しとテントが並びその隙間に寝袋にくるまったポーターの男たちが寝ている。
「玲と楓をイヤラシイ目で見るとか許せないな。大丈夫、俺がそんな奴らを近づけさせないから」
「……そうか」
「あ、うん」
ユウトが決意を込めて放った言葉は二人の心には響かなかった。
2人のシラけきった表情から、イヤラシイ目でいつも見てるのはお前だろうと。そう思っているのは誰の目から見ても明らかだった。気付いていないのはユウトだけである。
「とりあえず私たちはお手洗いに行ってくる」
「戻ってきてから野営できそうな場所を探そうよ。3人だけだからそう苦労しないと思うし」
2人は階段から離れた場所。安全地帯の範囲ギリギリにある白い天幕を指差しそう言った。
この白い天幕の中に仮設トイレが設置されている。ただ、トイレの数は少ないので、天幕の外は探索者の長い列ができている。
「野営場所は心配するな。俺が安心して眠れる所を探すから」
二人に向かってユウトは両腰に手を当て、胸を張ってそう告げる。
しかし玲と楓はそんな謎の自信に満ちたユウトの言葉に、お互いに顔を見合わせてクスリと笑い合ってから”期待してるね”と言葉を残し仮設トイレへと歩き出すのだった。
「しっかしこういうのを芋洗い場っていうんだったか? いくら安全地帯でも、リルじゃ絶対こんな人が多いところで野営なんかしねえよな。やっぱ日本て治安が良いんだな。やっぱ教育が行き届いているからかね」
ユウトは軍の野営地以上に密集して張られているテントや、壁際の狭いスペースに敷かれている寝袋を見ながらそう呟いた。
リルでこんな人の多いところで野営したら間違いなく荷物や装備はなくなるし、女性冒険者は襲われそのまま攫われることだってある。
冒険者には誰でもなれる。孤児でもその辺のゴロツキでもだ。中には盗賊とつるんでいる者だっている。もちろんまともな冒険者の方が多いが、隣にいるパーティがそうだとは誰もわからない。ならば同業者は警戒すべきなのだ。殺してしまえば証拠の残らないダンジョンでは特にだ。だが日本ではこうして平気で同業者同士、肩を寄せ合って野営をしている。
これは教育を受けていない孤児やまともな仕事に就けないゴロツキが冒険者に多いリルと違い、日本ではほぼ全員が最低限の教育を受けていること。ある一定の魔力がないと探索者になれないこと。そしてポーターの男は魔力がないので、女性を襲いたくても襲えないからなのだろうとユウトは予想した。
(良い国だな。爺ちゃんの言っていた通り、人と人とが信用することから関係を築いている。最初聞いた時に一族同士でもないのにそんなのあり得ないと思ったけど、この光景を見せられちゃな……ん? 誰だあの男)
ユウトが仮設トイレの列に並んでいる義妹たちを見ながら感慨に耽っていると、黒いプロテクターを身にまとった同じ年くらいの男がこっちへと向かって来ていることに気付いた。
その男はユウトが気付くと片手を上げ、人懐っこい笑みを浮かべながら口を開いた。
「よう、同業者。プロテクターすら着けねえでよくここまで来れたな。なあ、さっきの美少女2人は雇い主か? まさかとは思うがたった3人でここまで来たとか言わねえよな?」
どうやらユウトたちが3人で階段を降りてきたのを見ていたようだ。
「そうだけど?」
「オイオイ、あの2人のローブに付いていたのは探索者学園の校章だろ? たった2人で5階層まで来れるくらい今の学園ってそんなにレベルが高いのか? それともあの2人が特別強いとかか?」
「あはは、まあね」
まさか自分がいるからだとも言えず、ユウトは頭をかいて誤魔化した。
「ヒュゥ♪ すげぇ新人が現れたもんだ。俺もそんな強い美少女のポーターをやりたかったよ。こっちはとてもじゃねえが美人とは言えなくてよ。ああ、文句はねえんだぜ? 定期的に雇ってくれてるからな。ありがたいとは思ってる。でもあんな美少女2人を見せられちゃうとなぁ。上手いことやったなオイ!」
「ま、まあお互い仕事があるだけ良かったということで」
ユウトは内心でこのよく喋る男をめんどくせえと思いつつも、逃げようにも玲たちが戻って来るまでここから移動するわけにもいかず、諦めて適当に対応することにした。
「そりゃそうなんだけどよ〜。そんなに強いんじゃあの子たちは数年もしない内に二つ星の下層とか行きそうじゃん? その時にお前がポーターをやってると思うと羨ましくてよ。あ〜俺もあんな美少女に寝ている所を襲われてえ!」
「え? 襲われる? なんで?」
ユウトは男の言っている言葉が理解できなかった。なぜ二つ星ダンジョンの下層に行くと、自分が寝ている所を玲と楓に襲われるのか。地球の探索者は魔力が多いと凶暴化でもするのだろうか? そういえば義姉の翠は気が短かった。そのことをこの男は心配? いや期待しているのか? ドMなのかと。
しかし次に男の口から出た言葉は、ユウトが想像すらしていないものだった。
「あん? そんなの決まってるじゃねえか。魔力の多い女は性欲が強くなるからだろ」
「は? え? い、今なんて?」
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