第37話 勇者の孫 良い人になる
玲と楓がT字路へと向かうと、ちょうど右の通路から10匹の一つ
そして次の瞬間。後方から複数の黒い半月状の刃が2人を追い抜いていき、先頭を走っていた一つ
ユウトの放った闇の精霊魔法、『闇刃』だ。
突然前を走っていた仲間が倒れたことで動揺したのか、残りの4匹の走る速度が落ちる。
「伏せてお姉ちゃん! ファイアーボール、ファイアーボール!」
そこへ楓がファイアーボールの杖を構え玲に伏せるように叫んだあと、バスケットボールほどの大きさの火球を放った。そしてそれは2匹の一つ目狼にそれぞれ直撃し、一つ目狼は火だるまになりながら倒れた。
「ハアァァァ! ハアッ!」
それと同時に玲がミスリルの剣を構えながら距離を詰め、残りの一つ
やがて火だるまになっていた一つ目狼と玲に両断された狼は、小さな魔石を残しその姿を霧散させた。
「楓、早く!」
「わかってるよお姉ちゃん」
霧散した一つ
玲と楓は倒した魔物が霧散する際に発する魔素を浴びているのだ。倒された魔物が霧散する際に発生する濃度の高い魔素は、一番近いところにいる人間の周囲に留まる。これはダンジョンを作った魔神が人間を強くし、より高難易度のダンジョンに挑ませるためだと言われている。そして魔神は
十数秒ほど一つ
そんな彼女たちをユウトは警戒している風を装いつつ、2人が魔石を拾うために
その表情は本当に幸せそうだ。
「ユウト、魔石の回収は終わったぞ」
「お、おう。お疲れ」
魔石を拾い終わりユウトへと視線を向ける玲と楓に、少し残念な表情を浮かべながら2人を労うユウト。
「それにしてもたった半日でこんなに魔石が集まるなんて」
脳裏に浮かぶ収納の指輪に入っている魔石の数に困惑する楓。。
「回収してないのも含めると相当な数になるな。そのぶん私たちもユウトに相当酷使されたが」
そんな楓に答えつつ、玲はユウトのスパルタ振りにため息を吐いた。
「精霊魔法で体力と疲労を取り除くことができるなんて知らなかったよ。そしてそれをいいことにたった数時間で4階層の奥地まで走らされるなんて。失った魔力も貴重なはずの魔力回復ポーションをどんどん飲まされて回復させられるし」
「あはは、それには理由があるんだよ。魔物の数が多かったろ? あれって実は俺のせいなんだ」
「ユウトのせい? それはどういうことだ?」
「兄さんがいると魔物が大量発生する? あっ! もしかして魔力が多いから!?」
「正解。俺の魔力に魔物が反応したから、あんなにたくさん魔物が集まってきたんだ」
魔物はある一定の範囲内に人間の魔力が固まっていると、その魔力に合わせて数を増やしながら向かっていく。ユウトの進む先々で他の探索者たちが大量の魔物に襲われていたのは、ユウトたちへ向かっていった魔物の通る道にたまたま探索者がいたからに過ぎない。
魔界に実在する魔物のアバターであり、しかも低ランクの魔物の知能は悲しいほど低い。進行方向に探索者がいれば、それを目的の魔力だと誤認するのも仕方がないだろう。
巻き込まれた探索者たちには気の毒だが。
「そういうことだったのか……一つ
「少しでも早く下に降りることで、他の探索者を巻き込む確率を下げるためだったんだね」
「こんなに探索者が多いとは思ってなかったからね。できるだけ他の探索者に迷惑をかけないように、探索者の多い上層階は早く通り過ぎたかったんだ。まあそれでも巻き込まれる探索者はいると思ったから、闇精霊に頼んでなるべく巻き添えを食った探索者のいる所を通るようにしてたし。ポーションも多めに置いていったから死者は出ていないと思う」
「ああ、だからあんなに何度も曲がったりしていたのか」
「兄さんもちゃんと他の探索者のことを考えていたんだね。ちょっと見直したかも」
「そりゃあな。結果的に魔物の擦り付けと似たようなことになるし。っと、5階層の階段だ」
ユウトたちが話していると5階層のへ繋がる階段が通路の先に見えた。
「まさか半日にも満たない時間で5階層までたどり着くとはな」
「私たちは5日掛けて3階層止まりだったのにね。やっぱり兄さんに手伝ってもらって正解だったね」
「ああ、これなら涼子よりも下の階層に行けそうだ」
「そうだな。確か涼子って子は8階層まで行ったんだったか? 9階層からは
「そうだな。
「お姉ちゃん、その前に9階層に無事たどり着けるのかを心配しなきゃだよ。6階層からは魔物の数が増えるんだよ? そのうえ魔力の高い兄さんがいるんだ。絶対今日よりしんどいよ?」
一つ星ダンジョンは5階層毎に出現する魔物の数が増えていく。そこに誘蛾灯ならぬ誘魔灯のユウトが行けばどうなるか? 今日より大量の魔物と戦うことになるのは間違いないだろう。
「それは……確かにしんどそうだな。だが今日も戦った魔物は多かったが、ユウトのおかげで傷一つ負っていない。確かに精神的にはキツいが、以前より楽に一つ目狼を倒せるようになったのは間違いない。私たちは強くなっているんだ楓」
「そっか、そうだよね。確かに強くなってる気がする。魔力も少し増えた感じがするし。うん、私がんばるよ!」
「大丈夫だよ2人とも。今日みたいに俺が間引きするから。少しずつ戦う数を増やしていこう」
「ありがとうユウト。強くなったらこの借りは必ず返すから」
「家族なんだからそういうこと言うなって。2人を世界一の探索者にするって言ったろ? 俺は有言時効をする男なんだ」
そう言ってユウトは親指を自分の胸に向け、玲にウィンクをした。
「ぷっ、時効って……あははは! 兄さんそれじゃあ言ったことをずっとやらないって意味に聞こえるよ」
しかし有言実行と時効を間違えていたようで、楓に大爆笑をされてしまう。玲も隣で笑いを堪えられないようだ。
本当にカッコつかない男である。
「え? そうだっけ? あ、あはは……じゃ、じゃあ下に降りようか。確か5階層にも休憩所があったはず。ほら、早く行こう」
思いっきり恥をかいたユウトだったが、笑って誤魔化しながら階段へと歩き出した。
「ククク、ユウトといると飽きないな」
「あ〜笑った。うん、本当に飽きないよね。お兄ちゃんか、なんかいいね」
「そうだな。兄がいるというのも良いものだな」
2人は恥ずかしそうにそそくさと歩き出したユウトの背に視線を向けながら、兄としてのユウトを認め合うのだった。家族愛が芽生えた瞬間である。
まさに決める時に決めないことで、良い人止まりになる典型的な事例と言えよう。
こうしてまた一歩、ユウトが2人の恋愛対象となる道は遠ざかったのだった。
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