第27話 勇者の孫 装備を渡す



「兄さん、お願いがあるんだけど」


 畳の上で胡座あぐらをかいてテレビを見ていたユウトの前に楓は姉と座り、姉とお互いに頷き合った後にユウトへ真剣な表情で口にした。


「ん? お願い?」


「うん、明日の訓練だけど、ダンジョンでの実戦訓練にしてくれないかな? それで、できれば下層まで行ってキャンプをしたいんだ」


 楓は帰り際に涼子に言われたことが悔しかった。あんな嫌がらせをする女に負けたくなかった。だからユウトに実戦訓練をしてもらいつつ、ダンジョンの下層まで連れて行ってもらおうと考えた。


 別にこれはズルでもなんでもない。戦わずともダンジョンの下層で魔素を吸うだけでも微量だが魔力が上がることから、新人探索者が強い探索者に引率されて下層に行くことはよくあることだ。


 探索者企業シーカーカンパニーは新人の探索者が入社すると、まず最初に新人研修で一つ星ダンジョンの下層まで引率してキャンプをする。そうして魔力の底上げをするのが普通である。


 そういった研修があることを楓は知っているから、ユウトに訓練兼引率を頼んでいるのだ。本当は戸籍を得たばかりのユウトに日本をもっと案内してあげたかった。行きたがっていた渋谷や新宿にも連れて行ってあげたかった。でも悔しさと早く強くなりたいという気持ちを楓も玲も抑えることはできなかった。


 ちなみに楓たちは知らないことだが、実は涼子も母親の会社に所属している探索者に付き添いを頼み8層にたどり着いている。いくら優秀な学園の生徒だからといっても、初めてのダンジョン探索で8層まで行けるはずがないのだ。


 真剣に、しかしユウトに申し訳ないという気持ちがにじみ出ている表情を浮かべる二人。そんな二人の願いに対しユウトは


「うん、いいよ。明日からダンジョンに行こう」


 あっさりと楓たちの申し出を受け入れた。


「え? いいの? 何日も泊まり込みになるんだよ? その間に兄さんが行きたかった渋谷とか行けないんだよ?」


「観光するのをあんなに楽しみにしていたのに、本当にいいのか?」


 あまりにあっさりと了承したユウトに、楓と玲は思わず確認をしてしまう。


「まあ観光をしたいのは確かだけど、戸籍が手に入った以上はいつでも行けるしね。でも楓たちはダンジョンに集中して潜れるのは夏休みの間だけだろ? それに俺が戸籍を取得したらダンジョンに一緒に潜るって約束だったじゃん」


 ユウトはもともと訓練よりも実戦派だ。ダンジョンという薄暗いうえに多くの分岐やエゲツない罠がある空間では、剣技なんかよりも実戦経験が物を言うことをユウトはよく知っていた。


 剣など基礎さえ出来ていれば良いのだ。あとは実戦をこなしていけば勝手に腕は上がっていく。幸い玲と楓は基礎はできている。だからユウトは二人の申し出をあっさりと受け入れたというわけだ。


「確かに数日前に約束はしたけど……本当にいいの?」


「私たち二人だけだぞ? 確実に足手まといになるぞ?」


「大丈夫大丈夫。一つ星だろうが三ツ星だろうが俺が二人を必ず守るから。安心してついてくればいいよ」


「ユ、ユウト……」


「あ……兄さん」


 ユウトの学園の口だけの男子たちとは違い、実力を伴った人間の口から出た男らしい言葉に玲は顔を赤らめ、楓も目を潤ませた。


「?? 兄さん、どこを見てるのかな?」


 が、ユウトの視線が自分の太ももを凝視していることに気付き、潤んだ目から一転、楓の目はジト目となった。


 今日の楓は薄い水色のワンピース姿だ。その彼女が目の前で正座をしていれば、ユウトが三角ゾーンを気にしない訳がない。


「あ、いや畳が傷んでいるんじゃないかと気になって。でもよく見たらそうでもなかったみたい。あはは……」


 ユウトは楓の見えそうで見えない三角ゾーンを見ていた事がバレたことに動揺し、慌てて苦しい言い訳を口にした。


「兄さんってほんと……ハァ」


 ユウトの苦しい言い訳が当然通用するはずもなく、楓は大きくため息を吐いた。その隣では玲が座布団を楓の膝に乗せながら同じくため息を吐いていた。


 せっかく二人の心をつかむチャンスだったのに、スケベ心がそれを不意にしてしまったようだ。さすが恋愛経験ゼロの素人童貞である。


「じゃ、じゃあ昼に約束した装備を準備しないといけないから明日な。6時くらいに楓の家に迎えに行くから」


 居づらくなったユウトは慌てて立ち上がり、楓たちにそう言って居間を出ていった。


 そんなユウトの様子をキッチンから見ていた美鈴が、楓たちに何があったのと聞くと、玲と楓はお互いに顔を見合わせた後にクスリと笑いなんでもないと返すのだった。



 ◇



「いらっしゃい兄さん! さあ、早く入って」


「来たなユウト、待っていたぞ」


 翌朝、ユウトが玲と楓の家のインターホンを押すと、すぐに二人が玄関を開けて迎え入れる。


「あ、うん。お邪魔します」


 まだ朝6時だというのに目を輝かせている二人にユウトは圧倒されつつ、二人に促されるまま家へと入りリビングへと向かった。


「なんかテンション高くないか?」


 ソファーに腰掛けたユウトは、向かいに座った二人へそう口にした。


「そりゃあダンジョンにリベンジできることもそうだけど、兄さんが用意してくれる装備がどんなのか楽しみだからだよ」


「私たちの装備はまだ修理中だからな。ユウトの用意してくれる装備を楽しみにしているんだ」


 どうやら二人はユウトが用意すると言った装備が楽しみで仕方なかったようだ。その辺りはやはり元トップ探索者の娘ということなのだろう。


「ああ、そういうことか。まあ期待を裏切らないことは約束するよ。この世界に現存する装備で間違いなく一番良いものだから」


「きゃー! 世界で一番良い装備だってお姉ちゃん!」


「う、うむ。ユウトの用意してくれる装備を当てにしてダンジョンに入りたいと言った図々しい私たちに、それほどの物を用意してくれるとは。ありがとうユウト」


 ユウトの言葉に楓は玲に抱きついて喜び、玲もニヤける顔を抑えきれないでいた。そして図々しいお願いをした自分たちの願いを聞き入れてくれたユウトに感謝をした。


「そんなこと気にする必要ないから。男の俺じゃ装備できなくて死蔵してたもんだしさ」


 嘘である。いつか冒険者の恋人ができ、一緒にダンジョンに潜る時のために大切に保管していたものである。しかもハーレムを作るつもりだったのでかなりの数がある。


 残念ながらリルでは最後まで使ってくれる人は現れなかったが、玲と楓が使ってくれそうなことにユウトも嬉しいのだ。昨夜は遅くまで二人に渡す装備を選んでいたくらいだ。


「女性専用の装備だと言ってたよね。サイズも問題ないって話だったけど、本当に大丈夫なのかな?」


「私たちはその……胸が少々大きいからな。いつも装備のサイズ調整には時間がかかるんだ」


「大丈夫大丈夫、そこは全く問題ないから」


 恥ずかし気にTシャツを押し上げる自分の胸を見て口にする玲に、ユウトはその胸をチラリと見ながらそう口にする。


「サイズの調整が必要のない装備がどんなのか想像もつかないよ」


「確かインナーと一体となっていると言ってたな。ますます想像がつかないな」


「高ランクのダンジョンからは、そういう装備も出るってことだよ。デザインも色々でさ、何千年も前に栄えた国の女騎士の装備や大魔女と呼ばれていた人の装備なんかもあるんだ」


 ダンジョンの宝箱に入っている装備は、基本的に過去にそのダンジョンで命を落とした者が身に着けていた装備がほとんどだ。そういった装備をダンジョンが吸収し、魔力を纏った装備や特殊効果が付与された装備となり宝箱から排出される。


 そうしたシステムなので百年前の装備から何千年も前の独特な物まで、幅広いデザインの装備があるわけだ。


「大魔女……それは相当すごそうな装備だね」


「何千年も前の騎士の装備か……ロマンがあるな」


 ユウトの説明に魔法少女に憧れていた楓は目を輝かせ、玲は遙か古代に戦った女騎士の姿を思い浮かべ胸を高鳴らせていた。


 二つ星や三ツ星ダンジョンからも全身鎧や魔法使いのものらしきローブが宝箱から出るが、そういったものは特殊効果はついていないが魔力を帯びており耐久性が高い。それに数が少なく非常に高価だ。


 しかし今回はそれよりも明らかに貴重な装備を貸してもらえることに、二人は期待で胸が張り裂けそうだった。


「はは、まあそうだね。んじゃもったいぶっても仕方ないからとっとと出すね。玲にはこれ、そして楓にはこれだ」


 期待に目を輝かせている二人にユウトは笑いかけ、さっそく空間収納の腕輪から装備を取り出しテーブルの上へと置いた。


「え……これが魔法使いの装備?」


「これが女騎士……の?」


「ああそうだよ。地球には存在しない英雄級の装備だよ」


 テーブルいっぱいに置かれた装備を見て困惑する楓と玲に、ユウトは自信満々にそう告げるのだった。


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