第26話 勇者の孫 令嬢に変顔をして引かれる




「あら? 玲に楓じゃない。偶然ね」


 白のワンボックスカーに荷物を積み込んでいる集団を横切ろうとした時、そこにいた一人の女性が玲と楓へと声を掛けてきた。


「あ、涼子りょうこ……」


「チッ」


 彼女の名は上村かみむら 涼子りょうこ。玲と楓と同じ探索者学園の3年生だ。


 涼子はカールに巻いた黒髪を後ろでアップにまとめており、背は160センチ半ばほどだ。ややつり目なせいか少々キツい印象を受けはするが、玲と楓並に整った顔立ちをしている。


 そんな涼子に声を掛けられた楓と玲は、露骨に嫌な表情を浮かべ立ち止まった。


「あら? せっかく声を掛けてあげたのにずいぶんな対応じゃない。傷つくわ」


「自分が私たちにした事をよく思い出してみるのだな」


 傷つくと口にしながらも、口元に笑みさえ浮かべている涼子に玲が辛辣な言葉を投げ返す。


「なんのことかしら? もしかして貴女たちがパーティを組めないのは、私のせいだとでも思っているの?」


「わかっているじゃないか。皆お前の顔色をうかがって私たちの誘いを断っているんだ。お前が母親の会社をバックに3年の生徒に圧力を掛けたせいでな」


「それは言い掛かりよ。それとも何か証拠でもあるの?」


 玲の言葉に涼子は心外だとばかりに肩をすくめる。しかしやはりその口元には笑みが浮かんでいる。


「しょ、証拠は……」


「無いのに私が圧力を掛けたと言ったの?」


「うっ……しょ、証拠なら!」


「お姉ちゃん、駄目だよ」


「くっ……」


 玲が言い返そうとしたところを楓が慌てて止めに入った。


 実はパーティに誘って断られた生徒から、涼子が圧力を掛けているという言質は取れている。しかしその事は本人に誰にも言わないからと約束をしたうえで聞き出した言葉だ。それを姉が口にしそうだったから楓は慌てて止めに入ったのだろう。


「ふふふ♪ 証拠もないのに私を疑わないで欲しいわね。まあどうせ貴女は謝らないでしょうし別にいいわ。心の広い私に感謝することね」


 涼子の言葉に車に荷物を積み込んでいた2人の男子学生と、それを見ていた取り巻きらしき5人の女生徒たちも馬鹿にしたような笑みを浮かべ玲を見ている。


「誰が感謝などっ!」


「お姉ちゃん、いちいち涼子の言葉に反応したら駄目だよ」


 見下すような視線で嫌味な言葉を投げかける涼子に玲は激昂しかけるが、再び楓にいさめられ歯を食いしばり堪えた。


「ふふっ、相変わらず短気な女ね。あら? 後ろにいるイケメンはどなたかしら? 学園の生徒には見えないけど」


 玲が楓に止められ悔しそうな顔をしたことに満足したのだろう。涼子は勝ち誇ったかのように口にすると、そこで初めて玲と楓の後ろに立っているユウトの存在に気付いた。


「……親戚だ」


 玲がそう答えるとユウトは軽く手を上げて挨拶をした。その表情は笑みを浮かべようとして無理やりこらえているような顔になっている。


 ユウトはイケメンと言われたことが嬉しかった。しかし玲たちと何やらモメている相手に笑顔を見せるのはマズイと思い、必死に堪えているのだ。


 その結果、非常に気持ち悪い顔になっているのだが。


「うっ……」


 そんなユウトの気持ち悪い顔に、涼子もその後ろにいた同級生の女子たちも引いていた。


 顔をひきつらせていた涼子だが、見なかったことにしたのだろう。スッとユウトから視線を逸らし、再び人を見下したような視線を玲へと向けた。


「親戚ねぇ、本当かしら? その人かなり良い身体をしているわよね。もしかして学園でポーターが見つからないからその人に頼んだの?」


「だからどうしたというのだ。お前には関係のないことだ」


「ふーん、危険なダンジョンに一緒に入るのを了承するなんて、ずいぶんと都合の良い親戚がいたものね」


「私が嘘をついていると言いたいのか?」


「別に? 親戚だろうとそうでなかろうと、私にはどうでもいいもの。ただ、どうやって危険なダンジョンに学生と入ることを承諾させたのかなと思って。もしかして……それを使ってとか?」


「なっ!? どこを見ている! そんな事をするわけがないだろう!」


 涼子が玲の胸を見たことで、身体を対価にユウトを誘ったと思われたと思った玲は強く否定した。


「冗談よ冗談。あ、そうそう。ダンジョンと言えばあの出来損ないたちと、たった4人でダンジョンに入ったって聞いたわよ? それって本当なの?」


「出来損ないなんかではない! 大切な仲間だ!」


「あーはいはい、ごめんごめん。それでもう入ったの?」


 仲間を侮辱され憤る玲だが、涼子りょうこにサラッと流される。


「チッ……入ったがそれがどうした」


「本当にたった4人で入ったなんて……これはさすがに予想外だわ。それで? 何層まで行ったの?」


 さすがの涼子もたった4人でダンジョンデビューをするとは思っていなかったようだ。呆れながらもどこまで潜ったのかを玲へと問いかける。


「別に何層だっていいだろう。お前が知る必要のないことだ」


「あら? じゃあ1層で逃げ帰ってきたと思うことにするわ。夏休み明けの学園が楽しみね」


「くっ……3層だ」


「プッ! まあそうよね。そんなものよね。ああ、私たちはもう8層よ。今日は装備の更新とポーションの補充に来たの」


「なっ!? もうそんなところまで!?」


「うそ……」


 予想していた以上に自分たちより下層に行っていた涼子に玲だけでなく、楓も驚いた。


 通常は15層ある一つ星ダンジョンを、新人の探索者が攻略するのに1年から2年は掛かると言われている。学園卒の優秀な探索者でも卒業して半年から1年ほどだ。過去に卒業して3ヶ月ほどで攻略した者もいるが、そういった者たちは今では軍の精鋭部隊所属かトップ探索者となっている。玲と楓。そして涼子の母親もその一人だった。


 それをこの夏に探索者資格を取得したばかりの同級生が、もう8層まで潜っているのだ。二人が驚くのも無理はないだろう。


 まあこれにはカラクリがあるのだが。


「うふっ♪ 私たちのパーティは優秀だもの。とは言ってもさすがの私たちでもそれ以上下層はまだ無理だけど。しばらくは8層でキャンプするわ。ふふっ、差がついちゃうわね。夏休み明けの魔力測定が楽しみだわ。もともと私と貴女たちでは少ししか差がなかったのに、私が8層でキャンプすれば……あっという間に私が学年トップね」


 ダンジョンは下層に行くほど魔素が濃くなる。当然下層の魔物の方が上層の魔物を倒した時よりも倒された時に放つ魔素は濃い。よって下層で戦う方が上層で戦うよりも保有魔力量は増えやすい。そしてたとえ戦わなくとも安全地帯で寝泊まりするだけでも保有魔力量は少量たが増える。


「そうか、それは良かったな。私たちはもう帰らないといけないんでな。いつまでもお前の相手をしているほど暇ではないんだ」


「あら? 悔しそうね? まあいいわ、私たちもこんな所で立ち話をしている暇はないの。新調した三ツ星ダンジョン産の装備を慣らさないといけないから忙しいのよ。ふふっ、じゃあね」


 そう言って涼子はチラリと玲の後ろで難しい顔をして黙って聞いていたユウトに視線を向けたあと、車の助手席へと乗り込んだ。すると取り巻きの男子学生と女子学生たちも続いて車へと乗り込み、涼子を乗せた車はその場を後にした。



「くっ、嫌な女だ」


「本当にムカツクよね。私たちに嫌がらせをしているのはバレバレだっていうのにさ」


「なあ、あのいかにも和風貴族令嬢みたいな子は同級生なの?」


 悔しそうに呟く玲と楓に、それまで黙って事の成り行きを聞いていたユウトが口を開いた。


「ああ、あの女の母親が大手の探索者企業シーカーカンパニーの社長なんだ。それを盾に同級生たちを脅して私たちに嫌がらせをしているんだ。おかげでパーティメンバーが集まらなくてな」


「上位の企業ともなると、ダンジョンアイテムの売買とかで軍やほかの企業とも繋がりが強いんだよ。だからみんな卒業後の就職に影響が出るのを嫌がって私たちを避けるんだ」


「なるほどね。めんどくさいのに目をつけられたな」


 ユウトは上位貴族の令嬢に睨まれた下級貴族令嬢みたいなものかと想像した。リルでも親戚の子が、公爵家の令嬢から嫌がらせを受けていたなと。まあ爺ちゃんが公爵家に乗り込んで、その令嬢を修道院送りにさせていたけど。と、そんなことをユウトは思い浮かべていた。


「お母さんと涼子の母親が学生時代から仲が悪かったんだ。探索者時代もライバルだったらしいんだよ。そういう因縁があるからか、変な対抗心を持たれているんだ。迷惑な話だよ」


「親の因縁を子がねえ……まるで貴族の家みたいだな」


「貴族のことはよくわからないけど、多分魔力量が私たちより少ないことを母親に言われたんだと思う。それで私たちが気に食わなくなったんじゃないかな。入学したばかりの頃は、あんな嫌味なことを言ったりする子じゃなかったんだけどね」


「魔力量って……」


 たいして変わらないじゃないかと口にしようとしてユウトはグッと堪えた。ユウトにとってはドングリの背くらべに見えるが、先ほどの会話から彼女たちにとってはそうではないと思ったからだ。


「わかってる。ユウトからすれば大した差はないと言いたいんだろう。私もそう思う。いや、ユウトの圧倒的な力を見せられてから、そう思うしかなくなったと言うべきか」


「ホントそうだよね。私たち今まで何を競ってたんだろうって。魔力測定に一喜一憂していた自分が恥ずかしくなるよ」


「あ、あはは」


 考えていたことを玲と楓に言い当てられたユウトは、笑ってごまかすしかなかった。



 それからユウトは玲の運転する車に乗り、彼女たちの愚痴を聞きながら帰路に着くのだった。



 その日の夕食時。ユウトは美鈴へ八王子の街で見た物や触った物の話を目を輝かせながら話し、美鈴も良かったわねと温かい眼差しをユウトに向けていた。


 ちなみに白髪を隠すために茶色く染めていた美鈴の髪は、現在は黒のボブカットになっており顔からも深かったシワがいくつか消えている。


 そう、ユウトは若返りの秘薬を美鈴にも飲ませたのである。


 遠慮する美鈴に病気は治ったけどまた再発する可能性があるからと、玲と楓にも協力してもらって説得した。そしてなんとか10年若返る3等級と、5年若返る4等級の秘薬を飲んでもらうことに成功した。その結果、美鈴は53歳の頃の肉体となり、白髪も一気に減ったので黒髪に戻したというわけだ。


 ユウトとしてはプリクラの写真に写っている美少女の頃までとは言わないが、翠くらいの年齢まで若返らせるつもりだった。が、美鈴が流石にそれは古い友人たちに誤魔化しきれないと言うので、15年若返ることで落ち着いた。


 やはり老いたとはいえ美鈴も女性なのだろう。若返ってからは今まで以上に笑顔が増え、生き生きとしている。そんな美鈴とユウトの会話に玲と楓も加わっていたがその表情はどこか暗かった。


 そして夕食を食べ終わり玲と楓が食器を洗い終えると、二人は居間の畳の上でテレビを見ていたユウトの前で正座をした。


 それから二人はお互いに頷き合った後、楓が真剣な表情で口を開いた。


「兄さん、お願いがあるんだけど」

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