第25話 勇者の孫 初めて街で遊ぶ



「欲しい物って……ええ……」


 楓たちに連れられて入ったおしゃれなビルの1階の売り場で、ユウトは困惑していた。


 目の前には剣や鎧などの武器や防具。さらには野営道具などが展示されていたからだ。

 

 八王子はダンジョンが密集している奥多摩からほど近く、大きな街であることから奥多摩を主戦場としている探索者が多く住んでいる。そのため探索者目当ての店がこの街には多い。ユウトたちのいる7階建てのビルも、1階から7階まで全て探索者向けの商品を扱っているテナントが入っている。


 1階の売り場は初心者探索者専用フロアなのか、十代くらいの若い男女がほとんどだ。男性はポーターなのだろう、彼らは広いフロアの一角にある盾やプロテクター。そして簡易パワードスーツが展示されているテナントに固まっている。


「ユウト、予備の武器としてこの片手剣が欲しいのだが」


「兄さん、私はあの展示されている魔法使いのローブがいいな。ローブは持っていなくて前から欲しかったんだ」


 売り場の入り口で困惑していたユウトへ、玲と楓が目を輝かせて欲しい武器や防具を口にする。


 そんな二人にユウトは頭をかき、ため息を吐いたのちに口を開いた。


「武器と防具は俺が用意するからさ、装飾品とかもっと女の子らしいものを買いに行こうよ」


「兄さんが? もしかして女性用のダンジョン装備も持ってるの? ローブも?」


「け、剣もあるのか!?」


「ああ、剣でもローブでも、なんならブーツだって一通りあるよ」


「凄い! 兄さんが用意してくれる装備とか期待しちゃうかも♪」 


「私もユウトがどんな剣を貸してくれるのか楽しみだ」


「あはは、まあそこそこ良い装備だし、気に入ってくれると思うよ」


 楓と玲の期待に満ちた質問にユウトは笑みを返して答えた。


「じゃあ革鎧の下に着る服と専用のインナーにしようかな」


「うむ、私もそうしよう。魔力が通りやすい宝箱産の衣服を加工したものが、あっちにあったはずだ」


 ダンジョンの宝箱から得られる装備や衣服は魔力を帯びている。そのため魔力体である魔物の攻撃をある程度防いでくれる。そのことから、探索者は宝箱から出てきた装備や衣服を素材とした物を身につけるのことを推奨されている。


 ただ、宝箱産の防具ともなると値が張ることから、駆け出しの探索者などは地球産の素材で作ったプロテクターなどを身に着けていたりもする。


「だぁぁぁ! だからダンジョンから頭を離そうぜ!? インナーも全部こっちで揃えるから!」


 どうしてもダンジョンの装備から頭が離れない義妹たちに、ユウトは頭を掻きむしりながら吠えた。


「え……服はともかく兄さんがインナーを?」


「さすがにそれは抵抗があるな」


「え? なんで冷たい目で見られてんの? 違うからな? 鎧下よろいしたに着る服もインナーも、装備とセットになってるからいらないってだけだからな?」


「防具とインナーがセットになっている装備? まったく想像がつかないんだけど」


「ユウトのことだから私たちが見たことのない装備を持っているのだとは思うが、さすがに肌着は必要なのではないか?」


「いらないいらない。そういう装備なんだって。だから、な? もうダンジョンのことから頭を離そうぜ? 普通の服とかアクセサリーとか色々欲しい物があるんじゃないか?」


 革鎧などの防具とインナーが一体になっているということが想像できないのか、首をかしげる二人にユウトは手を振って答えた。


「そりゃああるけど……」


「まあユウトがそう言うのなら……こちらは用意してもらう身だしな」


 ユウトの言葉に若干不安をにじませつつも、二人はお互いに頷き合ってから売り場を出るのだった。


 その後は街の至るところを物珍しそうに見ながらあっちへフラフラと歩くユウトを玲と楓が仕方ないなとばかりになだめ、少しお高い服やバッグなどを販売しているテナントが多く入っているデパートへと向かった。


 玲と楓は最初は遠慮していたが、ユウトが勧めるままに大量の服とピアスやイヤリング。そして外出用のバッグを購入した。ユウトも二人に見繕ってもらった服をいくつか購入しており、あっという間にその両腕は買い物袋でいっぱいとなった。


 トイレで全て空間収納の腕輪に収納したが。


 そうして再び手ぶらとなったユウトは、行きたかった映画館とゲームセンターに二人に連れて行ってもらい子供のように楽しんだ。


 玲と楓も欲しかった服や、可愛いけど高くて手が出せなかったバッグをユウトに買ってもらい終始上機嫌だった。やはりそういうところは普通の女子高生なのだ。


 一通り買い物を終えたユウトは、繁華街の外れを歩いていた。


「ん? なんだあの建物。やたら高級そうじゃないか? ちょっと入ってみようぜ!」


「ば、馬鹿! あそこはファッション……ホテルだ。その……恋人同士が……その……」


「兄さん、実は知ってて知らないフリをしてるんじゃないかな?」


「そ、そんなことはないよ」


 真っ赤な顔をしてユウトにファッションホテルのことを教えようとしている玲と、それとは対象的にジト目で疑う楓にユウトは動揺した。


「ふーん、本当かなぁ? 知らないフリして私たちが好奇心で入ってみたいと言うのを期待してたんじゃないかな?」


「ま、まさか。本当に知らないんだ。な、なんか入ったら不味そうな場所みたいだからまた今度にしようかな。あ、ゲーム機が欲しかったのを忘れてた! で、デパートに行こうぜ!」


 考えを見透かされたユウトは、計画の失敗を直ちに受け入れ回れ右をして再び繁華街へと歩き出した。


 そんなユウトに玲はホッとした表情で、楓は呆れた顔を浮かべ着いていくのだった。


 本当にどうしようもない男である。


 そうこうしている内に日が沈み、三人は帰るために車を止めている駐車場へと向かった。


「マジ凄かった! 画面の中から物が飛んできて当たるかと思ったし、カーチェイスのシーンでは座席がアホみたいに揺れるし! 爺ちゃんから聞いていた映画館とぜんぜん違うんだけど!?」


「ふふっ、アクション物以外はあんなに動いたりしないさ」


「あはは、兄さんが楽しめたようでなによりだよ」


 駐車場に着いたユウトたちは、ワイワイと体感型映画館で観たアクション映画の感想を楽しそうに話しながら車を停めている場所まで歩いていた。


 ダンジョンが現れて以降、高齢者の多い政治家や高級官僚。そして企業のトップや役員など、国や社会を支えていた男性が次々と亡くなったことで世界は大混乱に陥った。それにより世界の科学力や技術力は20年ほど発展を止めることになった。それでも秋斗が召喚された2000年よりは30年は技術が進んでいる。ユウトが秋斗から聞いていた映画館と違うのも当然であろう。


 そんな風に話しながら歩いていると、前方で大きなワンボックスカーに荷物を積み込んでいる集団がユウトたちの視界に入った。


 そしてその前を横切った時だった。


「あら? 玲に楓じゃない。偶然ね」


 荷物を積み込んでいた集団の中にいた女性が、玲と楓へと声を掛けてきた。


「あ、涼子りょうこ……」


「チッ」


 涼子と呼ばれた女性に声を掛けられた玲と楓は、まるで会いたくなかった人間に会ってしまったかのように露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


 そんな彼女たちの後ろでユウトは、 ”うはっ! 黒髪版の貴族令嬢風美少女キタッ!”などと心の中で叫んでいた。


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