第22話 勇者の孫 義姉を取り込む
「昨夜は本当にごめんなさい」
「いやぁ、誤解が解けたならそれでいいです。どうか頭を上げてください」
翠の突然の帰宅から命の精霊による再生を行った翌日の朝。美鈴の家の居間では、白いワイシャツとパンツスーツ姿の翠が正座をして深々と頭を下げていた。翠の両隣には玲と楓もおり、昨夜の暴走する母を止められなかった責任感からか二人も頭を下げてる。
そんな翠たちにユウトは頭をかきながら頭を上げるように言った。
「ありがとう。ハァ……私の右眼と右足の再生だけでなく、その他の傷跡も消してくれた人にいきなり剣を向けたあの時の私を殴ってやりたいわ」
翠はトップ探索者であった。当然ダンジョンに潜っていた時間は長く、そして戦う魔物も地球基準では強敵揃いだ。そんな魔物たちと18の頃から引退する30歳までの12年間戦い続けてきたのだ。当然無傷なはずはなく、現在地球にあるダンジョンで手に入る4等級のポーションでは治しきれなかった傷も多い。
腕や胸や背中。そして太ももなどに傷跡があった翠の身体は、まるで探索者になる前の時のように綺麗になっていた。その傷を治してくれた恩人を工作員呼ばわりし、話も聞かずに剣を向けたことを今更ながらに後悔していた。
「俺はただ精霊に翠さんの身体の傷をすべて治してくれと頼んだだけなので。そこまで思い詰める必要はないですよ」
「あれが精霊魔法なのね……この目で見てその力を体験しなければ、とてもじゃないけれど信じられなかったと思うわ」
「精霊魔法のことを信じてもらえるということは、俺の出自のことも信じてもらえたということでいいのでしょうか?」
翠が来る前にユウトは、美鈴に昨夜ユウトがいなくなってからのことを聞いていた。美鈴によると、翠が落ち着いた頃に玲と楓と美鈴の三人でユウトの出自のことと、魔力持ちであること。そして精霊魔法を使えるということを話したという。その際に秋斗の持っていたデジカメの画像も見せたそうだ。
それにより翠は信じてくれたと美鈴から聞いていたが、ユウトは念のために本人に確認をした。
「ええ、ユウト君が異世界人であることは聞いたわ。秋斗叔父さんが異世界に召喚され魔王を倒し世界を救ったと。そして現地の異種族の女性たちと結婚しユウト君が生まれ、幼い頃から憧れていた日本に叔父さんが使う予定だった送還陣を使いやって来たと。正直どこかの小説の中の話にしか思えないけど、私の動きを封じ欠損した身体を再生させたあの精霊魔法を見せられてはね。信じる他ないでしょうね」
「そうですか。信じてもらえて良かったです」
「それでユウト君。母の病気もユウト君が治してくれたと聞いたのだけど。あ、疑ってるわけじゃないのよ? 私の失った目と足を再生できるくらいなのだもの。病気も治せても不思議ではないとは思っている。ただ、母の病気は精霊魔法ではなく、1等級の状態異常回復ポーションを飲むことで治ったと聞いたものだから……状態異常回復ポーションは日本には4等級までしか存在しないの。だから本当に1等級の状態異常回復ポーションが存在するのか疑問に思って」
翠は美鈴に診断書を見せられ、母の病気が完治していることは信じた。しかし精霊魔法ではなく、1等級の状態異常回復ポーションによって治ったと聞きそんな物が本当に存在するのかと懐疑的だった。本当はユウトの精霊魔法で治したのではないのか? それでも治ったのだから感謝すべきことなのだが、ダンジョンの支部長を務めている身としては、1等級の状態異常回復ポーションの存在を確認せずにはいられなかった。
「間違いなく存在しますよ。異世界にはこっちの基準でいうところの六つ星ダンジョンがあるので。そこで手に入れることが可能なんです」
「む、六つ星!? そんな高ランクのダンジョンが……でも異世界ならあっても不思議ではないのかも……ユウト君、もしまだ持っていたなら一度見てみたいのだけど」
「ええ、いいですよ。これです」
翠の要望を快く受け入れたユウトは、空間収納の腕輪から1等級の状態異常回復ポーションを取り出し翠の前に置いた。
「!? こ、これが……鑑定してもいいかしら?」
翠はマジックポーチなどに手を入れたわけでもないのに、いきなりユウトの手の中に現れた小瓶に驚いたようだ。が、今はそれよりも1等級の状態異常回復ポーションと思われる眼の前の小瓶を確かめることが先だと思ったのか、ユウトへ鑑定をしていいか確認してきた。
「ええどうぞ」
ユウトの許可を得た翠は、腰のマジックポーチから手のひらほどの大きさのルーペを取り出した。これは『鑑定のルーペ』という
このルーペを魔道具にかざして覗き込むと、その魔道具の名称・等級・効果が覗き込んだ者が理解できる言語で脳裏に浮かぶ。なので異世界人であろうが地球人であろうが関係なく使用できる。ただし、このルーペで知ることのできるアイテムはダンジョンで得た物に限られる。
その鑑定のルーペの
「!? ほ、本当に1等級……あらゆる状態異常から完全に回復させるだなんて……これなら確かに母さんの病気も……凄い……これが1等級の状態異常回復ポーション」
「異世界では別名エリクサーや万能薬とも言われてます。これを飲んで治らなかった病気はないので義母さんに飲んでもらいました」
「エリクサー……確かに昔のゲームや物語に出てくるエリクサーそのものの効果ね。まさかこんな物が存在するなんて」
ユウトの言葉に翠は頷き鑑定のルーペを置き深くため息を吐いた。
「お母さん。売れば何百億、ううん。何千億になるかわからない物を兄さんはポンって渡したんだよ」
「たとえ1本しかなくとも家族のためなら喜んで渡すと言っていたな」
「翠、ユウトさんは兄さんの孫で私の命の恩人なの。わかっているわね?」
「わかっているわよお母さん。私だって失った目と足を治してもらったのだもの。国に報告したりなんかしないわよ」
楓と玲、そして美鈴による念を押す言葉に翠は心外だと言わんばかりに反論した。
「そう、それならいいの。それじゃあユウトさんが私の養子になることにも異論はないわね?」
「叔父さんの孫なんだから問題ないわ。でもそうなるとユウト君は私の義弟になるのね。20歳下の弟か……他人に紹介する時に息子の間違いじゃないかと思われそうだわ」
翠は魔力量が多いため老化が普通の人間よりも若干緩やかだ。そのため40歳でも30代前半に見える。とは言っても姉というには、いささか厳しいかもしれない。
「翠さんはとても綺麗なので義姉でも違和感ないと思いますよ」
眼帯を取った翠は美しく、玲や楓たちにはまだない大人の色気があった。ユウトには十分魅力的に見えている。特に昨晩部屋に戻ってからお世話になった、ワイシャツのボタンが弾け飛びそうなほど内側から押し上げている爆乳が。
「あら? こんなおばさんを綺麗だと言ってくれるなんてお世辞でも嬉しいわ。それがユウト君のようなイケメンなら尚更ね」
「お世辞だなんて……でももし年齢のことを気にされるのでしたら、これをどうぞ」
ユウトはそう言って空間収納の腕輪から、金色の光を発する液体の入った小瓶を3つ取り出した。
「えっ!? ま、まさかこれは5等級の若返りの秘薬!? しかも3本も!?」
翠はその小瓶を見て驚愕の表情を浮かべている。
若返りの秘薬は翠が現役時代にダンジョンから何度か入手し、その度に泣く泣く売ることになったアイテムだ。もう少しドロップ率が良ければ仲間と揉めること無く飲むことができたのにと、翠は歳を重ねるごとに後悔していた。
その若返りの秘薬をユウトが飲んでくれと言わんばかりに差し出してきたのだ。それも3本も。驚くなという方が無理だろう。
「ええ、一人が飲める上限の数です。これで6歳は若返りますよ。それでもまだ気になるのでしたら5年若返る4等級もどうぞ」
これでもかと目を見開き若返りの秘薬を凝視している翠へ、ユウトはトドメと言わんばかりに5年若返る4等級の若返りの秘薬もテーブルの上に置いた。
「なっ、なっ、ご、5年若返る4等級の秘薬ですって! やっぱり存在してたのね! い、いいの!? 本当にいいの!? 売れば恐らく十億近くになるわよ!?」
「ど、どうぞ。まだまだ持ってますので」
若返りの秘薬を前に血走った目で確認してくる翠に、ユウトは若干顔をひきつらせながらも頷いた。
ユウトは若返りの秘薬を自分と将来できるであろう妻たちのためと、金策のために4等級と5等級をそれぞれ100本ずつ。10年若返る3等級を50本、20年若返る2等級を50本、30年若返る1等級を20本ほど持ってきている。
ユウトはどうせ一人が飲める本数は上限があるのだ。美人で義姉となる翠にあげることで好感を得られるなら安いものだと考えていた。そして若返った翠の爆乳も見れるしで一石二鳥だとも。
「きゃー! 11年! 11年若返るわ! 玲、楓! お母さんは20代になるのよ! 明日から姉さんと呼びなさい」
「「ええ……」」
計4本の若返りの秘薬を前にテンションマックスで飛び跳ねている母に、姉と呼ぶようにと言われた玲と楓は困惑していた。
「俺も
「当然よ! ああ、なんて姉思いの
ユウトの問いかけにテンションマックスの翠はユウトのもとへ駆け寄り、その頭を豊満な胸で抱きしめた。
「うわっぷ! うへへ……義姉さん」
ユウトはワイシャツ越しに翠の爆乳に頭を挟まれながら、これは上手くいけば親子丼が狙えるかもなどとアホなことを考えていた。
そんな翠とユウトを玲と楓は呆れた顔で、美鈴は微笑ましそうに見ていた。
この日、ユウトは最後の難関である義姉を籠絡し家族として迎え入れられたのだった。
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