第21話 勇者の孫 また剣を向けられる
「お母さん、なんでここに? 仕事は?」
「帰ってくるなら夕方の電話の時に言ってくれれば良かったものを」
「そうよ翠。一言言ってくれれば良かったのに」
突然探索者教会の茜色のスーツ姿のままリビングに現れた翠に、娘の楓や母親の美鈴たちが次々と苦言を口にする。
「貴方が叔父さんの孫を名乗っているユウト?」
しかし翠は娘と母親の苦言を無視し、ユウトを眼帯のしていない左眼で睨みつけながら問いかけた。
「え? は、はい。初めまして、工藤秋斗の孫のクドウ・ユウトです」
終始上着を内側から押し上げる巨大な胸に視線を奪われていたユウトだったが、翠に話し掛けられたことで慌てて椅子から立ち上がり頭を下げ自己紹介をした。その顔には本人が爽やかだと思っている笑みが浮かんでいる。
「そう、貴方が私の家族を……!? その赤い目……まさか……魔眼?」
翠は軽薄な笑みを浮かべるユウトへと近づきつつ、つま先から頭まで全身を見渡した。そして顔を見た時に目が赤いことに気付き、もしかして眼球型の魔道具。魔眼なのではないかと思い足を止めた。
「うぐっ……」
魔眼という単語に忘れたかった黒歴史を思い出させられたユウトは顔を引きつらせた。
しかしそれはこの場ではやってはいけないことだった。
「!? やはり眼球型の魔道具だったのね! 楓! 玲! お母さん! その男から離れて! その男の目を見たら駄目よ!」
黒歴史を思い出し顔をしかめたユウトを、図星を突かれて動揺したのだと判断した翠はユウトが想像もしていないなかった行動をとった。
一瞬で腰のベルトに取り付けてあるマジックポーチから片手剣を取り出し構え、母と娘たちにユウトから離れるよう叫んだのだ。
「は? え? ちょっ! なんで!?」
ユウトはいきなり自分の目が魔道具だと言われ、剣を向けられたことにいったい何がどうなっているのか理解ができないでいた。
「お、お母さん待って! 兄さんは工作員なんかじゃないの! あの赤い目は生まれつきなの!」
「そ、そうだ母さん! 落ち着いてくれ! ユウトは本当に大叔父さんの孫なんだ」
「翠! 命の恩人のユウトさんに剣を向けるなんてお母さん許しませんよ! 今すぐ剣を下ろしなさい!」
半身となり剣を構える翠へ楓と玲は必死にユウトが工作員でなく、大叔父である秋斗の孫であることを説き、普段温厚な美鈴も娘の凶行に烈火のごとく怒り怒鳴りつけた。
「三人とも精神系の魔法に掛かっているのよ。洗脳されてるの。大丈夫、お母さんがあの魔眼をくり抜いて魔法を解くから」
「く、くり抜くって! やめてお母さん! そんなの無理だから! 兄さんはお母さんが敵う相手じゃないんだよ!」
「そうだ母さん! ユウトはもの凄く強いんだ! いくら母さんでも勝てるはずがない! ユウト、母さんは勘違いしてるだけなんだ」
玲と楓が必死に止めようとするが、翠の耳には入っているようには見えない。そういう風に思うよう洗脳されているのだろうと考えているのかもしれない。
「あ〜なんか俺の目が魔道具で、それを使って皆に精神系の魔法を掛けたと思われているのか。そんな魔道具なんかないんだけどな……」
ユウトはここに来てようやく状況を呑み込むことができ、頭を掻きながらそうボヤいた。まさか自分の赤い目が、精神系の魔法を使うことのできる魔道具だと思われているとは思ってもいなかったからだ。
「黙りなさい大陸の工作員! よくも私の家族を魔法で洗脳してくれたわね! 五体満足で帰れると思わないことね!」
しかしユウトのボヤきは魔眼という魔道具を使っていると思い込んでいる翠には届かず、彼女は身体に魔力を流し身体強化を行ったうえに剣にも魔力を流し始めた。
楓と玲。そして美鈴が必死に声を掛けて止めようとするが、翠は引退したとは言え三ツ星ダンジョンの攻略者である。彼女の気迫に押され近づくことができないでいるようだ。
「洗脳って……そんなこと俺はできないっての。ハァ……こりゃ話し合いは無理そうだな」
興奮し今にも斬りかかってきそうな翠にユウトはため息を吐き、このカオスな状況をどうやって収めようか思考した。
(どうすっかなぁ……翠さんは玲ちゃんたちより魔力はあるけど、それでもリルならせいぜいが中堅の冒険者レベルだ。別に斬られても余裕で弾き返せるけど、こんな狭い場所で剣を振るわれても危ないしな。とりあえず魔法で拘束して、それから落ち着いて話し合い……できるのかなこの人と……ん? あっ! そうだよ、一発で信用してもらえる方法があるじゃん!)
考え込むユウトだったが翠の右眼を覆う眼帯が視界に入ったことで、楓が先ほど言いかけた言葉を思い出した。そのことで良案が浮かんだユウトは、それを即座に実行することにした。
「なに? 抵抗する気? 魔眼だとわかっていれば戦いようがあるわ。魔法が発動する前にその両目を切り裂くこともできるのよ?」
下を向いて考え込んでいたユウトが急に顔を上げたことに翠は身構え、ユウトへと警告した。
「翠さん、ちょっと苦しいけど我慢してくださいね。闇の精霊よ、締め付け過ぎないように頼む。『バインド』」
そんな翠にユウトは申し訳無さそうに告げた後、闇の精霊魔法を発動した。
その瞬間。翠の影から黒い帯状の物が数本現れ、またたく間に翠の四肢と身体へと巻き付き拘束した。
「なっ!? なによこれ!? え? 動けない!? 身体強化をしているこの私が!?」
「に、兄さん!」
「ユウト!」
「ユウトさん……」
突然現れた黒い帯状の影に母親を拘束される姿を目の当たりにした楓たちが、ユウトに心配そうな表情で訴えかける。
「あー大丈夫大丈夫、傷つけたりしないから。ちょっと見ててね。んじゃ次に……命の精霊よ」
しかしユウトは安心させるように軽薄そうな笑みを浮かべながら手を振り、命の精霊を呼び出すとエメラルドグリーンの小人サイズの少女たちが現れユウトの足もとへと集まってきた。ユウトはそんな可愛らしい精霊たちに翠の治療をするようにと頼んだ。
すると拘束されている翠の足もとに精霊たちは移動し、それぞれが翠に向かって両手を向けると翠の足もとから光り輝く緑色の蔦が無数に現れた。
「え? なに? 今度は蔦? きゃっ! ちょ、ちょっと待っ……」
精霊たちの操る蔦はあっという間に翠の全身を包み込みその姿を隠し、そしてゆっくりと床へと倒れていった。
玲と楓は自分の母親が全身を緑色の蔦に包まれ繭のようになっていく姿を驚愕の表情で見ていたが、二人はハッとした表情を同時に浮かべ視線をユウトへ向けた。
「に、兄さん。さっき命の精霊って」
「まさかこれがお婆ちゃんの前で見せた治癒の精霊魔法なのか?」
「御名答。治してほしいって言ってただろ? 翠さんは興奮しているようだったし、こっちのほうが手っ取り早いと思ってさ」
「ユウトさん……では本当にこれで娘の目と足が?」
「ああ、もうすぐ治るよ」
楓と玲に続き震える声で確認をしてきた美鈴へ、ユウトは親指を立ててニカリと笑った。
「兄さん!」
「ユウト!」
「おっと、ははは」
ユウトは嬉しさのあまり抱きついてきた玲と楓を抱きとめ、困った風な表情を浮かべながらもその手はしっかりと二人の腰に回されていた。
そして内心では玲の胸のほうが楓よりやや小さいが、弾力があって揉み甲斐がありそうだなどと胸板に当たる二人の胸を比べていたりもする。
「え? きゃっ! 服の中にまで……や、やめっ! そこはっ! あっ……んっ……くっ……」
しかしそのタイミングで、繭の中から翠の慌てる声や艶めかしい声がユウトたちの耳に飛び込んできた。
「……兄さん?」
「ユウト?」
「あっ……こ、これは翠さんの傷を全部治してって精霊に頼んだから、多分古傷とかも治してるんだと思う。決してイヤラシイことをしてるわけじゃないから!」
喜びの表情から一転、ジト目となった二人にユウトは慌てて弁解した。
ユウトはめんどくさがりなので、命の精霊にはいつも大雑把な頼み方をしている。今回もすべての傷を癒やしてくれと精霊たちにイメージを送っただけである。その結果、精霊たちは欠損している右目と右足だけでなく、翠の背中や胸や太ももにある傷も治すために蔦を服の中に忍ばせていた。
そして数秒の後、カランと何かが床に転がる音がして治療を終えたのだろう。繭のように翠を包み込んでいた蔦が一本、また一本と消えていった。
全ての蔦が消え役目を終えた精霊たちもその姿を消したあと、そこには上着を脱がされたうえにワイシャツのボタンを全て外され赤いブラジャーが丸見え状態の翠が倒れていた。
(うはっ! でけえ!)
そんな翠のはち切れんばかりの胸を、ユウトは興奮しながら目に焼き付けていた。
「ううっ……いったい何が……え? 私の義足と眼帯がなぜ外れて……」
床に倒れていた翠が身を起こすと、すぐ横に先ほどまで着けていた眼帯と義足が転がっているのを見つけ不思議そうな顔をしていた。
「あ……ああ……お母さん!」
「母さん!」
「翠!」
困惑する翠に楓と玲と美鈴が駆け寄り抱きしめた。
「ちょ、ちょっと何? いきなりどうしたの? それよりさっきの黒い帯と緑の蔦は……え? ええ!? 足? なぜ足が……ハッ!? 目も!?」
抱きついてきた母と娘たちを受け止めながら、翠は義足が外れてそこに無いはずの右足があることに気付いた。そしてその右足を両目で見ていることにも。
「そうだよお母さん! 兄さんが精霊魔法で治してくれたんだよ!」
「ユウトの精霊魔法はどんな怪我でも治せるんだ! もう義足と眼帯は必要なくなったんだ。昔みたいにまた剣を振れるんだよ母さん」
「翠……ううっ……翠……よかった……本当によかった」
信じられないと呆然とする翠に楓と玲は目に涙を浮かべながら喜び、美鈴は涙を流し愛する娘を抱きしめていた。
楓と玲は幼い頃から日本のトップ探索者であった母に憧れていた。そしてそのパーティの一員でもあった父も。だが十年前のあの日、憧れていた母が重傷を負い病院に運び込まれ、大好きな父はダンジョンから帰って来なかった。
その後、夫と多くのパーティ仲間と自身の右足と右目を失ったことで、長い期間塞ぎ込む母を目の当たりにした二人は仇討ちをすることを誓ったのだ。大好きな父を殺し、母を探索者を続けられない身体にしたデスナイトを必ず倒してみせると。
しかしその母の失われた右目と右足が今目の前にある。仇を取っても元には戻らないと諦めていた母の目と足が。そのことに二人は胸がいっぱいとなり、喜びを爆発させていた。
一方、翠は視線の先に見える自分の右足と、それを映している右眼の存在が信じられないでいた。
(嘘……これはあの魔眼の幻覚じゃ)
翠はその存在が本物であるか確かめるように、自分の右目と右足へと手を伸ばした。
(あっ、感覚が……ある……足が動く……目もよく見える……こんな……こんなことって)
そして触った感触と触れられた感触の二つを感じ取った翠は、これが幻覚などではなく現実のものであることを理解した。
一生義足と眼帯をして生きていくつもりだった。しかし自分の手には失ったはずの右足と右目の感触が確かにある。
「あう……うぐっ……ううっ」
その現実に翠は顔を両手で覆った。その手の隙間からは涙がとめどなく流れ落ちている。
そんな翠と楓たちを背に、ユウトはそっとリビングの扉を開け出ていくのだった。
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