第20話 勇者の孫 お願いされる
「それじゃあお婆ちゃんの病気が完治したことを祝って……カンパーイ!」
「「乾杯!」」
楓の元気な声に応えるように、美鈴とユウトと玲はそれぞれの持つグラスを打ちつけ合った。
ユウトが美鈴に1等級の状態異常回復ポーション、別名エリクサーを飲ませた日の夜。
玲と楓の家で美鈴の快気祝いが行われていた。
ユウトたちはリビングにある6人用のダイニングテーブルにそれぞれが座っており、テーブルの上には所狭しと料理と酒が並んでいる。これらは美鈴とユウトのために玲と楓が用意したものだ。
「かあぁぁっ! 美味い! これがビールか! 爺ちゃんが死ぬまでにもう一度飲みたいと言ってた理由がわかるわぁ」
ユウトはグラスに注がれたビールを一気に飲み干し、口元を泡だらけにしつつ満面の笑顔で初めて飲むビールに舌鼓を打った。
「兄さん、たくさん買ってきたからドンドン飲んでね!」
そんなユウトの右隣では、楓が缶ビールを開けて空になったユウトのグラスに注いでいく。
玲と楓は18歳になるまでお酒は飲めないので、彼女たちのグラスには烏龍茶が注がれている。
「ユウト、私が作ったつまみも食べてくれ」
続いて左隣に座っていた玲もテーブルに並んでいたつまみをユウトの前へと差し出した。
「え……作った?」
ユウトは差し出された枝豆に困惑した。初めて見る豆ではある。が、どう見ても茹でて塩をかけただけにしか見えなかったからだ。
「そ、そうだ。茹で加減とか塩加減が意外と難しいのだぞ」
困惑しているユウトに玲は顔を真っ赤にして、枝豆を作ることがどれだけ難しいかを説く。
「あははは! お姉ちゃんは不器用なんだ。味付けは適当だし、お魚を焼かせたら焦がしちゃうし。でもお母さんがお酒好きだったから、小さい頃から簡単なおつまみだけは作れるように仕込まれてるんだよ」
「か、楓!」
「ははっ、そうなんだ。確かに義母さんも玲は不器用だって言ってたな。どれどれ……うん、美味しい。丁度良い塩加減だ」
料理下手なことをバラされた玲は楓を睨むが、ユウトが枝豆を口にして美味しいと言ったことでその目元が緩んだ。
「そ、そうか。美味いか。実は冷やっこも作ったんだ。これも食べてくれ」
「……これって豆腐? だよね?」
ユウトはぐちゃぐちゃに崩れている豆腐を見て楓へと確認した。
「うん、元は豆腐だよ。今はなんだかよくわからない液体みたいになってるけど」
「か、形が多少崩れているだけで味は豆腐だ! いいから食え!」
「う、うん……あっ……スプーンくれるかな?」
顔を真赤にして冷やっこらしき物体が入っている小鉢を差し出す玲から受け取ると、ユウトは箸で食べようと試みるが崩れた豆腐をうまく掬うことができず玲にスプーンを求めた。
「くっ……」
「あはははは! 兄さん最高!」
悔しそうにスプーンをユウトに差し出す姉の姿に、楓はユウトの腕に抱きつきながら爆笑していた。
「おふっ」
ユウトは右腕に感じる柔らかい感触に鼻の下を伸ばしながら冷やっこを口にした。
「はい、兄さん。これは私が作った三元豚のとんかつ。ご飯といっしょに食べてね」
「おお〜これは美味そうだ……うん凄くジューシーで美味い!」
「ユ、ユウト。日本酒もあるぞ。遠慮なく飲んでくれ」
楓の作ったとんかつを美味しそうに食べるユウトへ、今度は玲が
「おっ!? これが日本酒かぁ……くうぅぅ! 爺ちゃんが言ってた通り美味いな! いやぁ、日本の酒は異世界とは比べ物にならないくらいにどれも美味しいなぁ」
「ふふっ、そうか。さあ、どんどん飲んでくれ」
「兄さん、どんどん食べてね。おかわりはいくらでもあるから」
「ユウトさん、遠慮せずに好きなだけ食べて飲んでくださいね」
「いやぁ、義母さんの快気祝いなのに俺ばっかり食べて飲んででなんか悪いなぁ」
美少女を両脇に侍らせて至れり尽くせりな状態に、ユウトは頭をかきながら申し訳無さそうに口にした。
「何を言ってるんだよ兄さん。お婆ちゃんの病気を治してくれた兄さんにお礼がしたくて用意した席でもあるんだよ? 遠慮なく飲んで食べてくれなきゃ」
「そうだぞユウト。お婆ちゃんの病気を治してくれて本当に感謝してるんだ。本当にありがとうユウト」
「ありがとうございますユウトさん。ユウトさんのおかげでもう少し生きることができます」
「あ、いや……うん、完治して良かったよ」
3人からの感謝の気持に照れくさくなったユウトは、頬をかきながら短く答えた。
「あはは、兄さん照れてる。でもMRIの検査で腫瘍がなくなってるのを知った時は本当にびっくりしたよ」
「私もだ。1等級の状態異常回復ポーションがこれほど凄いとは。万能薬とはよく言ったものだ」
「貴重なポーションをありがとうございますユウトさん」
「いいっていいって。まだ在庫はあるしさ。それより義母さんも飲んでよ、さあさあ」
あまり褒められ慣れていないユウトは、缶ビールに手を伸ばし向かいに座る美鈴の前にあるコップへと注いだ。
「ふふっ、ええ頂きます」
「でも異世界って凄いなぁ。あんな凄いポーションが手に入るなんて」
美鈴がユウトに注がれたビールを美味しそうに飲む姿を見ていた楓が、感心したように口にする。
「誰でもってわけじゃないけどな。S級ダンジョン。こっちの基準でいうと六つ星ダンジョンの下層に行ける者しか手に入れることはできないよ」
「あのドラゴンがたくさんいるダンジョンか……確かに誰でもというわけにはいかないだろうな」
「兄さんはやっぱりもの凄く強いんだね!」
「うむ、この鍛えられた筋肉は伊達ではないということだな」
「いやぁ、まあ異世界では俺より強い人間は数えるくらいしかいなかったかな」
美少女二人に褒められてユウトはご満悦である。
「プッ! お姉ちゃん、そんなに気になるなら触らせてもらいなよ。ほら、凄く硬いよ?」
玲の筋肉発言に反応した楓が、ユウトに身を寄せてポロシャツの上から胸板を撫でながらいたずらっ子のような笑みを姉へと向けた。
「おふっ!」
胸板に当たる楓の豊満な胸に、ユウトはもう辛抱たまらんといった表情を浮かべている。下半身も元気いっぱいである。
「え、遠慮する! 別に触りたいなどとは思ってはいない! 私はただ見たままのことを言っただけだ!」
そう言いつつも玲の視線はユウトの胸板から離れない。
「えー、本当は触りたいんじゃないの? ほら、腹筋も凄い硬いよ?」
「そ、そんなことは……ない!」
玲はユウトの腹筋を触る楓を一瞬羨ましそうに見つつも、気合いで目を背けた。
「えー、本当かなぁ」
「しつこいぞ」
(あっ、そこは……やばい! 楓! それ以上下はマズイ! へ、平常心を取り戻せ俺!)
楓に腹筋を撫でられたユウトは、ヘソまで伸びるほど元気になってしまった息子に楓の手が当たりそうなことに焦り目をつぶり必死に気持ちを落ち着かせていた。
「ふふふ、ユウトさんが困ってるから二人ともやめなさい」
「はーい」
美鈴の言葉に楓はユウトから身を離したことに、ユウトは若干残念に思いつつも内心でホッとしていた。
そんなユウトから離れた楓は少し考える素振りを見せた後、おもむろに口を開いた。
「ねえ兄さん。もしかしてポーションも1等級とか持ってたりする?」
「ん? もちろん持ってるけど? 状態異常回復ポーションと同じS級ダンジョンで手に入るものだし」
「そうなんだ。やっぱり1等級のポーションとなると、どんな怪我でも一瞬で治ったりするの?」
ユウトの返答に楓は少し緊張した様子で問いかける。質問の意図を察したのか、玲と美鈴も真剣な表情で静かに二人の会話に耳を傾けていた。
「そりゃあな。死んでさえいなければどんな怪我でもすぐに治るよ」
急に緊張した空気になったことに内心で首を傾げつつも、ユウトはなんでもないかのように答えた。
「……失った目とか四肢とかも元に戻ったりする?」
「ああ、それくらいなら別に1等級じゃなくても2等級で十分だよ。というかポーションなんて無くても、俺の命の精霊魔法で欠損部位の再生はできるけど?」
「っ!?」
「そ、それは本当かユウト!?」
ユウトのその程度なんでもないと言わんばかりの答えに楓と美鈴は目を見開き、玲はユウトの両肩を掴み揺さぶった。
「ちょっ! たかが欠損部位の再生程度で嘘なんて言ってどうするんだよ」
幼い頃から実力以上のダンジョンに祖父に連れて行かれていたユウトにとって、四肢の欠損は日常茶飯事だった。それどころか何度も死に、その都度祖父に蘇生してもらっている。
そんなユウトにとって欠損部位の再生程度で、なぜ玲が興奮しているのか理解できないでいた。
「たかがなわけがあるか! 失った四肢を元に戻すことなど普通はできないのだぞ!」
「あ……そうか。こっちには三ツ星までしかダンジョンがないんだもんな。精霊魔法も無いし、それじゃあ驚くのも無理もないか」
リルでは手に入る2等級のポーションは、三ツ星までしか無い日本では手に入らない。精々が4等級までだろう。それに精霊魔法も使える者がいない。治療できて当たり前という環境にいたユウトはそのことを失念していたようだ。
ちなみに3等級ポーションで千切れた四肢をくっつけることができ、失った血液も復活する。2等級は切断された四肢がなくとも1部位だけ新たに生やす事ができ、追加で魔力が50%復活する。1等級ともなれば両手両足が無くとも全て生やすことができ、魔力も全快する。
そんな2等級のポーションをユウトは金策と将来の家族のために500本。1等級のポーションを200本ほどリルから持ってきていた。状態異常回復ポーションより所持している数が多いのは、リルには命の精霊と契約している者が多くいるので置いていく必要がなかったからである。
「兄さんお願いがあります」
「ん? お願い?」
神妙な表情でお願いがあると告げる楓に聞き返したユウトだが、そこでふと写真で見た片目に眼帯をしていた楓たちの母親を思い出した。
そして今までの話の流れから、楓たちの母親の右眼はやはり欠損していてそれを治して欲しいのだろうとユウトは理解した。
「うん、実は私たちのお母さんの右眼と右足が……」
そしてユウトの予想は正しく、楓は母親の怪我の治療をお願いしようとした。
しかしその時だった。
突然玄関が勢いよく開く音と、廊下を駆けてくる音がリビングへと響き渡った。
そして数秒後。リビングの扉が勢いよく開き、ベージュのスーツに身を包んだ茜色の眼帯をした女性が現れた。
「お、お母さん!?」
「母さん!?」
「み、翠?」
突然連絡もなしに現れた翠に楓と玲と美鈴の驚く声と
「うおっ、すげえ!」
写真で見たよりも美人なうえに、玲と楓よりも大きい胸を持つ翠に興奮したユウトの声がリビングに響き渡るのだった。
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