第14話 勇者の孫 証明す



「俺は世界を救った勇者、工藤 秋斗の孫のユウト・クドウだ!」


 三日月が淡く照らす小山の頂上で、疑いの目を向ける玲と楓にユウトは堂々と名乗った。


「いい加減にしろ! 勇者? 世界を救った? お前の妄想に付き合っている暇などない! お婆ちゃんが何十年も探し続けていた大叔父さんを利用するな!」


 玲はユウトの宣言に激昂し、持っていた片手剣を地面へと叩きつけた。その衝撃で周囲に土埃が舞う。


「ねえユウトさん、わざわざ赤いカラコンをつけて、異世界だとか勇者だとか口にするのは逆効果だってことがわからないのかなぁ? 成り切るのはいいけど、私の大事な家族を巻き込まないで欲しいかな」


「ハンッ! 何がドラゴンを倒しただ! 西洋の御伽話じゃあるまいし! お婆ちゃんもお婆ちゃんだ! あんな作り話に引っかかって! お前いったい何をした? お婆ちゃんにどんな薬を盛ったんだ?」


 玲と楓から立て続けに罵倒されるが、工作員にしろカラコンにしろユウトには二人が何を言っているかが理解できない。


「悪い、ちょっと何言ってるかわからない。でも二人が俺を疑っているってのはよくわかった。で? どうしたら信じてくれるんだ? 義母さんに見せたように傷を治してみせようか?」


 ユウトは腕を差し出し、空間収納の腕輪からナイフを取り出そうとした。


「ふざけるな! そんなものに私たちが騙されるわけがないだろう!」


「ユウトさん、傷を治すくらいはポーションがあれば簡単なんだよ。お婆ちゃんはポーションを使っていなかったって言ってたけど、そんなのバレないように直前に飲んでおけばできる芸当だし。患部が緑色に光ったように見せるのだって、レーザーを複数当てれば簡単なんだよ」


 しかし二人は見る価値なしと。そんなトリックに引っ掛からないと玲は怒鳴り、楓は呆れた様にユウトへと答えた。


「うーん、困ったなぁ」


 二人を傷つけて遠くから治せば信じてもらえるのだろうが、ユウトは家族である二人を傷つけたくなかった。ならば闇の精霊魔法をと考えたが、闇刃ダークエッジにしろ闇球ダークボールにしろ月明かりだけのこの暗闇の中では見え難い。


 拘束バインドで二人を拘束しようにも加減が難しい。というのも闇の精霊が二人の敵意に反応しているのか、少々気が立っており締め付けすぎてしまいそうだ。さっきから小人サイズの下位精霊が、ユウトの周囲でシャドーボクシングを始めていることから間違いないだろう。


「何が困っただ! おとなしく工作員だと白状しろ! 高価な貴金属までお婆ちゃんに渡して何が目的だ? 母さんが協会の支部長をしているからか? また侵略戦争を起こすときにお婆ちゃんを人質に母さんに言うことを聞かせるためか?」


「ユウトさん、お姉ちゃんは短気だから話したほうがいいよ? でないと痛い思いをすることになるよ? 銃を持ってないのは確認済みだし、そうなると身体強化のできない男の人に勝ち目はないと思うんだけどな。あっ、ちなみにこれはファイヤーボールの杖ね。当たると全身火ダルマになっちゃうから、無駄な抵抗をして撃たせないでね?」


「あっ、そうか! 魔力があることを証明すればいいんだ! わかった。玲ちゃん斬り掛かってきていいよ。楓ちゃんもファイヤーボールを俺に放ってみて」


 ユウトは楓の言動からと級の男には魔力がないと思われているのだから、あることをまずは証明することから始めようと思った。


「なっ!?」


「あはは! できないと思ってるんだ? 私たちが人を傷つけることができないって。残念、確かに人を傷つけたことはないよ。でもね? 家族のためなら私はできるんだよ?」


「ああ、大丈夫。二人の魔力程度なら傷一つつかないから。だからほら、遠慮なくどうぞ」


 ユウトはそう言って着ていたポロシャツをその場で脱ぎ、筋肉で引き締まった肉体を曝け出した。別に露出狂というわけではない。美鈴からもらった服を破られたくないからだ。


「ば、馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 ユウトの挑発とも取れる言動と行動に、玲は剣を構え身体強化を発動し一瞬でユウトの前へ現れた。そして水平に振りかぶっていた剣をユウトの肩へと叩きつけた。とは言ってもさすがに全力でもないし、剣も刃ではなく腹でだ。


 が、しかし


 ユウトの肩に県が触れる直前に、ガンッという音と共に弾かれた。そしてその反動で玲はたたらを踏んだ。


「ば、馬鹿な……弾かれた?」


「え? 嘘……」


 剣を弾かれた玲もその光景を見ていた楓も、今見た光景が信じられないとばかりに目を丸くし驚いている。


 ユウトの身体は着痩せするタイプなのか確かに筋肉で覆われており、胸板も厚く腹筋も綺麗に割れている。だが玲が助走をつけて放った剣打を受けておきながら、微動だにしないなどありえないと思っているのだろう。


「玲ちゃん剣に魔力を乗せないと駄目だよ。それと刃の方で斬ってくれないと。大丈夫、傷つかないから。ほら、もう一回やり直し」


 ユウトはそんな二人の反応に意を介さず、ちゃんと魔力を乗せ刃の方で斬るように玲へと指示をした。


「お、思ったより頑丈な身体のようだな。いいだろう、次は手加減なしだ」


 玲はそう言って今度は剣に魔力を乗せ全力で同じ場所に剣を叩きつけた。やはり刃を立てるのは抵抗があるようだ。


 ガンッ!


 しかし結果は同じ。ユウトは微動だにせず、剣は身体に触れる前に先ほどより大きく弾かれることとなった。


「あ、あ、ありえない! こんなのあり得ない!」


 玲は自分の魔力の乗った全力の剣戟が弾かれたことで混乱し、その場で何度もユウトの肩や腰を剣で殴りつけた。が、その全てがユウトの身体に触れる前に弾かれている。


「ど、どうなってるの!? お姉ちゃんの剣がなんで……」


「どうなってるも何もただの身体強化だよ楓ちゃん。ただ、俺の体表にも魔力を循環させているから、魔力による障壁が展開されているんだけどね。それが玲ちゃんの攻撃を防いでいるんだ」


 ユウトは杖を両腕で握りしめ動揺している楓へと、当たり前のことのように答えた。


 身体強化は体内に魔力を循環させるだけで魔力を持つものなら誰でもできる。しかし保有魔力量によってその効果は大きく違う。普通の探索者もしくは日本の上位探索者レベルの身体強化は、肉体と魔力を融合させ運動能力を上げ皮膚を硬化させるだけだ。と言っても上位探索者は銃弾すら弾くが。


 しかしリルのトップ冒険者や勇者の一族クラスになると、その保有する膨大な魔力により魔力のみを体表に循環させることができる。それは魔力障壁となり、物理と魔法攻撃から身を守る盾となる。


 玲がユウトの身体に攻撃を当てるためには、展開している魔力障壁を上回る魔力を剣に込めなければならない。まあたとえ魔力障壁を破りユウトの身体に攻撃を当てることができたとしても、身体強化により肉体が硬化されているのユウトの皮膚を玲の持つ剣では傷を付けることはできないのだが。


「そ、そんな……魔力障壁だなんて聞いたこともないよ。でも現にお姉ちゃんの剣がユウトさんの体に触れる前に弾かれてる……じゃあユウトさんは本当に魔力を持ってるというの? 男の人が魔力を持つなんて、ここ十年ほどで生まれた子供だけのはず。それだって一般女性以下の魔力量だってニュースで」


「異世界は魔力を持っていない男の方が圧倒的に少ないんだ。なにせ何千年も前からダンジョンが存在しているおかげで、地球よりはるかに魔素濃度が高いからな。それより楓ちゃん精霊魔法を見たいって言ってたろ? 今度は精霊魔法を見せてあげるからファイヤーボールを撃ってみてよ」


 ユウトは玲の剣戟を受けながら、その後ろにいる楓へと視線を向け笑顔でそう言った。


「ふ、ふざけるなぁ!」


 さすがにこの態度には玲もキレた。馬鹿にするのもいい加減にしろと。激昂した玲はに剣の刃を立て、ユウトの肩へと斬りかかった。


 キンッ!


 しかし結果は同じで、剣は弾かれついでに刃も欠けた。これには玲の心も折れ、欠けた刃先をみつめながら数歩下がりその場にへたり込んでしまった。


「あ、あ、なんで……」


「そんな……お姉ちゃんの剣が……本当に魔力障壁なんて物が……で、でも魔法なら! ファイヤーボール!」


 へたり込む姉の姿を見た楓はユウトの望む通り杖を構え、バスケットボールほどの大きさの炎の玉を出現させ彼の足をかすめるような軌道で放った。


「闇の精霊よ『闇球ダークボール』」


 それに対しユウトは同じ大きさの黒い球を生み出し迫り来るファイヤーボールへとぶつけた。


 パァァァン


 火球と闇球が空中でぶつかり合い、火球はその場で破裂しまるで花火のように周囲に飛散したあと消えた。


「い、今のは魔法……杖もなしに魔法を」


 楓は目の前で起こったことが信じられないのか、杖を持つ手を震わせながら自分が放ったファイヤーボールが消滅した虚空を見ている。


「今のが闇の精霊魔法だ。これで俺に魔力があることと、精霊魔法が使えることは証明できたろ?」


「せ、精霊魔法……そんな魔法が存在するなんて聞いたことがない」


「でもお姉ちゃん、杖を持ってないよ? というか裸だよ?」


 玲は目を見開き未だに信じられない様子だが、楓は少しずつ信じつつあるようだ。やはり精霊魔法が効いたのだろう。


「た、確かに……じゃ、じゃあどうやってあんな魔法を、そもそも魔力をなぜ……」


「だから異世界人じゃ魔力を持っていない男の方が少ないって言ったろ? うーん、ここまでしてもまだ弱いか……あっ! さっきドラゴンと戦った話を御伽話だとか言ってたな。ならドラゴンを見せれば信じてくれるかも」


 ユウトはドラゴンを見せれば流石に信じてもらえるだろうと。そう考えたのだった。


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