第13話 勇者の孫 ハニートラップに飛び込む
ユウトが玲と楓を紹介された日の夜。
美鈴の家の居間ではユウトの歓迎会が催されていた。
テーブルの上には蕎麦や唐揚げやテンプラなど、ユウトが日本に来て大好物となった料理が山ほど並べられていた。
そんな中、ユウトによる祖父の秋斗と一緒に初めてドラゴンと戦った時の話を美鈴は楽しそうに聞いていた。
「まあ! 兄さんと一緒にドラゴンを!? それでユウトさんは無事だったんですか?」
「無事なわけないって! その時俺はまだ15歳だぜ? 爺ちゃんの放った精霊魔法に巻き込まれてもう装備も体もボロボロでさ! 爺ちゃんも大技打つ時は言ってくれりゃ良かったのに、ユウトなら大丈夫だと思ったんじゃって、全然大丈夫じゃねーよ!」
「ふふふ、兄さんがごめんなさいね。あの人勢いでなんでもやる癖があったから」
「それな。ぶっちゃけ脳筋だよな爺ちゃん」
ユウトと美鈴が話していると、そこに海老の天ぷらを食べ終えた楓が会話に入ってきた。玲は黙々と唐揚げを食べている。会話に参加するつもりはないようだ。
「へえ、大叔父さんは魔法が使えるんだね。ユウトさんも使えるの?」
「ああ、使えるよ」
ユウトは歓迎会の最初の方は他所行きの口調で話していたが、美鈴からいつも通りの口調でいいと言われたので遠慮なくそうすることにした。その際に楓からも無理はしなくていいと言われたので、彼女にも素の話し方で接するようにしている。
「どんな魔法を使えるのかな?」
「ふふっ、楓ちゃんは魔法少女に憧れてたのよ。探索者になると決めた後も、娘に無理を言って魔法を放てる杖をねだったほどなんですから」
「お、お婆ちゃん! 私の話はいいの! そ、それより魔法はどんなのが使えるのかな?」
祖母から思わぬ形で秘密をバラされた楓は、顔を真っ赤にしながらもユウトへ質問を投げかけた。
「俺が使えるのは精霊魔法だから魔法とは似て非なるものなんだけどね。その精霊魔法で契約している精霊は闇と命の精霊かな。闇は主に攻撃や拘束以外にも、音や振動の遮断なんかにも使えて結構便利だよ。命は負傷した場所の治癒だな」
「すごいのよ? お婆ちゃんも目の前で見せてもらったけどあっという間に傷が塞がったんだから」
ユウトんお説明に美鈴は初めて会った時のことを思い出し興奮気味に語った。未だにユウトに疑いの目を向けている孫に信じさせたいと思ったゆえの言動かもしれない。
「ふーん、闇の精霊ね。見せてもらってもいいかな?」
「室内じゃちょっと危ないかな。外でならいいけど」
「じゃあお婆ちゃんに見せたのと同じのは?」
「食事中にアレはちょっとな。後で見せてあげるよ」
ユウトは食事中に血を流すのも良くないと思い、命の精霊魔法もあとで見せてあげることにした。
「後でね……わかった、楽しみにしてるね!」
「フンッ」
しかしそんなユウトの答えに楓も玲も逃げたのだと思ったのだろう。楓は表面上は笑みを浮かべ、玲は露骨に鼻を鳴らした。特に闇の精霊が悪かった。厨二病と闇は切っても切れない関係なのだから。
そんな二人の反応にユウトは、後で見せればいいことだし。見たら信じるだろうと気にしなかった。
そして歓迎会も終わり、玲は美鈴と片付けと洗い物を終えると先に帰っていると楓に言って居間を出て行った。
残った楓はユウトに積極的に話しかけていた。美鈴はお風呂に入っているので、居間にはユウトと楓の二人きりだ。
「ねえねえ、ユウトさんはどんな女の子が好みなの?」
「うーん、おっ……いや可愛くて優しくて明るい子かな。家族想いの子なら言うことないね」
ユウトは最初おっぱいが大きいこと言いそうになったが、グッと堪え無難に答えた。ユウトのタイプは美人で胸が大きくてスタイルの良い女性である。性格なんて傲慢な性格でさえなければなんでもいける。でなければ魔族を側に置いておくはずがない。なんなら胸が小さくてもいい。そこはダンジョンアイテムでどうとでもなるのだからなどと思っている。さすが永遠の16歳である。
「ふーん、そうなんだぁ。なら私は?」
「タイプ! めっちゃタイプ!」
楓の誘うような言葉にユウトは即答した。ここで恥ずかしがるほどユウトはウブではないのだ。そんな男が天上の夢魔宮殿で12時間耐久花びら大回転に挑むはずがないのだから。
「あはは! すっごい直球だね。悪い気はしないかも。じゃあ私と同じ顔のお姉ちゃんは?」
「言うほど似てないと思うけどな。雰囲気も髪の長さも違うし。まあ
おっぱいも大きいし屈服させた時の顔も見てみたいし。と、ユウトは心の中で付け加えた。
「じゃあさ、あわよくば二人とも手に入れちゃおうって感じ? 姉妹丼とか男の人は憧れるでしょ?」
「な、何を言ってるのかなぁ楓ちゃんは。そんなこと俺は少しも考えてないよ」
ユウトは心の中を覗かれたような気がして動揺した。
「ええー、でも
「それはそうだけど、日本じゃ駄目らしいからなぁ。そういうのがOKな国に行こうと思う」
ユウトは異世界人だ。そして貴族でもある。彼にとって一夫多妻は当たり前のことであり、周囲の環境もそうであった。だからこう考えるのはリルでは普通のことだ。
しかし日本では違う。それどころか魔力量の多い女性が子供を産むと、その子供が女児であれば高い魔力を持って産まれることが研究結果として出ていることから、政府が上位探索者に限り一妻多夫を認めているくらいだ。そんな世界で一夫多妻が当然のことのように語るユウトは日本では異質。いや軽蔑される存在だった。
「……そ、そうなんだ。私も立候補しちゃおうかな」
ユウトが異世界人であることを信じていない楓は、まさか本気でハーレムを作りたいなどと口にするとは思っていなかったのだろう。祖母の教育で男性を見下すことの無い彼女ですらドン引きしているように見える。それでも目的のためかユウトを持ち上げるような言葉をなんとか捻り出した。
「楓ちゃんが!? うはっ! それは嬉しいな! 絶対幸せにするから! 一生不自由のない生活を約束するから!」
しかしユウトはそんな楓の心情に気づくことなく、彼女の手を握り大喜びをしていた。
「あ、あはは。それじゃあお互いのことをもっと良く知るために、今夜はうちでゆっくり話そうよ」
楓はユウトの喜びように若干顔を引き攣らせつつも家へと誘った。
「え? いいの!?」
ユウトは思っても見なかった誘いに興奮気味に聞き返す。
「うん、お姉ちゃんもユウトさんのことを誤解してるみたいだし、きっとちゃんと話せばわかってくれると思うんだ」
「ああ、まあ異世界だなんだと言われて信じられないのも無理はないよな。よし! 精霊魔法を見せると言ったし、ちょっとお邪魔しちゃおうかな」
「あはっ! やったぁ! それじゃあ早速行こうよ。お婆ちゃんには私から伝えておくから!」
楓はユウトの腕を取り、胸を押し付け一緒に立ち上がった。
「お、おふっ」
ユウトはその弾力に幸せな顔を浮かべつつ、楓に引っ張られるがまま居間を出るのだった。
美鈴の家の玄関を出ると、強い風が二人を包んだ。ユウトの格好はジンベエではなく、美鈴が買ってくれたジーンズと黒のポロシャツ姿だ。楓は昼に着ていた半袖のワンピース姿だが、夏ということもあり二人とも肌寒くは感じていないようだ。
風で巻き上がったワンピースの裾を抑えていた楓が、何かを思い出したかのようにユウトへと話しかけた。
「あ、お姉ちゃんも今はお風呂入ってるかも。リビングで話してたらちょっと危ないかな。お姉ちゃんお風呂上がりは無防備だし」
「そ、そうなんだ」
ユウトは是非その場面に遭遇したいと思ったが、さすがにそんなことは口に出さなかった。
「あっ! そうだ! 裏山に行こうよ! 星がよく見える場所があるんだ。そこで少し時間を潰さない?」
「星ね……わかった。行こう」
ユウトは少し考えたあと、楓の提案に乗ったがその表情は沈んでいた。
「ふふっ、私小さい時からあそこで男の人と綺麗な星空を見てみたかったんだぁ」
楓はユウトの腰に抱きつき上目遣いでそう口にする。
「あはは、最初の男が俺でなんか申し訳ないな」
ユウトは腹部に感じる二つの巨大な弾力と共に、何かを探すような楓の腕の動きを感じながら答えた。
「そんなことないよ。ユウトさんはイケメンだよ?」
「そうかな? 言われたことないからわからないや」
「え? ホントに? ユウトさんのいた所は美形が多いんだね」
「あー、まあそうだね。みんな俺よりも顔は良いかな」
そんな話をしながら二人は家のすぐ後ろにある裏山へと向かって行った。
裏山はそれほど高い山ではなく、山菜狩りのための道もあったので10分ほどで頂上付近まで登ることができた。
そして頂上に辿り着くと、そこには玲が剣を手に待ち構えていた。
(うん、知ってた)
ユウトは楓に裏山に誘われた時にこうなることを予見していた。
それは楓の言葉に闇の精霊が反応したからだ。
闇の精霊は人の悪意に敏感だ。楓がユウトを裏山に誘った時、闇の精霊がユウトへ警告を発していた。それでもユウトはもしかしたら精霊の勘違いかもしれないと思い楓の誘いに乗った。
だがやはり闇の精霊の警告は正しかった。
(まあ俺がモテるわけないよな。わかってた。でもこんな可愛い子にお嫁さんに立候補したいなんて言われたら、その気になっても仕方ねえじゃねえか。ハァ、俺の人生ってこんなんばかりだな)
ユウトはリルで人に化けた吸血鬼や、闇組織の人間から受けてきた数々のハニートラップを思い出していた。
(それでも俺は女の子が好きなんだ。ハニートラップかもしれないと思っても、彼女たちを信じたかった。でもみんな俺を殺そうとした。だから俺は泣きながら彼女たちを斬った。きっと俺みたいな男を哀戦士と呼ぶんだろうな)
なんかカッコいいことを言っているが、どちらかと言えば毎回闇の精霊の警告を無視し僅かな可能性に賭けてその度にハニートラップに引っかかるアホで哀れな戦士である。
ユウトがそんなことを考えていると、今までユウトの腕に引っ付いていた楓が離れ玲の元に駆け寄っていった。そして玲から赤い宝石が先端に埋まっている杖を受け取り、ユウトへ向けて構えた。
「ふふふ、騙してごめんねユウトさん。でもユウトさんが悪いんだよ? 私たちの大事なお婆ちゃんを騙したりするんだから。私はねユウトさん。家族を傷つける人間は許せないんだ」
「フンッ! 何が異世界だこの厨二病患者め! あんな世迷言でお婆ちゃんを騙すとは、いったいどんな手を使ったんだ! 何か催眠効果のある特殊な薬でも嗅がせたか? 答えろ薄汚い大陸の工作員め!」
「厨二病? 工作員? いったい何と勘違いしてるのかはわからないけど、俺はそんなんじゃない。俺は世界を救った勇者である工藤 秋斗の孫のユウト・クドウだ!」
ユウトは疑う二人に堂々と名乗りつつもこの状況をどうやって切り抜け、そして二人に自分が異世界人だと信じさせるか思考を巡らせるのだった。
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