第11話 勇者の孫 アイテム相場に驚愕す
ユウトが日本に来て6日目の朝。
美鈴と一緒に朝食を食べ終わったユウトは部屋でパソコンを開いていた。
毎日いじっていることでだいぶ慣れて来たのか、マウスの操作もスムーズになりキーボードを押す時も前のめりにならずに打つことができるようになっていた。指一本打法は相変わらずだが。
「マジか! 4等級ポーションが200万で痩せ薬が500万!? マジックポーチなんか3000万もすんの!?」
ユウトはダンジョンアイテムの買取価格が載っているサイトを見て目を見開き驚いていた。
ダンジョンは魔神が人間の魂を回収する装置である。そのためダンジョン内に出現する宝箱の中には、ダンジョンのより下層まで誘導するためのアイテムや人間の欲を刺激する多種多様なアイテムが入っている。
4等級のポーションは止血し深い切り傷を治せるくらいの効果がある。ダンジョンでの入手難易度はそれほど高くないことから、時折り市場に売りに出される。このポーションは銃社会の国に住む権力者からの需要が高い。撃たれた場所が心臓や頭以外なら、ポーションを飲み直ぐに止血され傷が塞がれば助かるのだ。欲しがるのも当然だろう。
ちなみに5等級のポーションは止血の効果はそれほど高くなく、太い血管に届いていない浅めの傷や打撲を治すくらいで価格は5万円となる。1つ等級が上がるだけでかなりの価格差だが、これは命に関わるか関わらないかの差であろう。
痩せ薬は飲めば3キロ痩せるという薬だ。これは探索者が全員女性ということもあり、自身で使うことが多く市場にあまり出てこない。出ればセレブが買い漁るので価格が高騰するのも頷ける。
このほかにも毛生え薬と豊胸薬もダンジョンの宝箱から手に入るが、毛生え薬はその名の通り失った頭部の毛が復活する薬なのだがリルよりも価値は低い。地球の男性はハゲる前に死ぬので、若ハゲからの需要しかないからだろう。
豊胸薬はバストが2~3カップ上がる薬だ。しかし効果は1ヶ月と短く、効果が切れれば当然元の胸の大きさに戻る。これも探索者が自身に使用する場合が多く、市場に出ることは滅多にない。ただ、たとえ市場に出たとしても、こちらに関しては継続的に手に入る物ではないのでそれほど高くは売れない。
痩せ薬と豊胸薬に関してはより効果の高いアイテムもあるが、地球にあるダンジョンからは手に入らない。もしこれらが市場に出れば天井知らずの価格となるだろう。
マジックポーチは間口に入る大きさの物に限られるが、畳1帖分の空間に物を収納できる魔道具である。これは物が物なだけに海外への販売は禁止されている。犯罪や戦争に利用される可能性が高いからだ。このほかにも収納系魔道具は色々とあるが、マジックポーチはその中で一番容量が少ない物となる。
「ダンジョンがあるからあんまり期待してなかったけど、爺ちゃんが言ってた通り高値で取引されてたわ。こりゃ南の島を買ってたくさんの奥さんと愛人を囲うのも時間の問題だな。うへへへ」
ユウトは明るい未来に頬が緩みまくった。そんなユウトに背後から日本語で冷たい声がかかる。
「ご主人様。気持ち悪い声を出すのをやめてください。気が散ってマンガが読めません」
カミラはユウトのベッドに姿勢良く座り、スマホでお気に入りの海賊マンガを読んでいた。そのマンガは秋斗が描いたワピースの原作で、リルにいた頃にカミラも読んでいたマンガだ。
カミラも最初は秋斗の描いたマンガと原作との違いに驚いていたが、今では作中で悪魔の子と呼ばれている敵の身体に花を咲かせる頭脳明晰で冷酷な美女を気に入り、その技を種族魔法である影魔法で再現するなどして楽しんでいた。
「ぐっ……というか、マンガ読みながら俺の背中に影の手を生やして遊んでる奴が気が散るとか言うな」
ユウトの身体を使って。
「フゥ、仕方ありませんね。それで何をそんなに騒いでいるのです?」
カミラはユウトの背中に生やしていた無数の影の手を彼の影に戻しベッドから立ち上がった。そしてユウトの背後からパソコンの画面を覗き込んだ。
マンガもそうだがカミラは日本語が理解できるうえに話すこともできる。これはドッペルゲンガーの種族特性である『擬態』の能力の副産物である。擬態は通常見るだけで対象の姿をコピーできるが、それは見た目だけで身体の中身や記憶まではコピーできない。しかし対象に触れることで身体の中身や表面の記憶を読み取ることが可能となる。あくまでも記憶は表面のみだが、対象に仲間だと思わせ近づいて不意を打つにはそれでも十分だろう。
そのユウトの表面の記憶には普段から使う道具の操作方法や言語などもある。カミラはユウトが日本に来たことで日本語の知識が必要だと判断し、彼に触れて日本語やスマホなどの記憶をコピーし取り込んだのだ。
言語だけではなく、苦労して覚えたスマホやパソコンの操作まで簡単にやってのけるカミラを目の当たりにしたユウトは、それはもうなんとも言えない複雑な表情をしていた。
「ほら、俺のハトコが探索者らしいからさ、代わりに売ってもらおうと思ってダンジョン産のアイテムの買取価格を調べてたんだよ。そしたら低級のアイテムがとんでもない価格で売買されてんだ。そりゃ驚くさ」
ダンジョンアイテムは探索者しか売買ができないため、ユウトは玲と楓を美鈴から紹介してもらったら取引を持ちかけようと思っていた。
「なるほど……確か1食千円くらいで、私のスマホが20万円でしたか。たかだか4等級のポーションと痩せ薬とマジックポーチがこの価格とは……確かに驚きです」
「俺のスマホな? 戸籍を手に入れたらカミラにも買って契約してやるからそれはちゃんと返せよ? まあ高いのは需要と供給のバランスが悪いからなんだろうな。だから爺ちゃんが言ってた通り高値で売れるみたいだ」
ユウトは日本にもダンジョンが存在していたことから、ここまで4等級のポーションが高値で売れるとは思っていなかった。しかしよくよく考えてみれば地球にはダンジョンが少ないうえに、ポーションなどは探索者が自分のために使う。需要に対して供給が追いついていないゆえの価格の高騰なのだろうと考えを改めた。
痩せ薬は言わずもがな、マジックポーチも同じ理由だろう。これがあればポーターの人数を減らせるので、手放す探索者は少ないだろう。それに4等級のポーションに比べ遥かに手に入り難いというのもある。
マジックポーチは三つ星ジョンのボス部屋にある宝箱から稀に手に入る物なので、三つ星ダンジョン攻略者が少ない日本ではより希少価値があった。
「なるほど。数が少ない上にC級。こちらでは三つ星でしたか。その三つ星ダンジョンまでしか存在していないのでしたね。それなら納得です」
「それに今見つけたんだけど、もっと凄いのがあったぜ? その三つ星の死霊系ダンジョンのレアドロップ品に5等級の『若返りの秘薬』があるだろ? これなんか過去に5億円で取引されたらしい。5億だぜ5億」
「それは……たった2年若返る程度の物によくもまあと言ったところですか」
カミラは5億と聞いて一瞬驚いたが、たった2年若返るためにそれほどの大金を払うとはと呆れているようだ。
若返りの秘薬とは、その名の通り飲むと若返るアイテムである。5等級で2年、4等級で5年、3等級で10年、2等級で20年、1等級で30年若返ることができる。ただし、5等級は一人3回、4等級は2回、3等級以上は1回と使用回数に上限がある。上限回数以上飲んでも若返ることはない。なので最大で76年までしか寿命を伸ばすことはできない。
ちなみに秋斗は全部回数限界まで飲んだ。それでも人族の身で235歳まで生きたのは、膨大な魔力を保有していた影響だろう。
「世界中の金持ちがオークションに参加するんだろうな。2年でもいいから若返りたいんだろう」
「相変わらず人族はどの世界でも欲深いですね。しかしそうですか、だからあれほどダンジョンアイテムを大量に集めていたのですね」
「そうそう、こっちでの金策やいざという時に権力者との取引のためにね。まさかダンジョンがあるとは思わなかったから売りにくくなったけど、親戚に探索者がいたのはラッキーだったな。手数料を払えば協力してくれると思うんだ」
もともとダンジョンアイテムは地球での金策と、問題が起きた時の取引材料として持ち込んだ。他にも結界の魔道具で人型機動兵器にバリアを張って無双するためだとか、地球で家族ができた時に使うためだとか理由はあるが基本的には金策のためだ。そして宇宙船と人型機動兵器を買うつもりでいた秋斗とユウトは、それらを大量に集め空間収納の腕輪に保管している。
悪目立ちしないために地球にあるダンジョンで入手できる等級以上の物は売れなくなったが、それでも南の島を買って一生豪遊できる金は手に入るだろう。それほどの大金を手に入れるほどのアイテムを、怪しまれずに売れるかどうかの問題は残るが。
「私のパソコンとスマホも簡単に買えますね。ご主人様、この海賊マンガのアニメ版も観てみたいです」
「わははは! 任せろ! アニメ見放題のサイトと契約してやるし、世話になってるカミラには贅沢させてやる!」
「ありがとうございます。お礼は夜のご奉仕でたっぷりとさせていただきます」
「あ、いやそれはほどほどでいいから」
ユウトはここ二日間の夜のことを思い出し身を震わせた。欲に負けて朝まで出し続けてしまったからだ。
「あれだけ出しておいて今更ですご主人様。ところでダンジョンアイテムを売るのはいつになりますか? 私は早急にこれが欲しいのですが……」
「ぶっ! ま、まだ時間は必要かな。もう少し待っていてくれ」
ユウトはカミラが掲げたスマホに映し出されている妊娠検査薬を見て吹き出し、若干動揺しながらもカミラに待つように告げた。
「そうですか。こちらの商品も日本の料理も、もう少し我慢しなければなりませんか」
「あー、日本の料理か……それは食べたいよなぁ」
カミラはダンジョンの魔物のように魔力で作られたアバターではなく、魔界から魔王と共に来た実体のある魔族である。魔封結晶化されている間は仮死状態となり生命活動は停止しているが、顕現してからは普通に食事が必要だ。この二日間はユウトの空間収納の腕輪に保存されていたリルの料理をカミラは食べていた。
しかしユウトは朝昼晩と日本の料理を美鈴と一緒に食べている。その感想をベッドで聞いたカミラは羨ましく思っていたようだ。
服もそうだ。ユウトは美鈴が買ってきてくれたジンベエを部屋着として使っているし、スラックスやポロシャツなども買ってもらった。それに比べカミラはこの世界での服は無い。正確には擬態の能力で服も作れるのだが、本人は200年以上人間社会で実体のある服を着てきたことからあまり能力で作る服を好まない。今着ているメイド服も下着も全て実物だ。昨夜パソコンで日本の下着を見ていたことから、下着も欲しいのだろう。
さすがにカミラに悪いことをしたと感じたユウトは、どうやって現金を手に入れるかと考えた。しかしそこで何も自分がお金を手に入れなくてもいいことに気が付いた。そしてユウトは空間収納の腕輪から貴金属を取り出しカミラに差し出した。
「八王子の繁華街に裏社会の人間がいるだろうから、そこでなんとか換金してきてくれ。金の相場は……えっと、こんな感じだ。現金化したら好きなのを買っていいから」
ユウトはパソコンで調べた金相場をカミラに見せながらそう言った。
「結構価値が高いのですね。承知いたしました。換金後は情報収集もして参ります。夜にはご奉仕に戻りますのでご安心を」
「ま、まあ俺の分まで観光してくれていいよ。近場で美味しいものがあったら教えてくれ。俺が外に出れるようになったら一緒に食いに行こうぜ」
あらゆる姿に変わることができるカミラなら、外を歩いても監視カメラに録画されても問題ないことに気付いたユウトはカミラを街に換金しに行かせることにした。そしてついでに近場で美味しい料理を出す店も探してもらおうと考えた。
「フフッ、ではとっておきの店を探して参ります」
カミラは異国の地でのユウトからのデートの誘いに機嫌を良くしたのか、薄く笑みを浮かべながら本棚の影にその身を沈ませていった。
「まあカミラなら大丈夫だろう」
ユウトはカミラが消えた本棚の影を見つめながら、もし警察に職務質問されても影に隠れて逃げれるはずだと。換金時に裏社会の人間と多少揉めるかもしれないが、それもユウトは心配していなかった。三つ星ダンジョンしかないこの世界でカミラがただの人族に遅れをとるはずがないからだ。
「あっ! スマホが無い! カミラのやつ持っていきやがったな!」
カミラを見送りスマホが無くなっていることに気付いたユウトは、どんだけマンガにハマってんだよと内心で毒付くのだった。
それから二時間後。
ユウトがパソコンで色々と調べていると、1階から呼び鈴の音が響いた。そして複数の女性の話し声が1階から聞こえてきたと思ったら、部屋のドアをノックする音がしたので開けるとそこには笑顔の美鈴がいた。
「どうしたの義母さん。お客さん?」
「ええ、孫たちが帰ってきたから紹介しようかと思って。降りてきてもらえますか?」
「今日だったんだ! わかった今行く!」
ユウトはあの美少女姉妹が帰ってきたと心躍らせた。そしてユウトは美鈴に返事をしてから、部屋にある鏡でボサボサの髪を手櫛で整え始めた。
そんな年頃の男の子の姿を見た美鈴はクスリと笑った後、ユウトに下で待ってますねと告げてその場を離れるのだった。
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