第10話 勇者の孫 姉妹にもロックオンされる
ユウトが滞在する高尾から車で40分ほどの場所に青梅市がある。その青梅市から西に行くと奥多摩だ。奥多摩には一つ星から三つ星までの3つのダンジョンが存在しており、世界で一番ダンジョンが密集している地域である。その奥多摩にある一つ星ダンジョン。別名魔狼ダンジョンの出入口から大量の荷物を抱えた四人組の女性が出てきた。
その女性たちは全員が革鎧やプロテクターを身に纏ってはいるが、見るからに若く十代半ばほどの年齢に見える。その中でひときわ美しい女性が二人いた。
一人は背丈が160センチ半ばほどで、艶のある黒髪のショートカットで凛とした雰囲気の女性。そしてもう一人の女性も160センチ半ばほどで、長い黒髪を後ろでアップにまとめている清楚な雰囲気の女性だ。二人とも髪の長さや雰囲気こそ違うが、顔立ちはよく似ていることから10人中8人は双子だと思うだろう。
彼女たちの名は工藤
二人はダンジョンから出て少し脇に逸れると、一緒にいたパーティ仲間とその場に倒れるように座り込んでしまった。よく見ると全員装備はボロボロで、身体のあちこちに治療した痕跡が見える。
「やっと外に出れたぁぁ」
長いブロンドの髪にぽっちゃり体型の気の弱そうな女性が、手に持っていた槍と背負っていた大型のリュックを手放しその場で倒れ込んだ。
彼女の名は細川 アリア。玲と楓たちと同じ探索者学園 青梅校に通う同学年の友人である。アリアにはロシア人とアメリカ人の血が流れており、少し垂れた左右の目の色が黒と蒼で違う。いわゆるオッドアイだ。顔立ちは整っているのだが、食べることが好きなためか体型がぽっちゃりとしているため美少女とは言い難い。
「死ぬかと思った」
そんなアリアに、長い黒髪を後ろでひとまとめにした細身の女性も背負っていたリュックを投げ出しもたれ掛かった。死ぬかと思ったと言う割にはその表情は眠そうだ。
この女性もアリアと同じく玲たちと同じ学園に通う同級生だ。名を風祭
「ポーションが無くなってもうダメかと思ったけど、なんとか生きて帰ってこれたね」
そんな二人に楓もリュックを下ろし、手に持っていた杖も横に置いた。
「私もクタクタだ。5日も潜っていたというのに、結局3層までしか行けなかった」
「仕方ないよ姉さん、人数が少ないんだもん。ポーターもいないし」
一つ星ダンジョンは全15層から成っており、探索の推奨人数は6人だ。それでだいたい地図がある状態で1層を6時間ほどで突破できる。だが楓たちは2人少ないうえに荷物持ちであるポーターも同行していないため、戦闘の度に大荷物を下ろして戦うの繰り返しで進みも遅い。ダンジョン内での野営も人数が少なく見張りもしてくれるポーターもいないので、階段周囲の安全地帯に戻って野営するしかない。これでは時間が掛かって当然である。
「楓、やはり次からは補助科の男子に同行してもらった方が良いのではないか?」
思ったより苦戦したことから弱気になった玲が、今回のダンジョン合宿を計画した妹の楓にそう提案する。
探索者学園には探索科と探索補助科がある。探索科は探索者または軍を目指す者が在籍する科で、当然全員が女性だ。探索補助科はその名の通り探索者の補助をする者が在籍する科である。いわゆるポーター《荷物持ち》の育成科である。学園に在籍する探索科の女性たちは、ダンジョンに入る際には基本的に探索補助科の男子生徒に声を掛ける。その方が大人のポーターを雇うより安く済むからだ。
「アイツのせいで私たちのポーターをやろうって男子なんていないのはわかってるでしょ。それでも男子に協力させるには、それ相応の対価が必要になるよ? アイツに逆らって私たちのポーターをやりたいと思えるほどのね。着替えを覗かれるのを黙認したり、少しくらい触らせてあげたりとかね」
「うっ……それは」
「嫌です! 学校の男子は怖いです!」
「却下」
男子に身体を差し出す必要があると口にした楓に、玲を始めアリアと紫乃が拒絶の言葉を発する。
楓たちは昨年からとある理由によりパーティ仲間を増やすことも、補助科の男子生徒の助けも受けにくい状況になっていた。
「私だって嫌よ。でもやられっぱなしのままじゃいられないでしょ。今回の合宿で人数が足らないことはよくわかったわ。夏休みの間になんとか仲間になってくれる人を当たってみるよ」
「うむ、そうだな。学園の実習とは違い、4人で挑むことの難しさに気付いた。それを身をもって知れただけでも今回の合宿の成果はあったといえよう。楓、パーティの勧誘は頼んだぞ」
「怖くない人をお願いします」
「任せた楓」
楓たちは今回が学園の実習以外では初めてのダンジョンアタックだった。というのも基本的に探索者資格は18歳にならないと取得できない。だが、探索者学園の生徒のように特殊な教育訓練を受けている者たちにだけ、特別に3年の夏休みから探索者資格を与えられる。今回が玲がリーダーを勤めるこのパーティの初めてのダンジョンアタックだったというわけだ。
本人たちは落ち込んでいるが、一般の探索初心者はたった4人で3層まで行けない。せいぜいが2層の階段の周辺までだ。それだけでも玲たちのパーティの優秀さがわかるだろう。
「同級生は無理だから、最近メンバーが入院して探索ができないと言ってた先輩に頼んでみる。一時的なパーティになるけど、まずは下層に行って魔力量を増やさないと」
魔力量を増やすのに効率的な方法は魔物を近距離で倒し、魔物が消滅する際に発する高濃度の魔素を取り込むことだ。ただ、それ以外にもダンジョンは下層に行くほど魔素濃度が高くなることから、その魔素を吸い続けることでも若干だが魔力量は増える。魔物と戦わなくてもいるだけで増えるのだから、より下層に行きたいと思うのは当然だろう。
「そうだな。一時的でも現状を打開できるならそうするべきだな」
「怖くない人ならいいです」
「任せる」
臆病なアリアと基本人任せの紫乃の反応に苦笑しつつ、楓は皆に久しぶりのお風呂に早く入りたいから予約している旅館に行こうと言って立ち上がった。少し休んで体力が回復した玲もアリアたちも立ち上がり、旅館の立ち並ぶエリアへ向け歩き出すのだった。
そして旅館で部屋を借り皆で大浴場に行き、5日分の汗と垢を流した。そのあと大浴場横にあるマッサージ機で、“あ゛ーあ゛ー”とまるでゾンビのような声をあげているアリアと紫乃をそのままに、楓は玲と一緒に部屋に戻ってきた。
部屋に戻りやっとお風呂に入れてスッキリした楓は、さっそく卒業した先輩をパーティに誘うべくスマホをリュックから取り出し電源を入れた。
ダンジョン内は濃い魔素の影響で電波が入らないので、探索者たちは外に出てからスマホの電源を入れて確認するのが普通だ。
スマホが起動するとまず最初にMychat《マイチャット》に新着通知が大量に溜まっていた。楓は届いたチャットの確認は後にして先に先輩に連絡をしようとしたが、母の翠からのチャットのサムネイルに緊急という文字を見つけ手を止めた。もしかして病気の祖母の容体が急変したのかと思った楓は、急いで母からのチャットを開いた。
「なっ!?」
「どうしたんだ楓? まさかお婆ちゃんに何かあったのか?」
隣でスマホを確認していた妹が急に驚愕の表情を浮かべたことに、玲は楓と同じく祖母の体調が悪化したのではないかと危惧した。
「お婆ちゃんは大丈夫。ううん、身体は大丈夫だけどその他が大丈夫じゃないかな」
楓はそう言って姉の玲にスマホを渡し、母からのチャットを確認するように促した。
「なっ!?」
さすが双子というべきか、玲も楓と全く同じ驚きの声をあげ固まった。
「不味いよねこれ」
楓が座った目で玲の手元の自分のスマホを見ながらそう口にする。その清楚な見た目からは想像ができないほど冷たい視線に、一瞬ゾクリとしつつも玲は答えた。
「あ、ああ……昔はよく大叔父さんの息子や娘を名乗る詐欺師が来ていたと母さんが言ってたが、今度は孫でしかも養子にすると言っている。病気で弱ったお婆ちゃんの心の隙に上手く入り込んだか」
「私たちで正体を暴けって言ってる。お母さんは隣国の工作員だと思ってるみたい」
「母さんが九州の二つ星ダンジョンの支部長だからな。日本に再侵攻する際にお婆ちゃんを人質に、探索者たちを動かさないようにさせるつもりなのかもしれない。」
玲は苦々しい表情で母親の考えに同意した。あの国ならやりかねないと。
「銃にだけは気をつけるようにって言ってるけど、油断させれば大丈夫だと思う。所詮は魔力を持たない男だし」
「その辺の演技は楓に任せた。私は得意ではないからな」
玲は真っ直ぐな性格なので嘘をつくのが苦手だ。それに比べて妹の楓はそう言った立ち回りが上手い。お人好しな祖母と脳筋気味な母。そして不器用な姉を助けていくうちに身についた処世術なのだろう。
「うん、丸腰で誘き出してみせるよ。まずは明日朝イチでダンジョンで手に入れた魔石や宝箱のアイテムを協会で換金しよう。そのあと車でアリアと紫乃を駅まで送って急いで帰ろう」
現在の日本は地方に住む人たちの要望で16歳から車の免許を取得できる。その免許を玲が苦労して取得し、単身赴任中の母の軽のワゴン車を運転して奥多摩まで来ていた。
「わかった。詐欺師め、化けの皮を剥いでやる」
「そうだね、私たちが留守中にお婆ちゃんに近づくなんて絶対に許せない。家族に手を出したことを絶対に後悔させてやる」
玲は拳を強く握り、楓は凍りつくような冷たい眼差しをスマホの画面に向けつぶやくのだった。
♢
玲と楓姉妹がユウト打倒を誓い合っている頃。
そのユウトとはいうと……
「らめぇぇぇぇ! で、出ちゃう! 赤ちゃんができちゃう!」
「あっ、んっ、ご主人様……口ではそう言ってますが……ハァハァ、下半身はそうは……言ってませんよ」
「そ、そんなこと……ダメなのに! 出しちゃダメなのに! イ、イグゥゥゥ!」
部屋のベッドでユウトの上に乗りその大きな尻を激しく打ちつけるカミラに、まるで彼氏がいるのに他の男に屈服させられてしまった女性のようなセリフを吐いていた。
※※※※※※※
作者より。
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