第4話 勇者の孫 信用してもらう
ユウトはどうやって大叔母に異世界の存在と、自分が祖父の孫であることを信じてもらおうかと考えを巡らせた。そして美鈴に渡したデジカメを見て、祖父が昔言っていたことを思い出した。
「あの……証拠になるかわからないですが、祖父は召喚されてからそのデジカメという物でたくさん写真を撮ったみたいなんです。それをめろでぃ……いや、めもりーだったかな? その中に保存してあるとかなんとか。それがあればデジカメが動かなくても写真が見れるとか? すみません、私はそういうのに詳しく無いのでよくわからないのですが……」
「ああ、メモリーカードに保存してあるのですね……これですね。少しお待ちください」
美鈴はデジカメの側面を操作してSDカードを取り出し、居間の隅にあった真新しいノートパソコンを持って再び席についた。それからパソコンにSDカードという古い記憶媒体を差し込む口が無かったのだろう。ソケットのようなものにSDカードを差し込み、そのソケットをノートパソコンの側面へと差し込んだ。そしてパソコンを起動し、SDカードから保存されている写真を読み込んだ。
「これは……なんて大きな木……それに立派なお城に騎士? の方と兄さんが……え? エルフ? それに動物の耳を付けている人がたくさん……なっ!? これはオーク!?」
「え? 写真が見れるんですか!? わ、私も見ていいですか?」
ユウトは写真を携帯の裏に貼ってあるプリクラしか見た事がない。祖父が召喚されたばかりの時の写真には興味があった。
「え、ええ……どうぞ」
オークの死体を見て若干顔を青ざめさせていた美鈴は、ノートパソコンを横向きにして自分と向かいにいるユウトが見えるようにした。
「うおっ! これララノール婆ちゃんじゃん! 若い! やっぱすげえ美少女だったんだなぁ。こっちは王城の騎士との記念撮影か。そういえば騎士に親友がいたって言ってたっけ、この人のことかな? これは獣人の冒険者たちと野営中の写真っぽいな。 あはは! これはオークを倒した記念撮影か? すげードヤ顔してるよ。爺ちゃん若いなあ」
デジカメの中には祖父の秋斗が撮ったさまざまな異世界の風景や、後に正妻となるエルフのララノールを隠し撮りしたと思われる写真。友人となった騎士との記念撮影や、冒険者と一緒に初めて倒したオークの背を踏みドヤ顔をしている秋斗の姿など多数の写真があった。
「あ、あの……」
「あっ、やべっ! す、すみません。ちょっと興奮してしまって」
パソコンの画面を食い入るように見ていたユウトに美鈴が恐る恐る声をかけ、ユウトはうっかり地の言葉遣いが出てしまったことを恥じつつ頭を下げた。
「ふふふ、さっきから無理して敬語を使っているのではと思ってました。気にせずいつも通りの言葉遣いでいいですよ」
「いやしかし……うーん、まあ今さらか。んじゃお言葉に甘えて」
ユウトは少しだけ悩んだが、既に素の口調を聞かれてしまっていることから美鈴の言葉に甘えることにした。
「ふふっ、硬い口調よりその方がいいですね。それでユウトさん、この写真は異世界の写真なのですか?」
「うんそうだよ。爺ちゃんもかなり若いし、オークを倒したくらいでドヤ顔してるから召喚されたばかりの頃なんじゃないかな?」
「そうですか……失踪した当時のママの姿の兄といい、この景色といいエルフといい、ダンジョン内では消滅するはずのオークの遺体といい、私にはとても作り物には見えません。そしてユウトさんのその容姿も……それは異世界人だからなのですか?」
「あーまあね。俺の場合は婆ちゃんが特殊な種族でさ。その影響でこういう目の色になってるんだ」
ユウトは実の祖母が魔族であることは伏せたが、自分が普通の人間ではないことは誤魔化さず正直に答えた。なんとなく太田にしたような対応は今はすべきではないと思ったからだ。
「そうなんですね。確かにいろんな種族の方がいらっしゃるように見えます。この写真に映っている世界へ兄さんが……」
「そう、爺ちゃんがリルに召喚されて魔王を倒して俺が生まれた。そして送還陣を使って爺ちゃんの代わりにこっちに来たんだ。あと他に異世界のことを証明できる物は何かあったかなぁ。精霊魔法でも使って見せれば信じてもらえるか?」
ユウトは美鈴があと少しで完全に信じてもらえそうだという手応えを感じ、精霊魔法を見せてみようと考えた。
「精霊魔法? ダンジョンで手に入れたマジックアイテムから出る火や水の魔法とは違うのですか?」
「魔道具を使って出せるのは決まった効果しか発動できない魔法で、俺が使うのは精霊と契約することで使える精霊魔法なんだ。本来精霊はエルフ族とドワーフ族しか契約できないんだけど、爺ちゃんが開発した特殊な魔道具を使えば人族でも契約できるようになるんだ。だからその魔道具の無いこの世界の人は精霊魔法は使えないはず。魔物はともかく、人間が何の道具も使わずに自由に魔法を使えるなんて聞いた事ないでしょ?」
魔法とはダンジョンで得たマジックアイテムを使う事で起こる超常現象を指す。これはファイアーボールの杖なら火球を、ファイアーアローのロッドなら決められた本数の炎の矢を真っ直ぐ飛ばす。このように決められた魔法しか放てない。
しかしエルフなどが契約し使役する精霊による魔法は、魔力量とその精霊の階位により自由にその形や威力を変える事ができる。イメージした効果を精霊に伝え、必要な魔力を渡すだけだ。
本来なら人族は精霊と契約できないのだが、魔王軍との戦いで必要に駆られて秋斗が古代文明の技術とエルフの協力を得て人族でも契約できる魔道具を作った。しかし精霊と契約するには相当な魔力量を持っていないとできず、平民より魔力の高い貴族や高位の冒険者しか精霊と契約できない結果となった。それでも精霊魔法を使える者が増えた事でエルフの消耗を抑える事ができ、魔王軍との戦いで有利となったことは間違いない。
ちなみに魔物が起こす超常現象も魔法と呼ぶ場合もあるが、これは正確には種族魔法に分類される。リッチが放つ様々な魔法も、ドラゴンのブレスも種族魔法と呼ぶのが正しい。基本的に種族魔法も使える数や効果が決まっており、精霊魔法ほどの自由度はない。
「ええ、私もそれなりには詳しいつもりですが、マジックアイテムを使わずに魔法を使うなど聞いたことがありません」
「じゃあ見せるね。えっと、闇の精霊よりは命の精霊の方がいいかな」
ユウトは闇と命の2属性の精霊と契約している。闇の精霊はそのまま闇を使って相手を捕縛したり、闇の刃となって攻撃したりできる。命の精霊は回復系の精霊で、負傷した箇所を回復させることができる。精霊が位階を上げていけば失った血や欠損した四肢を再生できるようになるだけでなく、死者の蘇生すら可能になる。
闇の精霊魔法よりも命の精霊魔法の方が室内で使うには向いていると考えたユウトは、空間収納の腕輪からナイフを取り出し魔力を流し込んだ。そしてシャツの腕をまくり一気に自分の腕へナイフを突き刺した。
「ぐっ」
「ひっ!? な、何を! 血が! す、すぐに止血を!」
「あー大丈夫大丈夫! 命の精霊よ癒してくれ」
いきなり目の前でナイフを取り出し自分の腕に突き刺し顔を歪めるユウトを見て、美鈴は心臓が止まりそうなほど驚き立ち上がってタオルを取りに行こうとした。
それをユウトが慌てて押し留め、急いで命の精霊魔法を行使した。
ユウトが精霊魔法発動すると、エメラルドグリーンの色をした半透明の小人サイズの少女たちが現れユウトの足もとへと集まってきた。ユウトはそんな可愛らしい精霊たちに腕の治療を頼むと、精霊たちはユウトの腕に両手を向けた。するとユウトの足もとから緑色に輝く蔦が現れ患部を包み込んだ。
少しして治療を終えたのか緑色の蔦と精霊が消え去ると、そこには傷一つないユウトの腕があった。一連の出来事が幻でないのは、患部の周囲に付着した血を見れば明らかだろう。
「え……そ、そんな……ポーションを使わずに傷が治るなんて」
美鈴には精霊は見えていないが、精霊が発動した魔法は見ることができる。彼女には突然緑色の蔦が現れてユウトの腕を包んだと思ったら傷が消えていたというように見えただろう。驚くのも当然である。
「どう? これで信じてくれた? まだ弱いかな? でもこれ以上は異世界人であることの証明と言われてもなぁ」
「……信じます。あれだけ深く傷ついた腕を瞬時に治すなど、ポーションを飲んだとしても難しいはず。何より私に信用してもらうために、自分の身体を傷付けた貴方を信じます。そう……ユウトさんは異世界人であり、兄さんの孫なのね」
「いやははは、ビックリさせてごめんな。そうだよ大叔母さん。俺が異世界リルを救った勇者秋斗の孫、ユウトだ」
「ふふっ、その笑い方。兄さんそっくり。ユウトさん、兄さんの話をもっと聞かせてくれるかしら? 異世界でどんなことをしたのか、どういう女性と結婚したのか」
「いいぜ大叔母さん。だけど俺が生まれる前のことは詳しくはわからないから、爺ちゃんが描いたこのマンガを読んでくれ!」
ユウトはそう言ってカバンから祖父の描いた、自伝『我が生涯に一片の悔いなし 日本語版』全30巻の内の数冊を取り出しテーブルの上に置いた。マンガというにはいささかサイズが大きいが、これは秋斗が日本に帰ってきた時に作家デビューするために描いた物でその完成度は高い。
「兄さんが描いた? ふっ、ふふふ……なんですかこのタイトル。兄さんらしいというか……ああ、確かに兄さんの絵です……懐かしい」
目に涙を浮かべながらページをめくっていく美鈴を、ユウトは笑みを浮かべ見ていた。すると美鈴が一緒に読みましょうと誘ってきたので、隣に座り一緒にマンガを読みつつところどころ質問をしてくる美鈴に答えていった。
♢♦︎♢
午後となり、ユウトは秋斗が使用していた部屋にいた。曽祖母が亡くなった時に秋斗の私物は全て片付けられたらしく、部屋にはベッドと机と何も陳列されていない本棚くらいしか家具は無かった。
そんな何もない部屋でユウトは机の前にある椅子に座り、背もたれにもたれかかりながら両手を頭の後ろに組んでいた。
「いやぁ、予想以上に上手くいったなぁ」
ユウトが兄の孫であることを信じた美鈴は、行くあてのないユウトにこの家に住むように提案した。戸籍も孤児院を運営している友人と、役場にも友人がいるのでなんとかすると。
さすがに50年前に失踪し死亡扱いとなっている秋斗の孫として申請しても認められないだろうから、恐らく捨て子を孤児院が保護をし届け出をし忘れたことにするつもりなのだろう。この場合は自治体の長の判断で戸籍が与えられるので上手くいく可能性はある。
ユウトは当然美鈴の提案を受け入れ、何度も頭を下げて感謝した。美鈴はそんなユウトに笑顔で“じゃあ部屋を用意しないといけませんね”と、2階の祖父の使っていた部屋へ案内してくれた。
「しかし日本は暑いとは聞いていたけど、気温というよりは湿度が高いんだろうな」
日本は夏になったばかりで部屋はかなり暑かった。美鈴がエアコンをすぐに買うからしばらく我慢してねと申し訳なさそうに言うと、ユウトはそれを断り空間収納の腕輪から空気清浄機ほどの大きさの魔導エアコンを取り出し部屋の隅に設置した。そして魔導エアコンの上部に風と氷と無属性の魔石を嵌め起動させると、下部から冷風が吹き出し部屋の中が涼しくなった。美鈴は突然現れた魔導エアコンと呼ばれる魔道具と、その効果に目を丸くしていた。
ユウトは驚く美鈴に空間収納の腕輪のことと、魔導エアコンは祖父が作ったことを説明した。この他にも祖父が異世界での生活に耐えきれず、この魔導エアコンの他にも洗浄便座や魔導ドライヤーなど様々な生活に便利な魔道具を作ったことも。
その話を聞いた美鈴は兄さんらしいわねと苦笑しつつ、ユウトに空間収納の腕輪の存在を他人には話さないようにと注意した。ユウトもその事はわかっている。リルでも冒険者や盗賊に腕輪をよく狙われていたからだ。それでも心配してくれた美鈴に素直にわかったと返事をした。
「大叔母さん優しかったなぁ。滞在費もなかなか受け取ってくれなかったのは困ったけど」
そして生活に負担を掛けるからと、ユウトは空間収納の腕輪から換金のしやすい金の指輪や腕輪にネックレスなどを大量に取り出し袋に入れて美鈴へと渡した。
しかし美鈴は若干怒りをにじませつつ、家族からそんな物は受け取れないと固辞した。そんな美鈴に対しユウトはいい歳した男が身内の脛をかぎって生きるわけにはいかないと。居づらい気持ちになるから受け取ってくれると気が楽になると言って無理やり渡した。美鈴もそんなユウトの気持ちを無碍にもできず、ユウトが日本で生活するために必要な物をこれで買い揃えると言って受け取ったのだった。
「それに……へへっ、パソコンゲットだぜ!」
ユウトは机の上に置かれたノートパソコンを見ながらニヤニヤしていた。これはつい最近まで美鈴が使っていた物で、何も知らない世界に来て不安だろうとユウトに貸してくれた。そして簡単な使い方と、知りたい情報を検索する方法まで教えてくれた。たったそれだけの操作を覚えるのに1時間以上掛かったが、リルにはパソコンどころか電卓でさえ無かったのだから仕方がないだろう。マウスをダブルクリックしてと言われて、左右のクリックを同時押ししたのも仕方ないだろう。美鈴は笑っていたが。
ユウトはパソコンというなんでもできる機械があることは知っていた。祖父の描くマンガにも何度か出てきたし、祖父が日本に来たらまずパソコンを使って情報を集めると言っていたのでそういう事ができる物なのだとは頭ではわかっていた。
しかし美鈴に教わりながら実際に知りたいことを打ち込み検索してみると、想像以上の情報を得ることができ驚いていた。特に写真や動画まで出てきた時は大はしゃぎをしていたほどだ。
そんなユウトを美鈴は優しい眼差しで見ていた。恐らくジャングルの奥地に住む少数部族の若者が、日本に来て初めて文明の利器に触れ興奮している様子を見ているような気持ちだったのではないだろうか。
「ラーメンも美味かったな」
マンガを美鈴と一緒に読んで明らかに盛っているシーンなどをユウトが突っ込み、祖父のモノマネなどをして美鈴を笑わせているうちに昼になった。
美鈴が何か食べたい物があるかと聞いてきたので、ユウトは日本のラーメンを食べてみたいと言ったら美鈴は出前を頼んでユウトに食べさせた。ユウトは初めて食べる日本のラーメンとその美味しさに感動し、あっという間に平らげてしまった。
リルにも秋斗がにわか知識で広めたラーメンはある。しかし麺にしてもダシにしても日本のそれとは全く違う。ユウトにはほとんど別物に思えただろう。そんな本場の日本ラーメンに、ユウトが虜になったのも仕方ないだろう。
「こりゃ日本中のラーメンを食べ尽くしたくなるな。っと、その前にダンジョンのとこを調べなきゃ。まさか魔素があるとはなぁ」
ユウトは日本に魔素が無いと思ってた。魔力は魔素を体内に取り込むことで作られるので、ユウトは祖父と日本で魔力切れにならないよう必死に魔力回復ポーションを集めた。しかし日本に魔素があるのならそれらは全て無駄になってしまった。
「まあ、あって困る物じゃないしいいか」
空間収納の腕輪がある以上、邪魔になる物でもないしとユウトは気にしないことにした。
「それよりダンジョンのことを調べてみるか」
果たして地球に現れたダンジョンはリルにあるダンジョンと同じ物なのか、それともまったく別の物なのか。それを調べるためにユウトはパソコンを開くのだった。
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