第5話 勇者の孫 男性の寿命に驚愕する



「うーん、やっぱ同じだよなぁ」


 ユウトはノートパソコンに表示されているダンジョンの情報をスクロールしながら呟いた。


 そんなユウトが見ているのは世界中のダンジョンの場所と、そのダンジョンに現れる魔物。そしてダンジョンで手に入るアイテムなどをまとめているサイトだ。


 その情報を見る限り、地球にあるダンジョンは異世界リルとまったく同じダンジョンに見える。現れる魔物も手に入るアイテムも全てだ。


「しかし見事に日本周辺に集中してるな。特に奥多摩」


 ダンジョンは日本に15ヶ所、隣の大陸に7ヶ所。台湾、フィリピン、グアムに1ヶ所づつの計25ヶ所が地球に存在していた。明らかに日本が多く、そして現在地から近い奥多摩にダンジョンが3つもある。その他は北海道、仙台、栃木、長野、富山、千葉、静岡、京都、福岡、鹿児島。そして沖縄本島と離島に分散してはいるが、画面上の地図を見ると奥多摩を中心にダンジョンが広がっているようにも見える。


 そもそもダンジョンとはなんなのか? これは勇者秋斗が超古代文明の遺跡を探索した際に見つけた、古代人の残したホログラムより情報を得ていた。それによるとダンジョンとは、魔神が上質な魂を集めるために作った装置なのだそうだ。


 ダンジョンは星のエネルギーを吸収して魔力に変換し、その魔力で魔界に住む魔物の姿と能力をコピーしたアバターを作る。アバターは魔界にいるオリジナルに比べ知能こそ低いが、それ以外の身体能力や特殊能力はオリジナルとまったく同じである。その魔物がダンジョン内で人間を殺すと、人間の魂は魔人の元へと送られる。逆に魔物が死ぬと魔素となり、その魔素はダンジョン内に充満していく。


 その充満した魔素が一定量を超えるとダンジョンの外に放出され、放出された魔素は大気に混ざりやがて大地に吸収され星へと還元される。そういった仕組みなのでダンジョンがあるからと大地が干からびたり、気象変動が起こることはない。


 ただ、魔神がなぜ人間の魂を集めるのかは、古代人でも詳しくはわかっていなかった。しかしおよそ500年から千年単位で魔界から魔王軍が侵攻してくることから、人間の魂で強力な魔物や魔王を創造し、やがて地上を支配するのが目的ではないだろうかと秋斗は仮説を立てていた。


 そのダンジョンが日本に集中している。それも奥多摩を中心にだ。


 祖父の秋斗が奥多摩に近い八王子の高尾の公園にいた所を召喚されたのが2000年の11月。そしてダンジョンが最初に発見されたのが2001年の5月頃で、そのダンジョンは異世界リルにあるダンジョンとまったく同じものである。


「これってもしかしたら爺ちゃんを召喚したのが原因とか? 召喚によって地球と繋がったことでダンジョンが転移してきた? そうなると半年後にダンジョンが現れたというのは、ただ発見されるのに半年掛かったというだけなのかもしれないな」


 リルではダンジョン同士はかなり離れている。なのに日本にこれだけ集中し、しかも秋斗が召喚される際にいた場所を中心にダンジョンが分布している。ユウトが祖父の召喚が原因かもしれないと考えるのは仕方がないだろう。


「てことは今回俺が来た影響で、リルにあるダンジョンがまたこっちに転移してきている可能性もあるか。う〜ん……まあ大丈夫だろ。こっちにあるダンジョンは全て低級から中級のダンジョンだっし、恐らく一瞬だけ世界が繋がっただけじゃ上級のダンジョンは転移してこれないのかもしれない。そもそも数も少ないしな。それが少し増えた所で問題はなさそうだ」


 地球にあるダンジョンは一つ星から三つ星までの低級から中級のダンジョンばかりで、三つ星ダンジョンとなると日本にしか無い。


 ダンジョンはリルではE〜S級とランク付けしていたので最初ユウトは戸惑ったが、ダンジョン内に現れる魔物や最下層のボスの種類を見て一つ星がE級、二つ星がD級、三つ星がC級ダンジョンだろうと結論付けた。リルではEとDが低級で、Cが中級ダンジョンと呼ばれている。



 とりあえずダンジョンは問題なしと結論を出したユウトは、様々な香辛料を混ぜたような匂いが漂ってきていることに気づいた。ユウトは急いで画面を閉じ1階へと降りた。そして台所に向かうと、そこでは美鈴が夕ご飯の支度をしていた。


「大叔母さん! この匂いってもしかしてカレー!?」


「ええそうですよ。お昼に食べてみたいと言ってたので」


「やった! うおっ! 本当にウン……茶色い! でも凄えいい匂い。そうか、これがカレーか」


 ユウトは危うく祖父からカレーを見た時には絶対に言うなと言われてた単語を口走りそうになり、慌てて言い直した。


 カレーはユウトが日本に来たら食べてみたかった料理の一つだ。お昼を食べている時にラーメンの他に食べたい物はあるかと美鈴に聞かれカレーと答えたが、まさかさっそく作ってくれるとは思わなかったのだろう。ユウトは台所でカレーの入っている鍋を覗き込み満面の笑みを浮かべた。


「もうすぐできますから待っててね」


「うん!」


「男の子って無邪気でいいわね」


 ニコニコしながら居間へと向かうユウトに美鈴は笑みを浮かべそう呟いた。


 それから十数分ほどしてカレーができ、ユウトは辛い辛いと言いながら美鈴と一緒に食べるのだった。




「あー、美味かった。ごちそうさまでした」


「お粗末様でした」


 ユウトがスプーンを置いて両手を合わせると、美鈴もそれに答えた。リルでも食事の際はクドウ伯爵家だけは日本風の作法なので、ユウトの仕草は自然だ。


「ねえ大叔母さん。テレビに国会中継て書かれてて、なんか偉そうな人ばかりいるけど。あれが国民に選ばれた政治家って人たち?」


 ユウトはテレビで議論をしている人たちが、祖父に聞いた国民に選ばれた政治家なのか確認した。クドウ伯爵家も秋斗の指示で、街や村の長などは住民による選挙で選んでいるので民主主義に関してはある程度理解をしている。


「ええそうですよ。それがどうかしましたか?」


「いや、女性ばかりだからさ。見た感じ男性は3人くらいしかいなくてあと全員女性だよね? なんで女性ばかり選ばれたのかなってさ」


 テレビの画面には40代から70代くらいまでの女性議員ばかりが映っていた。その中にポツリポツリと3人ほどの男性議員の姿がある。不思議なのは男性議員が全員30歳くらいの若い人たちばかりだというところだ。


「政治家にほとんど男性はいませんよ? 魔素のある異世界も国を運営する人たちは女性ではないのですか?」


「いやいやいや、普通に国王も貴族の当主も男だよ? というかなんで魔素の話が出てくるの?」


 ユウトはどうも話が噛み合ってない気がして首を傾げた。


「え? それは魔素の影響で男性の寿命が短いからですよ。異世界では違うのですか?」


「は? 普通に人族の男女の寿命は変わらないけど?」


「え? 変わらない? それはつまり異世界人の男性は全員が魔力を持っているということですか?」


 今度は美鈴が混乱した。異世界の男性も寿命が短いと思っていたからだ。


「そうだけど? あー、大叔母さん、何かお互いに思い違いがあるみたいだ。ちょっと落ちついて整理しよう」


「そ、そうですね……私も何が何だか混乱して」


「ふぅ……まず日本人の男性の寿命って何歳なのか教えてくれる?」


「ええ、今はだいたい40歳から45歳ですね」


「短かっ! なにその短さ! そういえばさっき魔素が関係しているようなことを言ってたけど」


「ええ、男性は魔石を持っていないので」


「え? 日本の男って魔石がないの!?」


 リルでは人族やエルフや獣人など、全ての人間の体内には魔石が存在する。これは呼吸とともに体内に入った魔素は、排泄などで外に出すことができないため自然とその魔素を蓄える器官ができたと言われている。


 この魔石に蓄えられた魔素が体内で魔力に変換され、それにより人間は魔力を扱うことができるようになった。その魔石が無いということは、体内に魔素が溜まり続けるということである。


「ええ、男性は魔石を作れないんです。ですので魔素を体内で魔力に変換して魔石に蓄えることができません。そうなると魔素中毒と言って、体内に蓄積した魔素により臓器が徐々に機能不全を起こし死に至ります。魔素が存在する前に生まれた私の夫でも50歳を迎えることができませんでした。ダンジョンが現れ魔素が世界に満ちた時には、日本を中心に世界中の多くの高齢の男性が数年も経たずに亡くなりました。その数は4億人とも5億人とも言われています。その後、50代の男性も徐々に中毒症状を起こして、今では40代まで症状を起こす年齢が下がっています。ですが最近になって本当に少数ですが男性でも体内で魔石を作れる方が現れました。研究者たちはもともと男性の魔素に対する順応能力が低いだけで、今後世代を重ねるごとに男性の身体が魔素に順応していくのではないかと言っていました」


 水や食物に微量に含まれる放射性物質なども、もしも排出されず体内に残れば人体に様々な影響を及ぼす。それが今回は魔素で男性がそれを排出もしくは蓄積する器官。つまり魔石を持たないことで臓器不全を起こしているということである。


「こりゃ驚いた……症状からどう考えても無魔石病だよな」


 ユウトは美鈴から聞いた症状と寿命の短さから、リルにも存在した無魔石病だと判断した。


「無魔石病?」


「うん、異世界リルにもこっちの男とは逆で、本当にごく稀に魔石が体内にできない人がいるんだ。ほとんどがもともと保有魔力量が少ない獣人族なんだけどね。そういった人は放っておくと20年も生きないで死んじゃう。こっちの男より寿命が短いのは、地球より異世界の方が大気中の魔素濃度が濃いからだと思う」


「20年……では地球の男性もいずれはそのくらいの寿命に?」


「さすがにそこまで短くはならないと思う。ダンジョンと共に魔素が現れて数千年の異世界と同じ濃度になる前に、ほとんどの男が魔石を持つことができるようになるでしょ。現に魔石ができる男が生まれ始めているわけだし」


「そうでした。地球に魔素という物質が現れてまだ50年ですものね。異世界も同じと考える方がおかしかったです。早く異世界のように全ての男性が魔石を持つことができて、女性と同じ寿命になって欲しいですね。愛した人に先立たれるのは本当に辛いことなので」


 美鈴は夫と死に別れた時の事を思い出したのだろう。悲しそうな表情を浮かべ視線を落とした。


 そんな美鈴の姿を前にユウトは何かを口にしようとしたが、少し考える素振りをしたあと言葉にするのをやめたのだった。




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