第3話 勇者の孫 勇者の実家に行く



「ええ!? 太田さんって25歳だったの!?」


「ははっ、まあな。よく老けてるって言われるよ」


 祖父の実家まで送り届けてくれる男性の車に乗り込んだユウト。車が走り出して魔導車と比べてかなり良い乗り心地に驚いていると、歳を聞かれたので名前とともに名乗ると男性も名前と歳を教えてくれた。しかし思ったより若くてユウトは驚き、太田は苦笑を浮かべていた。


 太田は老けているというよりも渋い感じの見た目だ。体格も良くアゴ髭を生やしていることで実年齢より高く見えるのだろう。


「おっちゃんだなんて言って悪かったよ。でも老けてるってよりは男らしくて渋い感じだけどな。モテるんじゃね?」


「いやぁ、まあ一応彼女はいるけどな。モテたことはないな」


「彼女いんのかよ! いいなぁ、俺も欲しいなぁ」


「クドウくんは背も高いしイケメンだし国でもモテてたんじゃないか?」


「それがさぁ、目のこととか色々あってなかなかね」


「そ、そうか。まあそのうち理解ある女性が現れるさ」


 また厨二病の話になると思い、太田は言葉を濁したようだ。実際ユウトの見た目は茶髪で笑顔が少し軽薄そうに見えるが、背も高く顔立ちも整っている。日本なら間違いなくイケメンの部類に入るだろう。


「だといいんだけどさ。太田さんは彼女とどこで知り合ったの?」


「職場だな。俺は荷物の運搬をしてるからな。そこのお客さんだ」


「へぇ、運送業か。ああいう仕事は男ばかりだと思ってたんだけど、そんな出会いもあるのか。俺もやってみようかな」


「あー、危険だからあんまり薦めないけどな。クドウ君くらいの容姿なら普通の仕事でも出会いはあるさ。っと、着いたぞ」


「おっ、もう着いたのか」


 15分ほど乗っていたのだが、話に夢中だったユウトにとってはあっという間だったようだ。


「ありがとう太田さん、助かったよ。ちょっと待ってて、何かお礼をしたいからさ」


 ユウトは車を降り送ってくれた太田に礼を言ったあと、空間収納の腕輪に魔力を流した。すると脳裏に腕輪の中に入っている物のリストが浮かび、その中からお礼になりそうなものを選び始めた。


(確か金の価値が高いんだっけ? インゴットじゃ遠慮されそうだからネックレスとかの方がいいか)


「礼なんていらないって。ついでだついで。んじゃ俺は仕事があるからまた縁があったらな」


「あ、ちょっと待っ……あー行っちゃったよ」


 ユウトがお礼の品の選別をしている間に、太田は車を走らせてその場を去っていってしまった。


「縁か……また会えたらいいな」


 始めてきた土地、それも異世界で親切にしてもらったことがユウトは嬉しかった。きっとこの世界で送る人生は楽しいものに違いないと。太田はそう思わせてくれる男だった。


 車が見えなくなるまで見送ったユウトは、道路を挟んだ先にある二軒の戸建てへと視線を向けた。家の背後には小さな山があり、見た感じ家を囲う塀は低く簡単に飛び越えることができそうだ。


 この二軒以外の家はかなり離れたところに建っている。リルでこんなに他の家や街から離れた場所に家など建てない。盗賊や魔物に襲われるからだ。どの村も街も高い壁に囲まれ、その壁の中に密集して家は建っている。


「本当に魔物とかいないんだな。盗賊もいなさそうだ。爺ちゃんの言っていた通り平和で治安の良い国なんだろうな」


 こんな国に住んだら平和ボケして弱くなりそうだなと、そう考えてユウトは苦笑した。どれだけ戦いたいんだと。ここには魔王軍の残党も魔物もいない。もう戦う必要などないんだと。


「そのためにもまずは身分を証明するものが必要だよな」


 日本では戸籍が無いと不法入国者扱いされ追い出されてしまう。そう祖父が言っていたのをユウトは思い出した。あとリルから持ってきた貴金属も売ることができないらしい。もし大叔母がいれば、ユウトは戸籍の用意をお願いしてみようと思った。それが難しいようなら、裏社会の人間に頼めばなんとかなるだろうと考えていた。


「よし、最初が肝心だ。気合入れて行くぞ!」


 ユウトは信用してもらうには第一印象が大切だと気合いを入れ、空間収納の腕輪から革のショルダーバックを取り出しその中に説明に使えそうな祖父の遺品を入れていった。そして道路を渡り二軒の家の前に立つが、困ったことに二軒とも表札に工藤と書かれていた。


 二軒の家のうち一軒は木造で見るからに古く、その隣の家は白い石造りで建ててからそんなに年数が経っていないように見えた。


「まあ普通に考えてこの木造の古い家の方だよな」


 曽祖父母か大叔母がいるとしたら木造の方だろう。隣は大叔母の子供の家かもしれないと、ユウトはそう考えた。


 そして身なりと髪を整え、背筋を伸ばした。ユウトは普段はだらしないが、腐っても伯爵家の一族だ。幼い頃から祖父の正妻である祖母のララノールが、母親の代わりとなってユウトに貴族の礼儀を仕込んでいた。パーティに参加する際に恥をかかないようにするためだ。


 まあそんなララノールの努力は、ユウトが12歳の時に出席した貴族のパーティで魔族呼ばわりしてきた侯爵家の後継の子供を半殺しにしたことで無駄に終わった。この件ではユウトは咎めを受けなかったし、それどころか孫を魔族呼ばわりされたと知った祖父が侯爵家に宣戦布告をしようとした。そしてそれを知った侯爵家当主が顔面蒼白で謝罪に来たほどだ。


 しかし勇者が出てくるような事態を作ったユウトを貴族たちは恐れ、二度とパーティに招かれることはなくなった。本人は清々していたが、ララノールは頭を抱えていた。


 だがこうして思わぬところで祖母の教育が役に立つ事になった。内心でユウトは祖母に感謝しつつ、木造の家の前に立った。そこで表札横にマンガで見たことのあるインターホンがあることに気付き、記憶のままに押してみた。するとピンポーンという音が聞こえてきて、その音にユウトは一瞬驚きつつも内心では押してみたかったインターホンを押せたことに喜んでいた。


『はい』


「うおっ、本当にしゃべった!」


 ユウトはインターホンから聞こえてくる声に、マンガで知っていたとはいえ驚いた。


『はい?』


「あ、いえすみません。わ、私はユウ……いえクドウ ユウトと申しまして、工藤 秋斗の孫です。こちらに曽祖父母か大叔母様がいらっしゃると祖父に聞き、こうして訪ねさせて頂いた次第です」


 ユウトは相手に自分の声が聞こえていることに焦りつつも、リルにいた時のように名前から言おうとした。が、日本は家名から名乗るんだったと思い出し言い直した。


『兄の……お孫さん……ですか』


「は、はい! 大叔母様ですか!? ほ、本当なんです! あの、これ! 祖父の使っていたケイタイとデジカメです! 裏に祖父と大叔母様が写っている祖父がプリクラと呼んでいた写真もあります!」


 思いっきり疑っている感じの声音に、ユウトは50年前に失踪した兄の孫が突然訪ねてきたらそりゃ疑うわ。あのマニュアル役に立たねえなどと思ったが、このままだとタチの悪い悪戯だと思われ会ってももらえないかもしれない。それはマズイと急いで肩に掛けていた革のバッグから祖父の遺品を取り出し、両手に持ってインターホンの前に差し出した。


 このインターホンが音声だけ伝えるものなら意味がなかったが、幸いなことにテレビモニター付きだった。そのため、ユウトがかざした物をユウトの大叔母らしき人物は画面越しに見ることができた。


『そ、それは!? ま、待っていてください今開けます!』


 効果は抜群で、大叔母らしき人は興奮した声でそう言ってからインターホンを切った。


 そして少しして家のドアが開き、中から一人の女性が出てきた。歳は60代半ばほどだろうか? 茶色く染めた髪は肩ほどの長さで切り揃えられており、ややふくよかな体型だが若い頃は美人だっただろうと思わせる顔立ちをしている。その女性は急いで玄関まで来たのだろう。若干肩を上下に揺らしながらユウトへと声をかけた。


「あ、あの中へどうぞ。お話をお聞かせください」


「はい、失礼します」


 どうやら第一関門は突破できたようだとユウトは内心で胸を撫で下ろしつつ、本人は爽やかだと思っている軽薄そうな笑みを浮かべ家の中へと入って行った。



 ♢



「粗茶ですがどうぞ」


「ありがとうございます」


 居間に通されたユウトは座布団へと正座で座り、出されたお茶を軽く頭を下げてから手に取り口に含んだ。


 ユウトの祖父の家にも畳に似たものはあったので、ユウトはそこで正座を学んでいた。というよりは祖母に怒られて正座をさせられていただけなのだが。


「美味しいです。これがお茶の味なんですね」


「お茶を飲むのは初めてなのですか?」


「はい、日本とは別の土地の生まれなので」


「そう……ですか。あ、私としたことがまだ名乗っていなかったですね。秋斗の妹の工藤 美鈴と申します」


 美鈴はユウトの赤い目に少し驚きつつも自己紹介をした。


「これはご丁寧に。クドウ ユウトです。祖父秋斗の孫です」


「確かに面影はありますが……あの、先程の」


「ああ、はいこれですね。祖父が持っていたものです」


 ユウトは先程インターホンの前で掲げていたストレートタイプのガラケーと、銀色のデジカメをテーブル越しに向かいに座る美鈴へと差し出した。


「ああ……間違いないわ……兄さんの携帯……裏に私と撮ったプリクラが……ううっ……兄さん」


 携帯とデジカメを受け取った美鈴はすぐに携帯の裏面を見た。そしてそこに当時高校生だった自分と、大学生だった兄と一緒に撮った少し色褪せたプリクラの写真が貼ってあった。その写真を目にした美鈴は携帯を握りしめたまま静かに泣き始めた。


 空間収納の腕輪の中は時間が止まっている。秋斗も携帯とデジカメのバッテリーが切れてからは、何度か日本に残した家族を懐かしむ時に取り出すだけだった。それゆえ200年経ってもプリクラの写真が少し色褪せた程度で残っていたのだろう。


 ユウトは祖父を想い泣いている大叔母を黙って見ていた。きっとずっと探していたんだろう。でも見つからなくて諦めていたのかもしれない。それが50年経ってやっとその手掛かりが見つかった。泣かないはずはないと。


「ううっ……お客様の前でごめんなさい」


「いえ」


「ユウトさんでしたね。これは確かに兄が使用していた携帯電話です。デジカメも見覚えがあります。兄さんは買った時に見せびらかしてましたから」


「あーそういうところありますよね爺さ……あ、いや祖父は」


 ユウトは美人の愛人ができる度に、素人童貞のユウトにウザいほど自慢していた祖父の顔を思い出した。


「ええ……子供っぽい所がありました。兄の事をよく覚えいらっしゃるんですね」


「はい、私を育ててくれたのは祖父ですから」


 ユウトは美鈴の物言いに少し違和感を覚えたが、気のせいだと思い笑みを浮かべ答えた。


「それでわざわざ兄の遺品を届けに……兄は……なぜ連絡をくれなかったのでしょう? 亡き両親と共にずっと探してたんですが、まったく手掛かりを見つける事ができませんでした。いったいどの国にいたのですか?」


「それなんですが……恐らく信じてくれないとは思いますが、実は祖父はこの世界とは違う世界に召喚されたんです」


「え……違う世界に召喚? 異世界ということですか?」


 いぶかしむ美鈴にユウトは祖父が異世界に召喚され、勇者として魔王軍と戦いそれに勝利したこと。日本に帰る手段はあったが、異世界で恋人ができ家族もできた事で帰る事ができなかったこと。しかし歳を取り人生の最後に日本に帰りたいと考えた祖父と、日本に行ってみたかった自分とで一緒に来る予定だったこと。でもその前に祖父は他界してしまったことを話した。


 途中から目を閉じ全ての話を聞き終えた美鈴は、ゆっくりとまぶたを開き口を開いた。


「正直、兄が異世界に行っていて勇者として戦っていただなんて信じられません。確かに兄が行方不明になって少ししてダンジョンが現れて、その中には物語の中にしかいないような魔物がいました。あのような物が存在するのです。異世界もあるのかもしれませんが、そこに兄が行っていたと言われてもはいそうですかとはなかなか信じることはできません」


「えっ!? 日本にダンジョンがあんの!? あっ魔素……あるじゃん」


 ユウトは自分の言葉を美鈴が信じられないという言葉よりも、日本にダンジョンがあることの方に驚いた。そして今さらながらリルよりはだいぶ薄いが、大気中に魔素があることに気が付いた。


 魔素とはダンジョンが排出する目に見えない粒子だ。ダンジョンは星のエネルギーを吸い取り、そのエネルギーで魔物を創造する。そして魔物が消滅する時にその身体は魔素へと変わり、ダンジョン内にその魔素が一定以上溜まると外へと排出される。


 ダンジョンが長く存在し、多くのダンジョン内の魔物が倒されるほど大気中の魔素の濃度は濃くなる。何千年もダンジョンが存在したリルよりも、まだダンジョンが現れて50年しか経っていない日本の魔素が薄く感じるのは当然といえよう。


 その魔素の存在にユウトが今まで気づかなかったのは、祖父から地球にはダンジョンが無いと聞いていたのでその先入観からだろう。生まれてから当たり前のように吸っていた物なので、意識しないと気が付かなかったのかもしれない。


「魔素の存在がわかるんですか?」


「ええわかります。でも驚きました。ダンジョンが日本にあるなんて祖父からは聞いてなかったので。ああ、祖父がいなくなってから現れたと言ってましたね。それなら仕方ないか」


「はい、兄が失踪して半年くらい経った頃でしょうか? ここから近い奥多摩を始め、日本各地と隣の大陸にも現れました」


「この近くにも……そうですか」


 ユウトはダンジョンがリルにあるダンジョンと同じか、それともまったく別の物なのか気になったが、今はそれよりも美鈴に異世界の存在と自分が祖父の孫であることを信じてもらわなければと思考を切り替えた。


 そしてどうやったら信じて貰えるのか考えを巡らせるのだった。


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